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大・混・乱
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――どうも落ち着かないな。
辺境伯領にいると、どうしても2年前のことを思い出してしまう。廊下を歩きながら苦い顔をしていたヒューバートは、考えてしまうあれこれから気を逸らそうと上を向いて、そのまま目を丸くした。
「な、何だ? あれは」
「ルイ様ですが」
王都から共に戻ってきた兵士と入れ替わって、今はバアルがヒューバートの側に付いている。そのバアルのあっさりした返事に、ヒューバートは「そんなことは分かっている」と思いながらも、咄嗟に二の句が継げなかった。そこにいるのは確かにヒューバートのたった一人の息子ルイだが、なぜそこにいるのかが分からない。
だが驚愕しているヒューバートに構わず、バアルはルイに気軽に声を掛けた。
「ルイ様、かくれんぼですか」
「う、うん。そう」
ヒューバートに気が付いて、下りようかどうか悩んではいるようだが、バアルの問いにそう答えた息子のルイは、そのままその場に留まっている。
「……かくれんぼ?」
ルイがしているのは、かくれんぼとは違うものではないだろうか。そうヒューバートが思うのも無理はない。ルイがいるのは廊下の天井角だ。三角になっているところを、どうやってか器用に登っている。つい先日、侍女頭が素っ頓狂な悲鳴を上げることになった原因でもあるが、ヒューバートはそんなことは知らなかった。
「エメリーン様と遊んでいらっしゃるんですか?」
「うん! そう!」
嬉しそうに笑うルイの姿に、ヒューバートは驚いていた。ヒューバートはルイのそんな表情を見たことがなかったからだ。先ほどから声も大きく、ルイはこんな声をしていたのかともヒューバートは思っていた。
「あ、ルイ様、見つかってしまったようですよ」
「えっ?」
バアルの言葉につられてバアルの見ている先――窓の外に視線を向けたヒューバートは、ぽかんと口を開けてしまった。窓の外から、ふわりとエメリーンが廊下に入ってきたからだ。
――こ、ここは二階だぞ?
「ルイ様、見つけちゃいました」
「あーあ、みつかっちゃった」
エメリーンが口を開けたままのヒューバートの横を通り抜け、ルイのいる天井近くに両手を広げると、ルイが躊躇いなくそこから飛び降りた。
「なっ!?」
危ない、とヒューバートが慌てる暇もなく、ルイはエメリーンの腕の中に納まっている。そのままヒューバートの見ている前で、ぎゅうぎゅうと抱き締め合っている二人を咳払いで止めたのはバアルだった。
「あのー、お二人とも、旦那様が見ていらっしゃいますよ」
「あっ」
バアルの声を聞いて、さっとルイを床に下ろし、ルイの髪や服を整えたエメリーンは、ヒューバートに向かって軽い仕草で気品溢れるお辞儀――カーテシーをした。エメリーンの頭には葉っぱが乗っているが、どうやら気が付いていないらしい。エメリーンの隣で、ルイもきっちりとしたお辞儀をしている。そのお辞儀は、4歳の子供としては上出来だとヒューバートは思った。
静かな時間が過ぎて、ヒューバートは困惑する。
――なぜ何も言わない。いや、私か? いや、何を言えばいい? ああ、何だか混乱しているな。なぜルイは天井に、いや、なぜエメリーンは二階の窓から……?
だがそのままヒューバートもエメリーンもルイも、何も言葉を発さないでいたため沈黙が流れた。最初にその沈黙を破ったのはエメリーンだ。
「ではこれで、失礼いたします」
エメリーンに続いて「しつれいします」とルイが言って、二人がその場から離れようとしているところで、ヒューバートが声を掛けた。
「いや、ちょっと待て」
いろいろ飲み込めず、いろいろ聞きたいことがありすぎるヒューバートが、とりあえず二人を引き留めるが、それにエメリーンが怪訝そうな顔をした。前回は引き留めても無視して去り、今回は止まりはしたが不満そうだ。
「何でしょうか?」
真っすぐにヒューバートに目を合わせて、強い視線でそう聞いてきたエメリーンに、ヒューバートは息を呑んだ。
――これは、誰だ?
御しやすそうな気弱な子爵令嬢の姿はどこに消えてしまったのか。煩わしいとすら感じた、じっとりとヒューバートに縋ってくるような目をする少女の面影は、そこには微塵もない。
――どういうことだ?
まるで別人のようなエメリーンの姿に、ヒューバートは混乱していた。そしてそんなヒューバートに気が付いているだろうエメリーンは、全く容赦がなかった。
「特に何もないようですので、私たちはこれで失礼いたしますわ。行きましょう、ルイ様」
放置された形となったヒューバートは、驚きのあまり、そのまましばらく動くことができなかった。エメリーンとルイについて、元々というか常々放置しているのはヒューバートの方だと知っている使用人たちは、一番近くにいたバアルを含め、何も口を挟まなかった。「ざまあみろ」とまでは思わずとも、「現実を見てほしい」とは、使用人一同の心からの想いだ。だがヒューバートは、まだそこまでも思考が追い付いていなかった。
「は?」
間抜けとしか言いようのない声を出したヒューバートのことを、バアルはせめて見なかったフリをした。
辺境伯領にいると、どうしても2年前のことを思い出してしまう。廊下を歩きながら苦い顔をしていたヒューバートは、考えてしまうあれこれから気を逸らそうと上を向いて、そのまま目を丸くした。
「な、何だ? あれは」
「ルイ様ですが」
王都から共に戻ってきた兵士と入れ替わって、今はバアルがヒューバートの側に付いている。そのバアルのあっさりした返事に、ヒューバートは「そんなことは分かっている」と思いながらも、咄嗟に二の句が継げなかった。そこにいるのは確かにヒューバートのたった一人の息子ルイだが、なぜそこにいるのかが分からない。
だが驚愕しているヒューバートに構わず、バアルはルイに気軽に声を掛けた。
「ルイ様、かくれんぼですか」
「う、うん。そう」
ヒューバートに気が付いて、下りようかどうか悩んではいるようだが、バアルの問いにそう答えた息子のルイは、そのままその場に留まっている。
「……かくれんぼ?」
ルイがしているのは、かくれんぼとは違うものではないだろうか。そうヒューバートが思うのも無理はない。ルイがいるのは廊下の天井角だ。三角になっているところを、どうやってか器用に登っている。つい先日、侍女頭が素っ頓狂な悲鳴を上げることになった原因でもあるが、ヒューバートはそんなことは知らなかった。
「エメリーン様と遊んでいらっしゃるんですか?」
「うん! そう!」
嬉しそうに笑うルイの姿に、ヒューバートは驚いていた。ヒューバートはルイのそんな表情を見たことがなかったからだ。先ほどから声も大きく、ルイはこんな声をしていたのかともヒューバートは思っていた。
「あ、ルイ様、見つかってしまったようですよ」
「えっ?」
バアルの言葉につられてバアルの見ている先――窓の外に視線を向けたヒューバートは、ぽかんと口を開けてしまった。窓の外から、ふわりとエメリーンが廊下に入ってきたからだ。
――こ、ここは二階だぞ?
「ルイ様、見つけちゃいました」
「あーあ、みつかっちゃった」
エメリーンが口を開けたままのヒューバートの横を通り抜け、ルイのいる天井近くに両手を広げると、ルイが躊躇いなくそこから飛び降りた。
「なっ!?」
危ない、とヒューバートが慌てる暇もなく、ルイはエメリーンの腕の中に納まっている。そのままヒューバートの見ている前で、ぎゅうぎゅうと抱き締め合っている二人を咳払いで止めたのはバアルだった。
「あのー、お二人とも、旦那様が見ていらっしゃいますよ」
「あっ」
バアルの声を聞いて、さっとルイを床に下ろし、ルイの髪や服を整えたエメリーンは、ヒューバートに向かって軽い仕草で気品溢れるお辞儀――カーテシーをした。エメリーンの頭には葉っぱが乗っているが、どうやら気が付いていないらしい。エメリーンの隣で、ルイもきっちりとしたお辞儀をしている。そのお辞儀は、4歳の子供としては上出来だとヒューバートは思った。
静かな時間が過ぎて、ヒューバートは困惑する。
――なぜ何も言わない。いや、私か? いや、何を言えばいい? ああ、何だか混乱しているな。なぜルイは天井に、いや、なぜエメリーンは二階の窓から……?
だがそのままヒューバートもエメリーンもルイも、何も言葉を発さないでいたため沈黙が流れた。最初にその沈黙を破ったのはエメリーンだ。
「ではこれで、失礼いたします」
エメリーンに続いて「しつれいします」とルイが言って、二人がその場から離れようとしているところで、ヒューバートが声を掛けた。
「いや、ちょっと待て」
いろいろ飲み込めず、いろいろ聞きたいことがありすぎるヒューバートが、とりあえず二人を引き留めるが、それにエメリーンが怪訝そうな顔をした。前回は引き留めても無視して去り、今回は止まりはしたが不満そうだ。
「何でしょうか?」
真っすぐにヒューバートに目を合わせて、強い視線でそう聞いてきたエメリーンに、ヒューバートは息を呑んだ。
――これは、誰だ?
御しやすそうな気弱な子爵令嬢の姿はどこに消えてしまったのか。煩わしいとすら感じた、じっとりとヒューバートに縋ってくるような目をする少女の面影は、そこには微塵もない。
――どういうことだ?
まるで別人のようなエメリーンの姿に、ヒューバートは混乱していた。そしてそんなヒューバートに気が付いているだろうエメリーンは、全く容赦がなかった。
「特に何もないようですので、私たちはこれで失礼いたしますわ。行きましょう、ルイ様」
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「は?」
間抜けとしか言いようのない声を出したヒューバートのことを、バアルはせめて見なかったフリをした。
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