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カスとクズとそれから猫と
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「結婚しようよ」
——今思えば、あれが悪夢の始まりだった。
「え?」
「まだ付き合って間もないって、凪は思うかな。でも僕は本気だよ。少しでも早く凪と家族になりたいんだ」
人好きのする笑みを浮かべ、少し頬を赤らめて、その男はナギの手を取った。
——どうしてあのとき、私はあの手を振り払わなかったんだろう。
男は教師だった。ナギが栄養職員として勤務していた小学校で、ナギはその男と出会ったのだ。
「すごくね、誠実で良い人なんだ」
——どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
後悔は尽きない。男が教師というだけで、男に対するナギの信頼度は最初から高かった。
——どうして……。
男との1シーン1シーンを思い出しては、『どうして』とナギは思う。
どれほど自分を責めたところで時間は戻らない。そんな当たり前の言葉で過去を諦めようとしては、何度も失敗する。
——どうして……。どうして? ねえ、どうして……。どうしたら……。ああ……、血の臭いがする……。
************
「……い。おいっ!」
「っ!? あ?」
薄明かりと共に、ナギの目に飛び込んできたのは、不機嫌そうなシュテルンの顔だ。
「何だ? お前、もしかして痛かったのか?」
「え? あっ……は」
「泣くなら、感じすぎて怖いとか言って泣け」
ベッドの上、隣で眠っていたシュテルンがナギの顔を覗きこんでいる。言っていることはやはり残念極まりない。
シュテルンの太い親指が、ナギの頬をぐいっと撫でた。その仕草で、ナギはようやく涙が流れていたのだと気がついた。そうして、もう一つ重大なことにも。
「ダ、ダメッ!」
シュテルンの胸板に、ナギは涙で濡れた顔を強く押しつけた。シュテルンは眠っているときもほぼ裸だ。
「ああ? 何だ、急に」
グリグリとシュテルンの裸の胸でひとしきり顔を動かしてから、ナギはシュテルンを見上げた。
「ど、どうよ? 傷口に、塩を塗ってやったわ」
「は? 何だ、それは」
ナギがスリスリした位置には、ほぼ治っているカサブタが一つあるだけだ。しみるはずもないが、ナギはふふんと不敵に笑ってみせた。
「喧嘩を売ってるのよ!」
先ほどシュテルンはナギの涙を拭った。その上、優しい言葉を掛けられでもしたらどうしようと焦ったナギは、先回りで憎まれ口を叩いたのだ。
ナギの答えが気に入らなかったのか、シュテルンがナギの左耳を噛んだ。そのまま耳元でシュテルンが囁く。
「おい、かわいげがないな。俺の猫になるんじゃなかったのか?」
「アッ!?」
親猫が子猫を咥えるように、シュテルンがナギの首に噛み付いた。痛みよりも、歯型のついた首を舐る舌の熱さに、ナギはびくりと身を震わせた。
「に、にゃー……」
くくっと楽しそうに笑うシュテルンの声を聞きながら、悔し紛れにナギはひと声鳴いた。
「良いから、寝ろ。明日も仕事だとか言うんだろうが」
欠伸をしながらそう言ったシュテルンは、ナギを背中から抱き込んだ。その体温は高く、ナギもうとうとと眠りに誘われた。
今度は何の夢も見なかった。
——今思えば、あれが悪夢の始まりだった。
「え?」
「まだ付き合って間もないって、凪は思うかな。でも僕は本気だよ。少しでも早く凪と家族になりたいんだ」
人好きのする笑みを浮かべ、少し頬を赤らめて、その男はナギの手を取った。
——どうしてあのとき、私はあの手を振り払わなかったんだろう。
男は教師だった。ナギが栄養職員として勤務していた小学校で、ナギはその男と出会ったのだ。
「すごくね、誠実で良い人なんだ」
——どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
後悔は尽きない。男が教師というだけで、男に対するナギの信頼度は最初から高かった。
——どうして……。
男との1シーン1シーンを思い出しては、『どうして』とナギは思う。
どれほど自分を責めたところで時間は戻らない。そんな当たり前の言葉で過去を諦めようとしては、何度も失敗する。
——どうして……。どうして? ねえ、どうして……。どうしたら……。ああ……、血の臭いがする……。
************
「……い。おいっ!」
「っ!? あ?」
薄明かりと共に、ナギの目に飛び込んできたのは、不機嫌そうなシュテルンの顔だ。
「何だ? お前、もしかして痛かったのか?」
「え? あっ……は」
「泣くなら、感じすぎて怖いとか言って泣け」
ベッドの上、隣で眠っていたシュテルンがナギの顔を覗きこんでいる。言っていることはやはり残念極まりない。
シュテルンの太い親指が、ナギの頬をぐいっと撫でた。その仕草で、ナギはようやく涙が流れていたのだと気がついた。そうして、もう一つ重大なことにも。
「ダ、ダメッ!」
シュテルンの胸板に、ナギは涙で濡れた顔を強く押しつけた。シュテルンは眠っているときもほぼ裸だ。
「ああ? 何だ、急に」
グリグリとシュテルンの裸の胸でひとしきり顔を動かしてから、ナギはシュテルンを見上げた。
「ど、どうよ? 傷口に、塩を塗ってやったわ」
「は? 何だ、それは」
ナギがスリスリした位置には、ほぼ治っているカサブタが一つあるだけだ。しみるはずもないが、ナギはふふんと不敵に笑ってみせた。
「喧嘩を売ってるのよ!」
先ほどシュテルンはナギの涙を拭った。その上、優しい言葉を掛けられでもしたらどうしようと焦ったナギは、先回りで憎まれ口を叩いたのだ。
ナギの答えが気に入らなかったのか、シュテルンがナギの左耳を噛んだ。そのまま耳元でシュテルンが囁く。
「おい、かわいげがないな。俺の猫になるんじゃなかったのか?」
「アッ!?」
親猫が子猫を咥えるように、シュテルンがナギの首に噛み付いた。痛みよりも、歯型のついた首を舐る舌の熱さに、ナギはびくりと身を震わせた。
「に、にゃー……」
くくっと楽しそうに笑うシュテルンの声を聞きながら、悔し紛れにナギはひと声鳴いた。
「良いから、寝ろ。明日も仕事だとか言うんだろうが」
欠伸をしながらそう言ったシュテルンは、ナギを背中から抱き込んだ。その体温は高く、ナギもうとうとと眠りに誘われた。
今度は何の夢も見なかった。
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