辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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お買い物は計画的に

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 気持ちが落ち着くようにと、マーサが入れてくれた紅茶を飲んでいたエメリーンの元へ、商会が到着したと知らせが入った。

「エメリーン様、素敵な服や小物を選びましょうね」

「ええ、そうね」

 笑顔のマーサにつられるように、エメリーンも微笑んだ。エメリーンが自分で服を選ぶのは、今世では初めてのことだった。商会が持ってきたものの中から選ぶのであれば、選択肢はそう多くないかもしれないと思いながらも、エメリーンの期待は膨らむ。そんなエメリーンの前に、衣裳の入っているであろう箱が次々と運び込まれてきた。いつの間にか、侍女頭のレイニーや兵士たちが壁側に控えている。

 荷物の運び入れが終わったのか、商会の者は二人だけ室内に残った。二人は、ソファに座っていたエメリーンに少しだけ近付き、片膝を付いて挨拶をする。ふくよかな男とひょろりと長い男だ。

「ダイナリア辺境伯夫人へのお目通りが叶いましたこと、恐悦至極にございます。ウロボロス商会長のスネイクと申します」

 言葉を発したのは、ひょろりと長い男だった。

「……スネク?」

「は?」

 エメリーンが思わず零した言葉に、男は意表を突かれたように顔を上げた。男の顔に、エメリーンは見覚えがあった。開いているのか閉じているのか、良く見ないと分からないほど、細くて水平な糸目の持ち主。スネイクは、アリサとレイの次に―ーとは言ってもアリサたちの3年後だが、組織に入ってきた子供だった。

 ―ー元気そうで良かった。

 アリサとスネイクは同い年だったため、子供の頃はそれなりに話をした。「ボクは自分の商会を持ちたいんだ」とポツリと語っていた夢は、アリサの知っている頃までは、まだまだ遠いものに見えていたが、どうやらあれから頑張って叶えたらしい。

 ――すごいじゃない。

「いえ、良く来てくれたわね。待っていたのよ」

 懐かしさから、つい親し気な声色になってしまうのを誤魔化そうと、エメリーンはスネイクの隣に控えているふくよかな男に視線を向けた。

「あなたは?」

「は、はい。ウロボロス商会のミンクと言います」

 どうやらミンクは平の商会員のようだ。声の若さから、20歳くらいの年齢かもしれないとエメリーンは推察した。

「スネイク、ミンク。私はエメリーン・ダイナリアです。これからお世話になりますね」

 エメリーンが微笑むと初対面の挨拶に緊張していたらしいミンクが、素直な笑顔を返した。スネイクは「光栄です」と応えると、スッと立ち上がり、ミンクに商品を並べるように指示を出した。まずはドレスから見ることができるらしい。ふと疑問に思ったことを聞きたくて、エメリーンは後方に控えていたマーサに声を掛けた。

「ごめんなさい。良く分からないので教えてほしいの。ドレスのサイズって、その、どうすれば良いのかしら?」

 今のエメリーンらしからぬ密やかな声になったのは、商会の二人が男性だけだったからだ。いくらエメリーンが商会とのやりとりに疎いとは言っても、彼らに衣裳のサイズを合わせてもらうはずがないことくらいは分かる。だがそうすると、サイズはどうやって合わせれば良いのかと疑問に思ったのだ。「ああ、それは」と、エメリーンよりさらに声を潜めてマーサが教えてくれる。

「王都でエメリーン様のサイズを測っており、そちらの情報を予め商会に伝えてあるのです。ですからサイズのことはご心配には及びませんよ。微調整は侍女の中に専門のものがおりますので、こちらで行います」

 「なるほど」とエメリーンが納得したところで、商会の準備ができたようだ。純粋にデザインの好みだけでドレスや靴などを選ぶことができる、とエメリーンが喜んだのも束の間、いろいろなシーンでドレスコードが変わってくるからと、レイニーやマーサにあれやこれやと選ばれていった結果、気が付くと、商会が用意したドレスや小物類のほとんどを購入することになっていた。

 ――スネイクの商会の売上になるわけだし、多めに購入してあげたいとは思っていたから、まあいいかしら。

 だが、躊躇いなく数々の宝飾品も選ばれて購入リスト入りをしていることに、エメリーンはさすがに確認が必要だろうと、レイニーに声を掛けた。

「レイニー? アクセサリーは少し減らしても良いのではないかしら? 私の首は1つしかないのよ?」

 くっ、と笑いを押し殺したような声が聞こえ、エメリーンが回りを見回したが、誰も笑いを堪えているような様子ではなかった。だがエメリーンには分かっている。

 ――澄ました顔をしてるけど、スネイクの方から聞こえたわよ。まあ、見逃してあげるけど。

 エメリーンは、わざと「気のせいかしら」、というように軽く首を傾げた。レイニーにはスネイクの声が聞こえていなかったのか、先ほどのエメリーンの質問に対して生真面目に答える。

「奥様。こちらでも足りないくらいですわ。ドレスと同じようにアクセサリーにも種類が必要なのです。奥様がいつも同じアクセサリーを身に付けていては、ダイナリア辺境伯領がよその方たちから低く見られることになりますよ。奥様はルイ様のお母さまとして、それで良いのですか?」

「えっ? それはダメよ。……分かったわ。それならどんどん買いましょう。ええ、どんどん。とても重要な必要経費です。そしてネックレスを、3つでも4つでも重ねて付けましょう」

 エメリーンの言葉を聞いたスネイクが、小刻みに震えながらそっと右に視線を外したが、そこで左を向いていた執事長と目が合った。それは偶然のことだったが、二人は黙って頷き、お互いに何事もなかったようにスッと視線を逸らした。

 ため息を吐いたのは、侍女頭のレイニーだ。

「奥様、それでは下品になりますよ。まあ、デザインによっては2つ重ねでも良いものもあるでしょうが」

「はい、ごめんなさい。やはり私には良く分からないので、今回はレイニーとマーサにお任せして良いかしら? ルイ様がよその貴族の方に舐められることのないように。そのコンセプトでお願いね」

「かしこまりました」

「エメリーン様、お任せください」

 辺境伯夫人と使用人たちの愉快なやりとりを、なるべく静かに見守っていたスネイクとミンクは、多めに用意していた宝飾品までもが、ほぼ売れてしまいそうな状況に、内心大喜びだった。
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