26 / 155
何かあったような……?
しおりを挟む
頭がガンガンと痛い気がするのは、単なる二日酔いのせいか、それとも酔って乗った馬車の中で、あちこちに頭を打ち付けたからなのか。実際にはその両方だろうが、ヒューバートには分からない。
「うう……」
「旦那様、お水をどうぞ」
呻いていたヒューバートに、侍女頭のレイニーが水差しから水を注いだグラスを渡してくれる。
「ああ、すまないな」
気持ちが悪くならないようにと、ちびちびと水を飲んでいたヒューバートは、なぜ『流星の輝き』のバニラではなく、領主邸の侍女頭であるレイニーから水を渡されているのかを思い出そうとして、やはり状況が分からなかった。
「私はいつ、ここに戻ってきたのだったか……」
独り言のような質問のような、どっちつかずのヒューバートの問いにレイニーが呆れた顔をした。
「まあ、覚えていらっしゃらないのですか? 全く?」
レイニーのキンキンした話し方が頭に響く。痛む頭を抑えながら、ヒューバートはやや考えて「分からない」と答えた。
「いいご身分ですわね。まあ、辺境伯様ですけど」
レイニーがぶつぶつと言った内容に、ヒューバートは首を捻った。つい最近、同じようなことを言われたような気がしたのだ。それがいつ、誰に言われたことなのか、思い出そうとしたがそれも思い出せなかった。
――深酒はダメだな。どうも昔より酒に弱くなった気がする。
はあと大きく息を吐いて、その息も酒臭いことにヒューバートはうんざりした。
「それで、ご体調はいかがですか? 旦那様の体調が回復されたらお話がしたいと奥様が仰ってましたので、今日の午後などいかがですか?」
「エメリーンが?……ああ、午後で構わない」
ヒューバートも、どこかでエメリーンと話をする機会は設けなければと思っていた。ルイが壁を登り、エメリーンが窓から入ってきた衝撃も、『流星の輝き』で頭を冷やしたおかげか、少し冷静に受け止めることができている。何かもっと衝撃的なことが起こったような気もするが、気のせいだろうとヒューバートは首を横に振り、二日酔いを振り払おうとしたが無理だった。
「うう……。午後ではなく、夕食時にするか」
「え? お食事時、ですか」
話の途中や終わった後、気詰まりな瞬間があったとしても、目の前に食事があればそちらに集中すればいいとヒューバートは考えたのだが、レイニーはその提案に微妙な反応を見せた。
「夕食時では、何か問題でもあるのか?」
今まで気が付かなかったが、もしかしたらエメリーンは食事のマナーに問題でもあるのかとヒューバートは訝しんだが、レイニーから返って来た答えは全く別のことだった。
「奥様は旦那様とお二人でのお話をご希望ですので、別の時間の方がよろしいかと」
「どういうことだ?」
「奥様は、いつもルイ様とお食事されていますので」
レイニーの言葉にヒューバートは目を丸くした。オルクス子爵家は大して力のない下級貴族だが、辺境伯夫人となったエメリーン本人は別だ。もしもエメリーンが、自身とヒューバートとの子供を次期辺境伯にしようなどと目論んでいたなら、ルイの身に危険が及ぶ。それはヒューバートの望むことではない。だからルイの身の安全を守るためにも、ヒューバートはルイの側にエメリーンを寄せ付けないようにと指示を出していたはずだ。
ヒューバートが領地に帰って来てからの短い時間でも、ルイとエメリーンの距離が近いことには気付いていたが、まさか食事時まで二人が一緒に過ごすようになっていたとは、ヒューバートは思ってもみなかった。
「それは、大丈夫なのか?」
「大丈夫、とは?」
レイニーの目が鋭くヒューバートを見据えた。それは辺境伯であるヒューバートを見極めようとするような、どこまでも冷静な目だ。
「まさかとは思いますが、旦那様は私たちの目をお疑いなのですか?」
その静かな声で問われた内容に、ヒューバートは息を呑んだ。辺境伯領の使用人たちの優秀さは、身に染みて知っている。もしかしたら亡くなった両親から、ヒューバートが聞かされていない秘密が何かあるのかもしれない。そう疑問に思うほど、この地は人材に恵まれているのだ。
ヒューバートが王都に行ったままの期間は1年超になるが、それほど領地に戻らない月日が長くても、辺境伯領では問題が起こらなかった。そのことにヒューバート自身、甘えている自覚もある。そしてそれらは全て、この地の使用人たちの働きがあってのことだ。そんな使用人たちの一人、侍女頭であるレイニーのことを疑うことは、ヒューバートにはありえないことだった。
「いや、私が悪かった。レイニーのことを、私は信用している」
素直に謝罪をしたことで、レイニーの目から鋭さが消えた。
「分かって下さっているのなら良いのです。奥様のことは、旦那様ご自身の目で確認されると良いですよ。逃げずにちゃんと。……そして、ルイ様のことも、改めてその目で見てくださいませ」
「そうか……」
ルイのことを語るレイニーの口調には、静かだが強い思いが滲んでいた。いつのまにかヒューバートにルイのことを言わなくなっていたレイニーが、久しぶりに口にした願いだ。だがヒューバートはその願いに、「分かった」と答えることはできなかった。
「うう……」
「旦那様、お水をどうぞ」
呻いていたヒューバートに、侍女頭のレイニーが水差しから水を注いだグラスを渡してくれる。
「ああ、すまないな」
気持ちが悪くならないようにと、ちびちびと水を飲んでいたヒューバートは、なぜ『流星の輝き』のバニラではなく、領主邸の侍女頭であるレイニーから水を渡されているのかを思い出そうとして、やはり状況が分からなかった。
「私はいつ、ここに戻ってきたのだったか……」
独り言のような質問のような、どっちつかずのヒューバートの問いにレイニーが呆れた顔をした。
「まあ、覚えていらっしゃらないのですか? 全く?」
レイニーのキンキンした話し方が頭に響く。痛む頭を抑えながら、ヒューバートはやや考えて「分からない」と答えた。
「いいご身分ですわね。まあ、辺境伯様ですけど」
レイニーがぶつぶつと言った内容に、ヒューバートは首を捻った。つい最近、同じようなことを言われたような気がしたのだ。それがいつ、誰に言われたことなのか、思い出そうとしたがそれも思い出せなかった。
――深酒はダメだな。どうも昔より酒に弱くなった気がする。
はあと大きく息を吐いて、その息も酒臭いことにヒューバートはうんざりした。
「それで、ご体調はいかがですか? 旦那様の体調が回復されたらお話がしたいと奥様が仰ってましたので、今日の午後などいかがですか?」
「エメリーンが?……ああ、午後で構わない」
ヒューバートも、どこかでエメリーンと話をする機会は設けなければと思っていた。ルイが壁を登り、エメリーンが窓から入ってきた衝撃も、『流星の輝き』で頭を冷やしたおかげか、少し冷静に受け止めることができている。何かもっと衝撃的なことが起こったような気もするが、気のせいだろうとヒューバートは首を横に振り、二日酔いを振り払おうとしたが無理だった。
「うう……。午後ではなく、夕食時にするか」
「え? お食事時、ですか」
話の途中や終わった後、気詰まりな瞬間があったとしても、目の前に食事があればそちらに集中すればいいとヒューバートは考えたのだが、レイニーはその提案に微妙な反応を見せた。
「夕食時では、何か問題でもあるのか?」
今まで気が付かなかったが、もしかしたらエメリーンは食事のマナーに問題でもあるのかとヒューバートは訝しんだが、レイニーから返って来た答えは全く別のことだった。
「奥様は旦那様とお二人でのお話をご希望ですので、別の時間の方がよろしいかと」
「どういうことだ?」
「奥様は、いつもルイ様とお食事されていますので」
レイニーの言葉にヒューバートは目を丸くした。オルクス子爵家は大して力のない下級貴族だが、辺境伯夫人となったエメリーン本人は別だ。もしもエメリーンが、自身とヒューバートとの子供を次期辺境伯にしようなどと目論んでいたなら、ルイの身に危険が及ぶ。それはヒューバートの望むことではない。だからルイの身の安全を守るためにも、ヒューバートはルイの側にエメリーンを寄せ付けないようにと指示を出していたはずだ。
ヒューバートが領地に帰って来てからの短い時間でも、ルイとエメリーンの距離が近いことには気付いていたが、まさか食事時まで二人が一緒に過ごすようになっていたとは、ヒューバートは思ってもみなかった。
「それは、大丈夫なのか?」
「大丈夫、とは?」
レイニーの目が鋭くヒューバートを見据えた。それは辺境伯であるヒューバートを見極めようとするような、どこまでも冷静な目だ。
「まさかとは思いますが、旦那様は私たちの目をお疑いなのですか?」
その静かな声で問われた内容に、ヒューバートは息を呑んだ。辺境伯領の使用人たちの優秀さは、身に染みて知っている。もしかしたら亡くなった両親から、ヒューバートが聞かされていない秘密が何かあるのかもしれない。そう疑問に思うほど、この地は人材に恵まれているのだ。
ヒューバートが王都に行ったままの期間は1年超になるが、それほど領地に戻らない月日が長くても、辺境伯領では問題が起こらなかった。そのことにヒューバート自身、甘えている自覚もある。そしてそれらは全て、この地の使用人たちの働きがあってのことだ。そんな使用人たちの一人、侍女頭であるレイニーのことを疑うことは、ヒューバートにはありえないことだった。
「いや、私が悪かった。レイニーのことを、私は信用している」
素直に謝罪をしたことで、レイニーの目から鋭さが消えた。
「分かって下さっているのなら良いのです。奥様のことは、旦那様ご自身の目で確認されると良いですよ。逃げずにちゃんと。……そして、ルイ様のことも、改めてその目で見てくださいませ」
「そうか……」
ルイのことを語るレイニーの口調には、静かだが強い思いが滲んでいた。いつのまにかヒューバートにルイのことを言わなくなっていたレイニーが、久しぶりに口にした願いだ。だがヒューバートはその願いに、「分かった」と答えることはできなかった。
1,140
あなたにおすすめの小説
神具のクワで異世界開拓!〜過労死SE、呪われた荒野を極上農園に変えてエルフや獣人と美味しいスローライフ〜
黒崎隼人
ファンタジー
ブラック企業で過労死したシステムエンジニアの茅野蓮は、豊穣の女神アリアによって剣と魔法のファンタジー世界へ転生する。
彼に与えられた使命は、呪われた「嘆きの荒野」を開拓し、全ての種族が手を取り合える理想郷を築くこと。
女神から授かったチート神具「ガイアの聖クワ」を一振りすれば、枯れた大地は瞬時に極上の黒土へと変わり、前世の知識と魔法の収納空間を駆使して、あっという間に規格外の美味しい作物を育て上げていく。
絶品の「ポトフ」で飢えたエルフの少女を救ったことを皮切りに、訳ありの白狼族の女戦士、没落した元公爵令嬢、故郷を失った天狐の巫女、人間に囚われていた翼人族の少女など、行き場を失った魅力的なヒロインたちが次々と彼の農園に集まってくる。
蓮が作る「醤油」や「マヨネーズ」などの未知の調味料や絶品料理は、瞬く間に世界中の胃袋を掴み、小さな農園はいつしか巨大な経済網を持つ最強の都市国家へと発展していく!
迫り来る大商会の圧力も、大国の軍勢も、さらには魔王軍の侵攻すらも、蓮は「美味しいご飯」と「農業チート」で平和的に解決してしまう。
これは、一本のクワを握りしめた心優しい青年が、傷ついた仲間たちと共に美味しい食卓を囲みながら、世界一豊かで幸せな国家「アルカディア連邦」を創り上げるまでの、奇跡と豊穣の異世界スローライフ!
過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件
やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。
最安もふもふ三匹に名前をつける変な冒険者ですが、この子たちの力を引き出せるのは私だけです ~精霊偏愛録~
Lihito
ファンタジー
精霊に名前をつける冒険者は、たぶん私だけだ。
うさぎのノル、狐のルゥ、モモンガのピノ。三匹とも最安の契約で、手のひらに乗るサイズ。周りからは「手乗り精霊で何ができる」と笑われている。
でも、この子たちへの聞き方を変えるだけで、返ってくる答えはまるで違う。三匹の情報を重ねれば、上位の精霊一体では見えないものが見える。
上位パーティが三度失敗した大型討伐。私は戦わない。ノルに地中を、ピノに上空を、ルゥに地上を調べさせて、答えを組み上げる。
——この世界の精霊の使い方、みんな間違ってませんか?
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます
由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。
だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。
そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。
二度目の人生。
沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。
ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。
「今世は静かに生きられればそれでいい」
そう思っていたのに――
奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。
さらにある日。
皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。
「沈薬は俺の妃だった」
だが沈薬は微笑んで言う。
「殿下、私は静王妃です」
今の関係は――
皇叔母様。
前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。
それを静かに守る静王。
宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
最終回まで予約投稿済みです。
毎日8時・20時に更新予定です。
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる