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一章
2.現実の輪郭
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放課後の教室に、夕陽が斜めに差し込んでいた。龍一は机に頬杖をつき、窓の外を眺めていたが、視線はどこにも定まっていなかった。昨日、春人と階段でぶつかった瞬間に蘇った記憶が、まだ頭の中で渦を巻いている。あの予知夢――春人が血に染まる姿――現実と重なる感覚が、胸を締め付ける。
「ちょ、龍一。部活サボる気?」
教室の後ろから佐藤の声が響いた。バスケ部の仲間で、昨日から龍一の様子がおかしいことに気づいているやつだ。佐藤は汗ばんだ額を腕で拭いながら近づいてきて、龍一の机に手を置いた。
「…今日パス。少し考えたいことがあって」
龍一がそう返すと、佐藤は眉を寄せた。
「昨日もそんな感じだったじゃん。大丈夫かよ?」
その声には、いつもの軽い調子とは違う、かすかな心配が混じっていた。龍一は目を伏せ、苦笑いを浮かべた。
「気にするな。頭を整理するだけだから」
佐藤は「ふーん」と鼻を鳴らした。
「まぁ、無理すんなよ、ちな、話し方急におっさんくせーの勘弁」
そう言って笑いながら教室を出て行った。龍一はその背を見送りながら、喉に引っかかるものを飲み込んだ。
校門を出て、駅に向かう道を歩きながら、龍一は自分の現状を頭に並べた。高校2年、17歳。平凡な家庭に生まれ、学校では目立たない存在。佐藤みたいな友人がいて、バスケ部には顔を出すが本気ではない。昨日までは、それが自分だった。でも、今は違う。頭の奥で別の記憶が疼いている。薄暗いオフィス、高級スーツ、握り潰した契約書。榊原龍之介だった頃の自分だ。あの頃と、今の自分。同じ魂が別の時間に投げ込まれたとしか思えない。
そして春人。今の春人は、美術部で絵を描く穏やかな高校生だ。昨日、階段で触れた手首の感触がまだ残っていて、龍一は視線を地面に落とした。「この花火、次はもっと高い場所で見ようね」優しい笑顔の裏に芯の強さを秘めていた、龍之介の恋人。春樹だった頃の彼との記憶が、鮮やかに蘇る。今の春人はそんな過去を知らない。ただの同級生として、存在している。それが現実なら、自分が覚えている意味は何だ?
駅のホームに着くと、電車を待つ人混みの中で春人の姿が目に入った。イヤホンを耳に当て、窓の外をぼんやり見つめている。夕陽に染まった横顔が、昨日と同じように儚く見えた。龍一は視線を逸らし、自分の席に座った。電車が動き出すと、頭を整理した。あの事故で死んだはずの自分が、なぜここにいる? 春人もいる。これは現実だ。なら、あの予知夢は? 春人が血に染まるビジョン。もしあれが未来を示しているのなら、何としても阻止しなければならない。次の駅で春人が降りる気配がし、龍一も反射的に同じホームに降りた。すると龍一に気づいた春人は、目を丸くした。
「あれ龍一? 駅ここだっけ?」
そのすこし動揺を含んだ無垢な笑顔に、龍一の胸が締まる。
「いや、偶然だ。ちょっと寄るとこがあって」
「そっか。なら、また明日ね」
春人は手を振って去った。龍一はその背を見送りながら、昨日と同じ感覚に襲われた。あの夢が現実になるなら、自分に何ができる?駅を出て、春人が角を曲がるのを見届けた後、龍一は歩き出した。頭の中はまだ整理しきれていない。でも、春人を放っておくわけにはいかない。あれが現実になってしまうことだけは…。
路地に入った時、ふと足が止まった。遠目に、はっきりとしない人影が立っていた。暗い路地の奥、春人が歩いていた方向だ。男の低い声が、風に混じって聞こえた。「あいつを…潰せ…」。聞き覚えはない。ただ、昨日見た予知夢と同種のものであることには確信があった。龍一の息が止まり、心臓が跳ねた。視界が歪み、夢のビジョンが現実と重なり合う。路地の奥で、春人が誰かと話している姿がぼんやり浮かぶ。相手の顔は暗くて見えないが、冷たい空気が漂う。
「龍一? まだここにいたの?」
どれくらい時間が経ったのか、龍一にはわからなかった。立ち尽くしていると、現実の春人の声が聞こえた。ハッと息を吸い、視界がクリアになった。春人が心配そうな顔で近づいてくる。一度自宅に帰り、美術部の画材を買いに出たところだったらしい。
「どうしたの? 顔が真っ青だよ」
龍一は息を吐き、路地の影が消えたことを確認した。
「…なんでもない。ちょっと考え事してた」
「体調悪いなら早く帰らなきゃ」
春人は小さく笑い、と手を振って去っていった。龍一はその場に立ち尽くし、春人の背を見送った。夢のビジョンが頭から離れない。あの路地の影は何だったのか。春人を守るためなら、自分に何ができるのか。答えはまだ見えない。でも、春人が去った方向に目を向け、龍一は静かに決意を固めた。あの未来を変える。それが、今の自分にできることなのだと。
「ちょ、龍一。部活サボる気?」
教室の後ろから佐藤の声が響いた。バスケ部の仲間で、昨日から龍一の様子がおかしいことに気づいているやつだ。佐藤は汗ばんだ額を腕で拭いながら近づいてきて、龍一の机に手を置いた。
「…今日パス。少し考えたいことがあって」
龍一がそう返すと、佐藤は眉を寄せた。
「昨日もそんな感じだったじゃん。大丈夫かよ?」
その声には、いつもの軽い調子とは違う、かすかな心配が混じっていた。龍一は目を伏せ、苦笑いを浮かべた。
「気にするな。頭を整理するだけだから」
佐藤は「ふーん」と鼻を鳴らした。
「まぁ、無理すんなよ、ちな、話し方急におっさんくせーの勘弁」
そう言って笑いながら教室を出て行った。龍一はその背を見送りながら、喉に引っかかるものを飲み込んだ。
校門を出て、駅に向かう道を歩きながら、龍一は自分の現状を頭に並べた。高校2年、17歳。平凡な家庭に生まれ、学校では目立たない存在。佐藤みたいな友人がいて、バスケ部には顔を出すが本気ではない。昨日までは、それが自分だった。でも、今は違う。頭の奥で別の記憶が疼いている。薄暗いオフィス、高級スーツ、握り潰した契約書。榊原龍之介だった頃の自分だ。あの頃と、今の自分。同じ魂が別の時間に投げ込まれたとしか思えない。
そして春人。今の春人は、美術部で絵を描く穏やかな高校生だ。昨日、階段で触れた手首の感触がまだ残っていて、龍一は視線を地面に落とした。「この花火、次はもっと高い場所で見ようね」優しい笑顔の裏に芯の強さを秘めていた、龍之介の恋人。春樹だった頃の彼との記憶が、鮮やかに蘇る。今の春人はそんな過去を知らない。ただの同級生として、存在している。それが現実なら、自分が覚えている意味は何だ?
駅のホームに着くと、電車を待つ人混みの中で春人の姿が目に入った。イヤホンを耳に当て、窓の外をぼんやり見つめている。夕陽に染まった横顔が、昨日と同じように儚く見えた。龍一は視線を逸らし、自分の席に座った。電車が動き出すと、頭を整理した。あの事故で死んだはずの自分が、なぜここにいる? 春人もいる。これは現実だ。なら、あの予知夢は? 春人が血に染まるビジョン。もしあれが未来を示しているのなら、何としても阻止しなければならない。次の駅で春人が降りる気配がし、龍一も反射的に同じホームに降りた。すると龍一に気づいた春人は、目を丸くした。
「あれ龍一? 駅ここだっけ?」
そのすこし動揺を含んだ無垢な笑顔に、龍一の胸が締まる。
「いや、偶然だ。ちょっと寄るとこがあって」
「そっか。なら、また明日ね」
春人は手を振って去った。龍一はその背を見送りながら、昨日と同じ感覚に襲われた。あの夢が現実になるなら、自分に何ができる?駅を出て、春人が角を曲がるのを見届けた後、龍一は歩き出した。頭の中はまだ整理しきれていない。でも、春人を放っておくわけにはいかない。あれが現実になってしまうことだけは…。
路地に入った時、ふと足が止まった。遠目に、はっきりとしない人影が立っていた。暗い路地の奥、春人が歩いていた方向だ。男の低い声が、風に混じって聞こえた。「あいつを…潰せ…」。聞き覚えはない。ただ、昨日見た予知夢と同種のものであることには確信があった。龍一の息が止まり、心臓が跳ねた。視界が歪み、夢のビジョンが現実と重なり合う。路地の奥で、春人が誰かと話している姿がぼんやり浮かぶ。相手の顔は暗くて見えないが、冷たい空気が漂う。
「龍一? まだここにいたの?」
どれくらい時間が経ったのか、龍一にはわからなかった。立ち尽くしていると、現実の春人の声が聞こえた。ハッと息を吸い、視界がクリアになった。春人が心配そうな顔で近づいてくる。一度自宅に帰り、美術部の画材を買いに出たところだったらしい。
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