辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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緑の旦那様と赤い○○

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 せめて後片付けくらいは役に立ちたいと思ったエメリーンだったが、ゴブリンに近付いただけで「やめてください」とバアルから断られた。

「片付けを手伝うくらいは良いでしょう? ここまで来て、今のままじゃ、ただの役立たずじゃない」

「ダメです。邪魔になるので避難所に戻ってください」

「じゃ、邪魔……」

 キッパリハッキリ言わないとダメだと思ったのか、もしくはキッパリハッキリ言っても大丈夫だと判断したのか。ともかくバアルの、エメリーンへの対応が雑になってきたことは確かだ。

「きゃー、とか怖がったりせずに片付けられるわよ?」

「そんなこと分かってますよ。怖がるなら、タイミングは他にいくらでもあったじゃないですか」

 バアルの言うことが分からずに首を傾げると、「そういうとこですよ」と深いため息を吐かれた。

「戻らないのなら、そこでジッとしといてください。見ての通り、自分は忙しいので」

「だから手伝うって言ってるじゃない」

「ですから、それはやめてください、とずっと言ってるじゃないですか!」

 声を荒げて、すぐに作業に戻ったバアルに、エメリーンは頬を膨らませて睨むことで抗議する。バアルの邪魔をしたいわけではないが、不満は伝えたい。そう思ったら、自然と膨れていたのだが、その様子はまるでいつかのルイのようだ。もしエメリーンがそのことに気付いていたら、「あれはルイ様だから可愛いのであって、私が真似をしてはダメよね」と、すぐにやめただろう。

 ――あら? 良く考えたら、別にバアルの許可はいらないわよね。

 膨れていた頬をスッと凹ませたエメリーンを見て、ブフッとバアルが吹き出した。

「いや、ダメですって」

 何がツボに嵌ったのか、ゲラゲラと腹を抱えて笑うバアルに、エメリーンは首を傾げる。

「私、何も言っていないけれど?」

「全部顔に、ブフッ、か、書いて、ありますよ、ハハハッ」

 笑い続けているバアルを、エメリーンがじとりと睨んだ。表情が読みやすいというのは、アリサの頃に仲間に言われたことがあるが、エメリーンになってからは言われたことがない言葉だ。

 ――何だか私、本当にダイナリア辺境伯領に馴染んだみたい。

 バアルの笑いにつられるように、エメリーンも思わず笑っていると、ザワザワと大勢の人がやってくるのに気が付いた。

 まだ距離はあるがきっとヒューバートたちだろうとエメリーンが思っていると、バアルが「旦那様や兵士長たちですね」と、間違いないことを教えてくれた。

 エメリーンは、甲冑姿の兵士たちを見るのは初めてだ。黒で揃えているようだが、一人だけ緑の甲冑を着ているのが見える。

「あれ、旦那様の鎧って、緑?」

 何だかまだらに見えるのが不思議で呟いたエメリーンに、「白鎧ですよ」とバアルが言った。

「え? 白? 緑じゃなくて?」

「自分と同じですよ。ほら?」

 全身緑に染まっているバアルを見て、エメリーンは「なるほど」と頷いた。

「あれ? 何か赤い、鎧? の人もいるけど」

 エメリーンの問いに、バアルが今度は「うわあ」と苦笑いをしている。

「ん?」

 ――緑の旦那様のすぐ後ろに控えているのは、赤い……?

「執事長っ?」

 ポカンと口を開けた間抜けな顔で、エメリーンはその人から目が離せなくなった。黒のジャケットを脱いだ姿も珍しいが、その白いシャツが真っ赤に染まっている。どうやら執事長は、ゴブリンではない魔物と戦ったらしい。

 ――え? 執事長が戦って……?

「辺境伯領は、そんなに人手不足なのかしら?」

「は?」

「だ、だって、鎧も着ていない執事長まで戦闘に出てるなんて」

「あー、あの人は、あれが戦闘服ですから。自分と奥様だって、鎧は着てないでしょ?」

 バアルの言う通り、エメリーンが鎧を着ることはないだろう。だが、甲冑の兵士たちの中に、一人だけ鎧を付けていない白シャツ、いや赤シャツの執事がいるのは違和感がある。

「……奥様。ゴーリアントって言うんですよ、執事長の名前。聞いたことないですか?」

 そう言うバアルの顔は、何だか自慢げだ。

 ーーへえ、執事長の名前、ゴーリアントって言うのね。反省文を書いた時に貰った名前一覧には、アントって書いてあったはずだけど……。見た目に似合わず、ゴツい名前だから、普段はアントとしているのかしら? 兵士長に似合いそうな名前よね、って? ……ええ? ゴーリアント? ゴーリアントってあの、英雄ゴーリアント?

「ゴ、ゴ、ゴ?」

 あまりのことに、言葉を失うほど驚いているエメリーンを横目に、バアルは不敵に笑った。

「やっぱり、知ってますよね。有名ですからね、その名は」

「え、ええ」

 頷きながら、そう言えば、日常的に執事長の名前を呼んでいる人がいなかったことに、エメリーンは気が付いた。兵士長ルドガーや、侍女頭レイニーは、名前で呼ばれていることもあるのに、執事長は常に執事長だった。エメリーンもそれに違和感を覚えたことはなく、そういうものだと納得していたのだ。

 その執事長の名前が、ゴーリアントだと聞いて、エメリーンの視線は、ますます執事長に釘付けになった。

「……本には、大男って書いてあったのに、本物はずいぶん細いのね」

「自分が読んだ本では、特に横に大きいって書いてありましたよ。ああいう本には本当のことが書いてあると思っていたので、執事長のことを知ったときは、正直かなりショックでした」

 その時のことを思い出したのか、バアルが肩を落としている。

「ええ、そんなにショックだったの?」

「そりゃそうですよ。あのドラゴン殺しの英雄が、執事長やってるなんて思わないじゃないですか。しかも有能な執事長ですよ。どうなってんだ、辺境伯領って、思いましたよ」

「確かに」

 義姉エリナーのお下がりなのか、使用人が紛れ込ませたのかは分からないが、エメリーンも英雄ゴーリアントの本を読んだことがあった。冒険譚なので、正直あまり興味を持って読んだわけではなかったが、それでもドラゴンをゴーリアント単体で倒した話はしっかり覚えている。

 ――うん、全く結びつかない。

 恐らく兵士長より少し年嵩の、50代後半くらいだと思われる執事長は、いつも穏やかな空気を纏っている。お茶目なところがあることも知っているが、執事長が強いだなんて、エメリーンには全く察することが出来なかった。

 ――これほどの強者に気が付けないなんて、情けない。

 強者過ぎて次元が違うと言うことなのか。そう思っても、エメリーンの敗北感は慰められなかった。

「エメリーン? 何故こんなところにいるんだ?」

 エメリーンがバアルといることに驚くヒューバートの後ろで、赤く染まった白シャツを身に纏った執事長は、いつもと同じように穏やかに微笑んでいた。
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