辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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何かあったような……?

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 頭がガンガンと痛い気がするのは、単なる二日酔いのせいか、それとも酔って乗った馬車の中で、あちこちに頭を打ち付けたからなのか。実際にはその両方だろうが、ヒューバートには分からない。

「うう……」

「旦那様、お水をどうぞ」

 呻いていたヒューバートに、侍女頭のレイニーが水差しから水を注いだグラスを渡してくれる。

「ああ、すまないな」

 気持ちが悪くならないようにと、ちびちびと水を飲んでいたヒューバートは、なぜ『流星の輝き』のバニラではなく、領主邸の侍女頭であるレイニーから水を渡されているのかを思い出そうとして、やはり状況が分からなかった。

「私はいつ、ここに戻ってきたのだったか……」

 独り言のような質問のような、どっちつかずのヒューバートの問いにレイニーが呆れた顔をした。

「まあ、覚えていらっしゃらないのですか? 全く?」

 レイニーのキンキンした話し方が頭に響く。痛む頭を抑えながら、ヒューバートはやや考えて「分からない」と答えた。

「いいご身分ですわね。まあ、辺境伯様ですけど」

 レイニーがぶつぶつと言った内容に、ヒューバートは首を捻った。つい最近、同じようなことを言われたような気がしたのだ。それがいつ、誰に言われたことなのか、思い出そうとしたがそれも思い出せなかった。

 ――深酒はダメだな。どうも昔より酒に弱くなった気がする。

 はあと大きく息を吐いて、その息も酒臭いことにヒューバートはうんざりした。

「それで、ご体調はいかがですか? 旦那様の体調が回復されたらお話がしたいと奥様が仰ってましたので、今日の午後などいかがですか?」

「エメリーンが?……ああ、午後で構わない」

 ヒューバートも、どこかでエメリーンと話をする機会は設けなければと思っていた。ルイが壁を登り、エメリーンが窓から入ってきた衝撃も、『流星の輝き』で頭を冷やしたおかげか、少し冷静に受け止めることができている。何かもっと衝撃的なことが起こったような気もするが、気のせいだろうとヒューバートは首を横に振り、二日酔いを振り払おうとしたが無理だった。

「うう……。午後ではなく、夕食時にするか」

「え? お食事時、ですか」

 話の途中や終わった後、気詰まりな瞬間があったとしても、目の前に食事があればそちらに集中すればいいとヒューバートは考えたのだが、レイニーはその提案に微妙な反応を見せた。

「夕食時では、何か問題でもあるのか?」

 今まで気が付かなかったが、もしかしたらエメリーンは食事のマナーに問題でもあるのかとヒューバートは訝しんだが、レイニーから返って来た答えは全く別のことだった。

「奥様は旦那様とお二人でのお話をご希望ですので、別の時間の方がよろしいかと」

「どういうことだ?」

「奥様は、いつもルイ様とお食事されていますので」

 レイニーの言葉にヒューバートは目を丸くした。オルクス子爵家は大して力のない下級貴族だが、辺境伯夫人となったエメリーン本人は別だ。もしもエメリーンが、自身とヒューバートとの子供を次期辺境伯にしようなどと目論んでいたなら、ルイの身に危険が及ぶ。それはヒューバートの望むことではない。だからルイの身の安全を守るためにも、ヒューバートはルイの側にエメリーンを寄せ付けないようにと指示を出していたはずだ。

 ヒューバートが領地に帰って来てからの短い時間でも、ルイとエメリーンの距離が近いことには気付いていたが、まさか食事時まで二人が一緒に過ごすようになっていたとは、ヒューバートは思ってもみなかった。

「それは、大丈夫なのか?」

「大丈夫、とは?」

 レイニーの目が鋭くヒューバートを見据えた。それは辺境伯であるヒューバートを見極めようとするような、どこまでも冷静な目だ。

「まさかとは思いますが、旦那様は私たちの目をお疑いなのですか?」

 その静かな声で問われた内容に、ヒューバートは息を呑んだ。辺境伯領の使用人たちの優秀さは、身に染みて知っている。もしかしたら亡くなった両親から、ヒューバートが聞かされていない秘密が何かあるのかもしれない。そう疑問に思うほど、この地は人材に恵まれているのだ。

 ヒューバートが王都に行ったままの期間は1年超になるが、それほど領地に戻らない月日が長くても、辺境伯領では問題が起こらなかった。そのことにヒューバート自身、甘えている自覚もある。そしてそれらは全て、この地の使用人たちの働きがあってのことだ。そんな使用人たちの一人、侍女頭であるレイニーのことを疑うことは、ヒューバートにはありえないことだった。

「いや、私が悪かった。レイニーのことを、私は信用している」

 素直に謝罪をしたことで、レイニーの目から鋭さが消えた。

「分かって下さっているのなら良いのです。奥様のことは、旦那様ご自身の目で確認されると良いですよ。逃げずにちゃんと。……そして、ルイ様のことも、改めてその目で見てくださいませ」

「そうか……」

 ルイのことを語るレイニーの口調には、静かだが強い思いが滲んでいた。いつのまにかヒューバートにルイのことを言わなくなっていたレイニーが、久しぶりに口にした願いだ。だがヒューバートはその願いに、「分かった」と答えることはできなかった。
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