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分かっては、いる
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久しぶりに戻ってきた辺境伯領の自室の窓から、屋敷の前庭を眺めていたヒューバートは、執事長と侍女頭からそれぞれ報告された不在の間の出来事について思い返していた。すでに知らせがあったもの以外には、特に大きな問題はなかったようだが、二人の声色が以前よりも硬い気がしたのだ。
――それも仕方がない、か。
二人の報告にはルイ、そしてエメリーンについての報告がほとんど含まれていなかった。ヒューバートが望めば聞けたのだろうが、望まなかったのでそれで終わったのだ。それがどれだけ不自然なことなのか、ヒューバートにも分かっている。
以前は小言が多かった執事長だが、今日は必要な報告しかしなかったし、侍女頭も以前はルイの待遇改善をあれこれと進言していたが、実質的に可能なところは全て受け入れて対応したので、それからは何も言ってこなくなった。
2年前に起きたあの事件の後、ヒューバートはしばらく腫れ物のような扱われ方をしたが、それは半年ほどで完全に消え、その後は生活態度やルイへの対応を責められるようになった。
領地の使用人たちは、ここが辺境地であるためか、昔から領主一族との距離が近くて遠慮がない。時には言葉で、時には目線で、自身が辺境伯であることを忘れてしまいそうになるほど、使用人たちはこぞってヒューバートを責めたのだ。だがそのせいで、ヒューバートの足が領地から遠のいてしまった、というのはどう考えてもヒューバートの責任転嫁でしかないだろう。
――分かっては、いる。
いまだに辺境伯領を避けていることも、ルイを直視することすら出来ないのも、自身の弱さでしかないことをヒューバートは自覚している。それでもまだヒューバートは、2年前のあの日起こったことから立ち直れていないのだ。
コンコンコンとしっかりしたノックの音が響き、ヒューバートはドアに視線を向けた。
――次は兵士長のルドガーか。
各上長から報告をしてもらっているのだが、不在が長かった分だけ時間が掛かる。
「入っていいぞ」
幼い頃から今に至るまで、ヒューバートに剣を教えているのは、この兵士長のルドガーだ。辺境の地において、欠かすことが出来ない兵士団の長であるこの男に、ヒューバートはずっと頭が上がらない。
てっきりまた小言でも言われるのではと思っていたのだが、ヒューバートの前に現れたルドガーは上機嫌だった。
「ヒューバート様、すごい奥様を迎えられましたな」
本当は先ほど出迎えに来ていた時に、言いたくて堪らなかったのだろう。唐突に切り出された内容をヒューバートが理解できないでいるのに、前のめりで興奮した様子でルドガーが続ける。
「あの方はこの領地にぴったりのお人ですぞ。一体どうやってあんな方を見つけたんです?」
「は?」
エメリーンの評価を聞いて、ヒューバートは首を傾げた。
――この領地にぴったり? どういう意味だ?
ヒューバートは、周囲から再婚を迫られるようになった煩わしさから逃れるために、大した力のない実家を持つ娘を捜した。再婚の相手が誰であろうと、ヒューバートにはどうでも良かったのだ。誤算はあったが、オルクス子爵家から借金返済の代わりに娘を嫁がせることができたため、これで王家や公爵家など上からのおせっかいな口出しはなくなるだろう。
だがエメリーンと会ったヒューバートは、別の煩わしさが発生したことに頭を抱えた。気が弱そうなエメリーンと、ヒューバートは目が合ったことすらない。それでもヒューバートのように結婚相手に興味がないというわけではないようで、チラチラとヒューバートのほうを伺っているのを横目に感じたのだ。まるで子供のように、ヒューバートに構ってもらえるのを待っているかのようなその様子は、領地に置いてきた4歳の息子ルイを思い起こさせた。「面倒だな」と、初夜すら共に過ごさずに領地へ送った妻のことを、ヒューバートはしばらくの間、息子の存在もろとも都合よく忘れていた。
そんな中、兵士長のルドガーから謎の手紙が届いたのだ。
『奥様は何か特殊な訓練を受けているようです。オルクス子爵家に繋がる怪しい機関がないか、王都にいるうちの諜報兵に調べさせてください』
――何だと?
オルクス子爵の二人の令嬢について、ヒューバートは当然事前に調べさせたが、そのような形跡はカケラもなかった。特にエメリーンについては、社交界での活動もろくに見当たらず、諜報兵でも情報集めに苦労したほどだ。だから特殊な訓練など、受けているはずがない。
だが兵士長のルドガーが、そんな的外れなことをわざわざ手紙に書いてまで知らせてくるだろうか。ヒューバートは首を捻りつつ、辺境伯領へ戻ってくることにしたのだった。
「ルドガー、それは一体どういうことだ? 私にも分かるように説明してもらえないか。調べさせても何も出なかったし、執事長も侍女頭も、特に何も言っていなかったぞ。ルドガーの目に、あの娘は一体どう映ったというんだ?」
「……あの娘?」
「あ、いや、私の妻のエメリーンについて、だが」
結婚前ももちろん後も、ヒューバートはエメリーンの顔を見たのも会話をしたのも数えるほどだ。妻に迎えたとはいえ、あまりにも実感がない。
ヒューバートの様子を怪訝そうに見ていたルドガーが、ふむと頷いた。
「なるほど。何も出なかったということであれば、特に問題はありますまい。それでは|儂〈わし〉も余計なことを言うのは止めておきましょうかな」
「はっ?」
「ご自分の目で見ていただくのが一番でしょう。あの方はヒューバート様の奥様なのですからな」
豪快に笑ったルドガーが、その後エメリーンについて言及することはなかった。隣国や近隣の領地についてのことや魔獣の出没状況などについて報告し、ルドガーが「では」とあっさり去って行ったドアを、ヒューバートは睨むような目で見つめている。
――煩わしい、な。
新婚の夫として最低なことを思いながら、ヒューバートは椅子の背に凭れて天井を眺めた。
――それも仕方がない、か。
二人の報告にはルイ、そしてエメリーンについての報告がほとんど含まれていなかった。ヒューバートが望めば聞けたのだろうが、望まなかったのでそれで終わったのだ。それがどれだけ不自然なことなのか、ヒューバートにも分かっている。
以前は小言が多かった執事長だが、今日は必要な報告しかしなかったし、侍女頭も以前はルイの待遇改善をあれこれと進言していたが、実質的に可能なところは全て受け入れて対応したので、それからは何も言ってこなくなった。
2年前に起きたあの事件の後、ヒューバートはしばらく腫れ物のような扱われ方をしたが、それは半年ほどで完全に消え、その後は生活態度やルイへの対応を責められるようになった。
領地の使用人たちは、ここが辺境地であるためか、昔から領主一族との距離が近くて遠慮がない。時には言葉で、時には目線で、自身が辺境伯であることを忘れてしまいそうになるほど、使用人たちはこぞってヒューバートを責めたのだ。だがそのせいで、ヒューバートの足が領地から遠のいてしまった、というのはどう考えてもヒューバートの責任転嫁でしかないだろう。
――分かっては、いる。
いまだに辺境伯領を避けていることも、ルイを直視することすら出来ないのも、自身の弱さでしかないことをヒューバートは自覚している。それでもまだヒューバートは、2年前のあの日起こったことから立ち直れていないのだ。
コンコンコンとしっかりしたノックの音が響き、ヒューバートはドアに視線を向けた。
――次は兵士長のルドガーか。
各上長から報告をしてもらっているのだが、不在が長かった分だけ時間が掛かる。
「入っていいぞ」
幼い頃から今に至るまで、ヒューバートに剣を教えているのは、この兵士長のルドガーだ。辺境の地において、欠かすことが出来ない兵士団の長であるこの男に、ヒューバートはずっと頭が上がらない。
てっきりまた小言でも言われるのではと思っていたのだが、ヒューバートの前に現れたルドガーは上機嫌だった。
「ヒューバート様、すごい奥様を迎えられましたな」
本当は先ほど出迎えに来ていた時に、言いたくて堪らなかったのだろう。唐突に切り出された内容をヒューバートが理解できないでいるのに、前のめりで興奮した様子でルドガーが続ける。
「あの方はこの領地にぴったりのお人ですぞ。一体どうやってあんな方を見つけたんです?」
「は?」
エメリーンの評価を聞いて、ヒューバートは首を傾げた。
――この領地にぴったり? どういう意味だ?
ヒューバートは、周囲から再婚を迫られるようになった煩わしさから逃れるために、大した力のない実家を持つ娘を捜した。再婚の相手が誰であろうと、ヒューバートにはどうでも良かったのだ。誤算はあったが、オルクス子爵家から借金返済の代わりに娘を嫁がせることができたため、これで王家や公爵家など上からのおせっかいな口出しはなくなるだろう。
だがエメリーンと会ったヒューバートは、別の煩わしさが発生したことに頭を抱えた。気が弱そうなエメリーンと、ヒューバートは目が合ったことすらない。それでもヒューバートのように結婚相手に興味がないというわけではないようで、チラチラとヒューバートのほうを伺っているのを横目に感じたのだ。まるで子供のように、ヒューバートに構ってもらえるのを待っているかのようなその様子は、領地に置いてきた4歳の息子ルイを思い起こさせた。「面倒だな」と、初夜すら共に過ごさずに領地へ送った妻のことを、ヒューバートはしばらくの間、息子の存在もろとも都合よく忘れていた。
そんな中、兵士長のルドガーから謎の手紙が届いたのだ。
『奥様は何か特殊な訓練を受けているようです。オルクス子爵家に繋がる怪しい機関がないか、王都にいるうちの諜報兵に調べさせてください』
――何だと?
オルクス子爵の二人の令嬢について、ヒューバートは当然事前に調べさせたが、そのような形跡はカケラもなかった。特にエメリーンについては、社交界での活動もろくに見当たらず、諜報兵でも情報集めに苦労したほどだ。だから特殊な訓練など、受けているはずがない。
だが兵士長のルドガーが、そんな的外れなことをわざわざ手紙に書いてまで知らせてくるだろうか。ヒューバートは首を捻りつつ、辺境伯領へ戻ってくることにしたのだった。
「ルドガー、それは一体どういうことだ? 私にも分かるように説明してもらえないか。調べさせても何も出なかったし、執事長も侍女頭も、特に何も言っていなかったぞ。ルドガーの目に、あの娘は一体どう映ったというんだ?」
「……あの娘?」
「あ、いや、私の妻のエメリーンについて、だが」
結婚前ももちろん後も、ヒューバートはエメリーンの顔を見たのも会話をしたのも数えるほどだ。妻に迎えたとはいえ、あまりにも実感がない。
ヒューバートの様子を怪訝そうに見ていたルドガーが、ふむと頷いた。
「なるほど。何も出なかったということであれば、特に問題はありますまい。それでは|儂〈わし〉も余計なことを言うのは止めておきましょうかな」
「はっ?」
「ご自分の目で見ていただくのが一番でしょう。あの方はヒューバート様の奥様なのですからな」
豪快に笑ったルドガーが、その後エメリーンについて言及することはなかった。隣国や近隣の領地についてのことや魔獣の出没状況などについて報告し、ルドガーが「では」とあっさり去って行ったドアを、ヒューバートは睨むような目で見つめている。
――煩わしい、な。
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