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馬車の中で
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その翌朝、辺境伯の婚礼としては少々地味に行われたとはいえ、王都の人々はその話題でもちきりとなっていた。
「ねえ、今朝の王都新聞、見た?」
「ええ、もちろん! ああ、辺境伯様がご結婚なさったなんてショック! ぜひ一度お相手願いたいと思っていたのに!」
「何を言っているの? 結婚なさったからってヒューバート様は変わるような方じゃないわ。で! も! ただの庶民があのヒューバート様に相手にされるわけがないでしょう? 私のような美人ならともかく」
「はあ? あんただって庶民じゃないの。それに美しさなら私のほうが上よ。鼻だって私のほうが高いし! それに辺境伯――いいえ、ヒューバート様はただの庶民なんておっしゃらないわ。庶民の娘だって、ちゃんと相手にしてくださるってこと、私だって知っているもの。ああ、どうして私は花屋で働いていなかったのかしら」
「あら、情報が古いんじゃないの? 肉屋の娘も声を掛けられたそうよ。……喫茶室だと話しかけられる機会も増えるかしら?」
きゃあきゃあと、はしたない話で盛り上がっている娘たちを、同年代の男たちは苦い顔をして遠巻きに見つめている。
「あいつら、怖え」
「だな。結婚式の記事を見て、なんであんな話になるんだか。いくら色好み辺境伯って言ったって」
「子爵家のエメリーン様、だったか。可哀想にな」
「なに言ってるんだ。オルクス子爵家って言やあ、ずいぶん前から領地が荒れているってうわさだぞ。そのくせ領主一家はずっと王都住まいと来た。ありゃあ、相当前からまともに領地経営もしてないのさ。そんなところの娘がまともな女なわけあるかよ。可哀想だなんて思う必要ねえさ」
「へえ、そうなのか。お前くわしいな。それどこの情報だ?」
「いや、そこそこ有名な話で、飲み屋なんかではよく聞くよ。オルクス領から他領へ逃げてきたって奴らが、あちこちで身を隠しているってさ」
ろくでもない子爵家の娘が、ある意味ろくでもない辺境伯家へ嫁ぐ。いずれにしても、辺境伯との一夜を夢見る娘たち以外の、王都暮らしの庶民たちにはあまり関係のない話だった。
――何てこと……。
口さがない庶民たちの話を、まさか当事者である元子爵令嬢で現辺境伯夫人のエメリーン・ダイナリアが、馬車の中で聞いているとは誰も思わないだろう。ひっそりと王都を出る地味な馬車に、昨日辺境伯夫人となったばかりの女が、侍女と二人きりで乗っているなど、エメリーン本人ですら意味が分からないのだから当然だ。
エメリーンと馬車に同乗している侍女は、ダイナリア辺境伯家で付けられた侍女でマーサと名乗った。無口なようなのであまり話をしてはいないが、18歳のエメリーンより少し歳上なのではないかとエメリーンは思っている。
オルクス子爵家ではエメリーンに侍女はついていなかったため、侍女に何を頼んだらいいのか正直良く分からなかったのだが、エメリーンが困ることのないように何くれとなく動いてくれていて、とても助かっているし、一緒にいて気詰まりに感じない。そんな『仕事のできる』マーサと一緒の馬車内で、オルクス領の現状を聞かされて、エメリーンは深くうつむいた。
――恥ずかしい。恥ずかしいとしか表現のしようがないわ。まさかオルクス領がそんなことになっていたなんて。……でも、考えてみればそうよね。お父様もお義母様もお義姉様も、そしてもちろん私も、物心がついた頃からずっと王都にいたんだもの。
領地から逃げ出すほど困っているオルクス領の領民がいたことなど、エメリーンは知らなかった。知っていてもきっと何もできなかっただろうと思いながらも、知らなかったことが恥ずかしくて顔を上げることができない。
――いまさらオルクス領の惨状を知ったところで、私はもうオルクス子爵家の人間ではないんだわ。もともと、それすらも認めてもらえてはいなかったけど。それでも、もしかしたら何かできることがあったかもしれないのに。ああ、こんな私に、ダイナリア領で一体何ができるというのかしら。でも、旦那様は私を見て『なんだ、こっちか』って言っていたし、旦那様も私に何も期待なんてしていないのよね。旦那様は顔が良いし、たくさんの女性のお相手で忙しそうだし、こんな私では、やはり旦那様にも愛されないかしら。今までも家族の誰にも相手にされなかったのだもの。旦那様とは仲良くできればいいなと思っていたけれど、こんな恥ずかしい自分ではきっと無理よね。
幼い頃から話し相手にあまり――というか、かなり恵まれなかったエメリーンは、心の中は賑やかだが言葉数は少ない、大人しい女性に育った。話をしたところで聞いてもらえないのだから、そうなったのは必然かもしれない。思えばこの結婚についてもそうだった。
エメリーンは馬車の床を見つめたまま、この結婚について聞かされたときのことを思い返していた。
「ねえ、今朝の王都新聞、見た?」
「ええ、もちろん! ああ、辺境伯様がご結婚なさったなんてショック! ぜひ一度お相手願いたいと思っていたのに!」
「何を言っているの? 結婚なさったからってヒューバート様は変わるような方じゃないわ。で! も! ただの庶民があのヒューバート様に相手にされるわけがないでしょう? 私のような美人ならともかく」
「はあ? あんただって庶民じゃないの。それに美しさなら私のほうが上よ。鼻だって私のほうが高いし! それに辺境伯――いいえ、ヒューバート様はただの庶民なんておっしゃらないわ。庶民の娘だって、ちゃんと相手にしてくださるってこと、私だって知っているもの。ああ、どうして私は花屋で働いていなかったのかしら」
「あら、情報が古いんじゃないの? 肉屋の娘も声を掛けられたそうよ。……喫茶室だと話しかけられる機会も増えるかしら?」
きゃあきゃあと、はしたない話で盛り上がっている娘たちを、同年代の男たちは苦い顔をして遠巻きに見つめている。
「あいつら、怖え」
「だな。結婚式の記事を見て、なんであんな話になるんだか。いくら色好み辺境伯って言ったって」
「子爵家のエメリーン様、だったか。可哀想にな」
「なに言ってるんだ。オルクス子爵家って言やあ、ずいぶん前から領地が荒れているってうわさだぞ。そのくせ領主一家はずっと王都住まいと来た。ありゃあ、相当前からまともに領地経営もしてないのさ。そんなところの娘がまともな女なわけあるかよ。可哀想だなんて思う必要ねえさ」
「へえ、そうなのか。お前くわしいな。それどこの情報だ?」
「いや、そこそこ有名な話で、飲み屋なんかではよく聞くよ。オルクス領から他領へ逃げてきたって奴らが、あちこちで身を隠しているってさ」
ろくでもない子爵家の娘が、ある意味ろくでもない辺境伯家へ嫁ぐ。いずれにしても、辺境伯との一夜を夢見る娘たち以外の、王都暮らしの庶民たちにはあまり関係のない話だった。
――何てこと……。
口さがない庶民たちの話を、まさか当事者である元子爵令嬢で現辺境伯夫人のエメリーン・ダイナリアが、馬車の中で聞いているとは誰も思わないだろう。ひっそりと王都を出る地味な馬車に、昨日辺境伯夫人となったばかりの女が、侍女と二人きりで乗っているなど、エメリーン本人ですら意味が分からないのだから当然だ。
エメリーンと馬車に同乗している侍女は、ダイナリア辺境伯家で付けられた侍女でマーサと名乗った。無口なようなのであまり話をしてはいないが、18歳のエメリーンより少し歳上なのではないかとエメリーンは思っている。
オルクス子爵家ではエメリーンに侍女はついていなかったため、侍女に何を頼んだらいいのか正直良く分からなかったのだが、エメリーンが困ることのないように何くれとなく動いてくれていて、とても助かっているし、一緒にいて気詰まりに感じない。そんな『仕事のできる』マーサと一緒の馬車内で、オルクス領の現状を聞かされて、エメリーンは深くうつむいた。
――恥ずかしい。恥ずかしいとしか表現のしようがないわ。まさかオルクス領がそんなことになっていたなんて。……でも、考えてみればそうよね。お父様もお義母様もお義姉様も、そしてもちろん私も、物心がついた頃からずっと王都にいたんだもの。
領地から逃げ出すほど困っているオルクス領の領民がいたことなど、エメリーンは知らなかった。知っていてもきっと何もできなかっただろうと思いながらも、知らなかったことが恥ずかしくて顔を上げることができない。
――いまさらオルクス領の惨状を知ったところで、私はもうオルクス子爵家の人間ではないんだわ。もともと、それすらも認めてもらえてはいなかったけど。それでも、もしかしたら何かできることがあったかもしれないのに。ああ、こんな私に、ダイナリア領で一体何ができるというのかしら。でも、旦那様は私を見て『なんだ、こっちか』って言っていたし、旦那様も私に何も期待なんてしていないのよね。旦那様は顔が良いし、たくさんの女性のお相手で忙しそうだし、こんな私では、やはり旦那様にも愛されないかしら。今までも家族の誰にも相手にされなかったのだもの。旦那様とは仲良くできればいいなと思っていたけれど、こんな恥ずかしい自分ではきっと無理よね。
幼い頃から話し相手にあまり――というか、かなり恵まれなかったエメリーンは、心の中は賑やかだが言葉数は少ない、大人しい女性に育った。話をしたところで聞いてもらえないのだから、そうなったのは必然かもしれない。思えばこの結婚についてもそうだった。
エメリーンは馬車の床を見つめたまま、この結婚について聞かされたときのことを思い返していた。
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