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テイクアウト
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飛び出してきた『流星の輝き』の女主人が、しっかりと乱れもなく服を着ていたことに安心したのはスタッフの男性だけではない。バアルも、当然エメリーンもだ。おそらく30代、もしかしたら40代かもしれない女主人は、エメリーンを見て息を呑んだ。
――へえ、さすが高級宿屋、もう私の容姿についての情報が入っているのね。
「バニラと申します。恐れ入りますが、ダイナリア辺境伯様の新しい奥様でいらっしゃいますか?」
恭しく挨拶をした女主人バニラに、エメリーンは笑顔で答えた。
「ええ、ご丁寧にありがとう。エメリーン・ダイナリアよ」
やはりと納得した顔をして、バニラはドアの前から横へすっと移動した。エメリーンが室内に入りやすいように道を開けたのだ。
「あら、入ってもいいの?」
「もちろんです」
終始落ち着いた対応をしているバニラは、辺境伯夫人であるエメリーンに対し、嫉妬や羨望などの感情は持っていないように見える。そんなバニラの対応を意外に思いながらも、エメリーンは室内へと足を踏み入れた。
「ずいぶん騒がしかったが、何があったんだ? バニラ」
部屋に入ってきたのがバニラであると微塵も疑っていないのか、ドアの方を見てもいないヒューバートに向かい、エメリーンは無言で歩いていく。まだ昼の明るい時間だというのに、ヒューバートはワイングラスを片手に、窓からの景色――領地の街並みや人々の様子を眺めていた。
――なーにをしているのかしら。
ようやく怒りをぶつける相手を眼前にしたエメリーンは、ヒューバートへの怒りを静かに吐き出し始めた。
「いいご身分ですね。ええ、辺境伯様ですもの。それはなかなかいい身分でしょうとも」
「はっ? ……エメリーン、か?」
「ええ、そうですよ。辺境伯様に金で買われた子爵令嬢です。まあ、今では辺境伯夫人ですけど」
すでにかなり酔っているのか、ヒューバートは何が起きたのか理解できていないようで、目を細めたり瞬いたりして、目の前にいるエメリーンのことを夢か何かだと思っているようだ。借金のカタに娶った気弱そうな小娘が、自らのことを「金で買われた」と平然とヒューバートに面と向かって言うとは思えないだろうから、夢なのだとヒューバートが思っても、ある意味仕方がないのかもしれない。
だが酔っぱらいを前にして、エメリーンはより辛辣になった。
「何を昼間から酔っぱらっているんですか。そもそも、領地に戻ってきてすぐに、妻も子供もいる領主邸ではなく、他の女のところに行くとか、どれほどクズですか。その頭の中にはオガクズでも詰まっているんですか。そしてその股間にぶら下がっているものに詰まっているのはゴミクズですか。旦那様のようなぐずぐずのクズから、ルイ様のような天使が生まれたのは、天変地異の前触れですか。私の言っていること聞こえていますか。耳はまだ腐っていませんか。とにかく何が言いたいかって言うと、今すぐ屋敷に戻ってきやがれ、ってことです。分かりましたか、このクズ旦那様」
エメリーンが笑顔で紡いだ悪口の数々を浴びても、ヒューバートはきょとんとしている。
――だめだ、これは。
言いたいだけ――いや、正確にはまだ一割も言いたいことは言えていないが、エメリーンは部屋の前で待機しているであろうバアルに声を掛けた。
「バアル、これ持って帰るから、先に支払い済ませてきてくれる?」
「あ、支払いはどこも領主邸に請求しに来てもらっているので、今は大丈夫ですよ」
辺境伯を『これ』呼ばわりしたことに対して軽く肩を竦めながらも、泥酔状態のヒューバートを見て、バアルはエメリーンにそう答えた。
「へえ、そうなのね。それは便利そうね。分かったわ」
エメリーンは辺境伯領での支払い方法に感心しながら、そういえばヒューバートが領地に帰ってきたことだし、辺境伯夫人の権限を渡してもらわなければならないな、と思い出した。
――こんな有様なら、辺境伯夫人の権限だけではなく辺境伯の権限も渡してもらってもいいんじゃないかしら?
とろんとした目で、エメリーンのことが見えているのかいないのかすら分からないほど酔っぱらっているヒューバートから、エメリーンはバアルに視線を移した。
「じゃあバアル、悪いけどこれ担いで。持って帰りましょう」
「分かりました。っ、と」
兵士としては細身な方だが、やはりバアルはそこそこ力があったらしい。軽くヒューバートを担いで、危なげなく歩き出した。もしもの時はエメリーンも抱えるつもりでいたのだが、その必要はなさそうだ。
突然担がれたヒューバートだが、反応はない。いつの間にか眠ってしまっているようだ。その間抜けな状態でも寝顔が美しくて、エメリーンは何だか腹が立ったが、とりあえず辺境伯邸に戻ることを優先した。
ヒューバートを担いだバアルの横で、「それではごきげんよう」とスタッフたちに微笑みながら階段を降りていくエメリーンに、女店主バニラは少しだけ慌てた様子だったが、すぐに立ち直って「またのお越しをお待ちしております」と笑顔を見せた。だがその笑顔も「ええ、またよろしくお願いしますね」というエメリーンの言葉と満面の笑顔を受けて、見事に固まってしまった。
エメリーンとしては、ヒューバートがまたこの高級宿屋に来ても、それが誰とであっても、そのこと自体はどうでもいいことなのだが、バニラはそうは受け取らなかったようだ。
そんな女店主バニラと辺境伯夫人エメリーンのやりとりを見ていた『流星の輝き』のスタッフたちは、次にヒューバートが訪れるのがいつになるのか、賭けをしようと言い出した。もう来ない、に賭けたスタッフが一番多いという状態になったが、この賭けの結果が分かるまでは、少し時間が掛かりそうだ。
――へえ、さすが高級宿屋、もう私の容姿についての情報が入っているのね。
「バニラと申します。恐れ入りますが、ダイナリア辺境伯様の新しい奥様でいらっしゃいますか?」
恭しく挨拶をした女主人バニラに、エメリーンは笑顔で答えた。
「ええ、ご丁寧にありがとう。エメリーン・ダイナリアよ」
やはりと納得した顔をして、バニラはドアの前から横へすっと移動した。エメリーンが室内に入りやすいように道を開けたのだ。
「あら、入ってもいいの?」
「もちろんです」
終始落ち着いた対応をしているバニラは、辺境伯夫人であるエメリーンに対し、嫉妬や羨望などの感情は持っていないように見える。そんなバニラの対応を意外に思いながらも、エメリーンは室内へと足を踏み入れた。
「ずいぶん騒がしかったが、何があったんだ? バニラ」
部屋に入ってきたのがバニラであると微塵も疑っていないのか、ドアの方を見てもいないヒューバートに向かい、エメリーンは無言で歩いていく。まだ昼の明るい時間だというのに、ヒューバートはワイングラスを片手に、窓からの景色――領地の街並みや人々の様子を眺めていた。
――なーにをしているのかしら。
ようやく怒りをぶつける相手を眼前にしたエメリーンは、ヒューバートへの怒りを静かに吐き出し始めた。
「いいご身分ですね。ええ、辺境伯様ですもの。それはなかなかいい身分でしょうとも」
「はっ? ……エメリーン、か?」
「ええ、そうですよ。辺境伯様に金で買われた子爵令嬢です。まあ、今では辺境伯夫人ですけど」
すでにかなり酔っているのか、ヒューバートは何が起きたのか理解できていないようで、目を細めたり瞬いたりして、目の前にいるエメリーンのことを夢か何かだと思っているようだ。借金のカタに娶った気弱そうな小娘が、自らのことを「金で買われた」と平然とヒューバートに面と向かって言うとは思えないだろうから、夢なのだとヒューバートが思っても、ある意味仕方がないのかもしれない。
だが酔っぱらいを前にして、エメリーンはより辛辣になった。
「何を昼間から酔っぱらっているんですか。そもそも、領地に戻ってきてすぐに、妻も子供もいる領主邸ではなく、他の女のところに行くとか、どれほどクズですか。その頭の中にはオガクズでも詰まっているんですか。そしてその股間にぶら下がっているものに詰まっているのはゴミクズですか。旦那様のようなぐずぐずのクズから、ルイ様のような天使が生まれたのは、天変地異の前触れですか。私の言っていること聞こえていますか。耳はまだ腐っていませんか。とにかく何が言いたいかって言うと、今すぐ屋敷に戻ってきやがれ、ってことです。分かりましたか、このクズ旦那様」
エメリーンが笑顔で紡いだ悪口の数々を浴びても、ヒューバートはきょとんとしている。
――だめだ、これは。
言いたいだけ――いや、正確にはまだ一割も言いたいことは言えていないが、エメリーンは部屋の前で待機しているであろうバアルに声を掛けた。
「バアル、これ持って帰るから、先に支払い済ませてきてくれる?」
「あ、支払いはどこも領主邸に請求しに来てもらっているので、今は大丈夫ですよ」
辺境伯を『これ』呼ばわりしたことに対して軽く肩を竦めながらも、泥酔状態のヒューバートを見て、バアルはエメリーンにそう答えた。
「へえ、そうなのね。それは便利そうね。分かったわ」
エメリーンは辺境伯領での支払い方法に感心しながら、そういえばヒューバートが領地に帰ってきたことだし、辺境伯夫人の権限を渡してもらわなければならないな、と思い出した。
――こんな有様なら、辺境伯夫人の権限だけではなく辺境伯の権限も渡してもらってもいいんじゃないかしら?
とろんとした目で、エメリーンのことが見えているのかいないのかすら分からないほど酔っぱらっているヒューバートから、エメリーンはバアルに視線を移した。
「じゃあバアル、悪いけどこれ担いで。持って帰りましょう」
「分かりました。っ、と」
兵士としては細身な方だが、やはりバアルはそこそこ力があったらしい。軽くヒューバートを担いで、危なげなく歩き出した。もしもの時はエメリーンも抱えるつもりでいたのだが、その必要はなさそうだ。
突然担がれたヒューバートだが、反応はない。いつの間にか眠ってしまっているようだ。その間抜けな状態でも寝顔が美しくて、エメリーンは何だか腹が立ったが、とりあえず辺境伯邸に戻ることを優先した。
ヒューバートを担いだバアルの横で、「それではごきげんよう」とスタッフたちに微笑みながら階段を降りていくエメリーンに、女店主バニラは少しだけ慌てた様子だったが、すぐに立ち直って「またのお越しをお待ちしております」と笑顔を見せた。だがその笑顔も「ええ、またよろしくお願いしますね」というエメリーンの言葉と満面の笑顔を受けて、見事に固まってしまった。
エメリーンとしては、ヒューバートがまたこの高級宿屋に来ても、それが誰とであっても、そのこと自体はどうでもいいことなのだが、バニラはそうは受け取らなかったようだ。
そんな女店主バニラと辺境伯夫人エメリーンのやりとりを見ていた『流星の輝き』のスタッフたちは、次にヒューバートが訪れるのがいつになるのか、賭けをしようと言い出した。もう来ない、に賭けたスタッフが一番多いという状態になったが、この賭けの結果が分かるまでは、少し時間が掛かりそうだ。
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