辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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「良い品物をありがとう。また来てくださいね」

 エメリーンの労いの言葉に、スネイクとミンクが頭を下げた。商会が片付けを始めたところで、その様子を見守っているスネイクの近くへエメリーンが歩み寄る。

 ――さて、何をどこまで聞きだすことができるかしら?

「スネイクさん。ウロボロス商会は、どちらのギルドの所属かしら?」

「私たちは、旅商人ギルド『風の商人』に所属しております」

 静かに頭を下げながら、スネイクが答えた。想定内の答えに、エメリーンは安堵した。旅商人ギルド『風の商人』のギルド長はサイラスだ。少なくともアリサの知る限りはそうだった。今もスネイクとサイラスが繋がっていそうなことは、エメリーンにとって嬉しいことだ。

 ――まあ、そもそも名前のない組織を抜けるメンバーがいるとは思っていないのだけど。

 名前もないのに、不思議なほどに結束力の強かった組織だ。少なくともエメリーンは、メンバーが増えることはあっても、減っていることはないはずだと思っている。

「そうなのですね。私は『風の商人』ギルドの方に、お世話になったことがあるのです」

 懐かしくて、ついエメリーンの口からそんな言葉が漏れた。

「は?」

「え?」

 そんなはずはない、というようなスネイクの反応に驚いたのはエメリーンの方だ。まるでエメリーンが、『風の商人』と関わったことなど一度もないと、確信してでもいるようなその反応はどういうことだろう。

 ――そんなことまで、知っているはずがないと思ったんだけど。

 エメリーンが目を瞬いていると、スネイクが慌てたように続けた。

「あ、いえ、そいつは、いえその人は、子爵邸で何と名乗りましたかね」

「は? 子爵邸で?」

 ――え? え? どういうこと?

「あ……。いえ、他の方の話と混ざって混乱していたようです。どうぞお忘れください」

 何か話が食い違っている、とエメリーンが困惑しているうちに、スネイクがそう言って笑った。いつもより目が開いて、口角を上げたその笑顔は、スネイクを良く知らない人には確かにただの笑顔に見えただろう。だがエメリーンは知っている。

 ――スネイクが、何かをやらかした時に見せるクセだ。……あ、そうか、オルクス子爵家。もしかしたら……?

 スネイクが何をやらかしたのかに気が付いて、エメリーンは内心驚きながらも、これが絶好のチャンスであることに気が付いた。エメリーンはさりげなく口元を隠しながら、スネイクにしか聞こえないほどの声で囁く。

「ごめんなさいね。子爵邸でのことは、秘密にしておいた方が良かったのに……」

 やらかしたのはエメリーンだと、そうスネイクに伝える。

「……そうでしたか。はい、どうぞご内密に」

 笑顔のまま、スネイクは口を動かさずに答えた。

 ――当たりだわ。

 オルクス子爵邸に、彼らの仲間が侵入している。前世からの悪行を鑑みれば、オルクス子爵家に彼らの手が伸びていても何ら不思議はない。むしろまだ何も起こっていないことが不思議なくらいだ。

 ――あ……、ああ、ああ! そうか、そうだったのね!

 エメリーンは歓喜の叫びを上げそうになったのを懸命に堪えた。『姿を見るような、見ないような存在』である、名前のない義賊の仲間たちに、はもう会ったことがある。喜びに震える胸を片手でそっと押さえながらスネイクの方を伺うと、スネイクが笑顔のまま固まっている。きっと何を言っても墓穴を掘ると思って黙っているのだろう。エメリーンには、スネイクが困っているのだと分かった。

 ――スネイクは、本当はもう何も聞きたくないだろうけど、一言だけ言わせてほしい。

「彼らに、とても感謝しています。でもこの想いは、この胸に仕舞っておきますね」

「はい……」

 エメリーンが何かを企んでいるわけではないことが伝わったのか、スネイクは少し安堵したらしい。その顔から貼り付けたような笑顔が消えている。

 ――やっぱり、スネイクは知っているんだわ。

 スネイクは決して、エメリーンに対して警戒心が薄いのではない。スネイクに―ー彼らにとって、エメリーンは警戒すべき対象ではないのだ。エメリーンがオルクス子爵家でどのような扱いを受けていたのか、彼らは知っている。いや、知っているどころではない。おそらく彼らがいなければ、エメリーンはもっとひどい状態に陥っていただろう。

 ――食事も、掃除も、洗濯も、衣類も知識を得るための本も、よ。

 オルクス子爵家でエメリーンのお世話をしてくれていた使用人たちは、エメリーンの前にほとんど姿を現さなかった。必要最低限の関わりしかなく、名前を覚える機会すらなかった彼らが、名前のない義賊たちであったならば、エメリーンには納得しかない。「今日は食事抜きよ」と、義母コンスタンスや義姉エリナ―が冷たく言い放ったその日にも、エメリーンの元には温かい食事が届いていた。それはきっと、コンスタンスやエリナ―の優しさなどではなかったのだ。

 ――ああ、そうだったのね。

 今さらコンスタンスやエリナ―から得られなかった家族の情について、エメリーンが悲しみを覚えることはない。ただ名もなき義賊の彼らたちに、エメリーンが知らない間に助けられていたことが不思議で、同時に温かい気持ちになった。

 ――信じられない。これって、運命ってやつなのかしら。

 その後、速やかに片付けが終わったウロボロス商会が去ってからも、エメリーンの胸は温かい気持ちでいっぱいだった。
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