【完結】幼い頃からの婚約を破棄されて退学の危機に瀕している。

桧山 紗綺

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四年目 ~冬期休暇 そして春へ~

多々ある不審点

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 動揺を押し殺して手紙を最後まで読み切る。
 執行については書いていない。
 王の意向はともかく周囲の人間は拙速な判断に異を唱え充分に精査するように迫っているそうだ。
 ならば即時執行されることもない。そのはずだと言い聞かせ情報を整理する。
 次にしなければならないことは……。
 まとまりきらない思考を無理やり動かそうとする。

「……アラン!」

 名前を呼ばれ揺らされた腕にはっと顔を上げる。

「クリスティーヌ様……」

 こちらを見るクリスティーヌ様の瞳は怒って見えるほど真剣なもの。

「アラン、まずは座って。
 ……お茶を持ってきてちょうだい」

 俺の腕を引くと同時に側にいた侍従に命じる。
 取りまとめ役の彼には文箱を持ってくるように伝えている。
 それを聞きながら、そうだ侯爵様に手紙を書こうとしていたんだと考える。
 何を伝えなければいけなかったんだっけと思い浮かべようとする俺を叱るように、クリスティーヌ様が「何も考えなくていいの」と厳しい声を発した。

 されるがままに腕を引かれて、人払いのされた部屋に連れられ、ソファに座らされる。
 隣に座ったクリスティーヌ様が両手で俺の頬を押さえ、覗き込むように視線を合わせた。
 焦燥のようなものを浮かべた紫の瞳がじっと俺を見つめる。
 何か言おうと思うのに、何も出てこない。まるで言葉というものを失ったように。
 ごく近くから覗き込む瞳が緩やかに細められるのを声もなく見つめた。

 ふわりと頭を包まれ、引き寄せられる。
 柔らかな感触と頭を撫でる手の動き。
 視界に白い首筋が見え、頬には華奢な肩の感触。
 抱き寄せられたことに気づくも肩口に預けた頭を動かすことができない。
 麻痺したような思考でクリスティーヌ様が俺を呼ぶ優しい声に耳を傾けた。

「アラン、泣きたいなら泣いていいのよ」

 髪に差し込まれた手が優しく頭を撫でる。
 緩やかな動きに、訳も分からない感情の奔流が段々と落ち着いていく。

「泣きたい訳じゃないんです。 悲しいとも、今は思えない」

 薄情なのかもしれないが、胸のどこを探しても悲しいという気持ちは見つからない。
 ただ驚きと、混乱が胸にあるだけで。
 何も言わず頭を撫でる手に目を閉じて身を委ねる。

「けれど、死を望んでいた訳でもない。
 そうなる可能性があるのはわかっていましたけれど、低いと見ていました」

 エドガーが贋金の作成を命じていた男も見つかり、その男と全く面識がないことも確認されていた。
 土地を貸しておきながら充分な管理ができず贋金を蔓延させる一助となったことを咎められ牢に繋がれることになっても、死を与えられることはないと。

「どうして……」

 早すぎる裁可の裏にあるものに思いを巡らせるが、形にならずに散ってしまう。
 思考がまとまらない。

「……弟たちが不憫です」

 彼らはこの裁可を聞いて何を思うのだろう。
 リリーナは俺を恨むだろうか。父親を助けてくれなかったと。
 せっかく証拠となる手紙を提出してくれたのに。
 何よりも彼らはこれからどうなるのだろう。
 罪を犯し捕まった父親がいるとしても、弟妹たちに罪はない。
 しかしそれが処刑されるような罪で、となってくると周囲の目もより厳しいものとなってくる。

「せめて彼らだけでも救いたかったのに……」

 父親は自身の犯した罪を償わなければならない。それは当然で仕方のないことだ。
 だからせめて弟妹には類が及ばないように、父の罪の余波に巻き込まれないようにと願っていたのに。
 将来にも、弟妹たちの心にも影を落とす判決。
 どうして――。
 きつく目を閉じると浮かぶのは最後に見た姿、それから実家を出る際の幼い姿だった。

「アラン」

 穏やかな声が俺を呼ぶ。

「できないと思うの?」

 救えないと思うのかとのクリスティーヌ様の言葉に目を開く。
 できない?
 違う。
 戻ってきた思考が、そう自分自身に訴える。

「できる……」

 呟くと、考えが鮮明になっていく。
 できる、方法なんていくらでもある。

「アランのしたいようにすればいいわ」

 耳に吹き込まれる優しい許しに、預けていた頭を起こす。

「クリスティーヌ様、すみません。
 衝撃に考えるべきことを見失ってました」

 まずすべきはこの裁可によって起こる影響を把握すること。
 それさえわかっていれば、どのように手を打てばいいのかはもう知っている。

 性急な王の判断に身内が捕らえられている者は処分の保留や再考を求めるだろうし、自身や家門に累が及ばないようにと立ち回る者も出始めるはずだ。
 急に巡り始める思考に頭の中が忙しい。
 まず最初にすることがあると身を起こし、外で待っている人を呼び入れようとして寸暇止まる。
 頭を撫でていた手を下ろし微笑むクリスティーヌ様。
 ごく近くにあるその身体を引き寄せる。
 回した腕で細い肩を抱きしめると小さく息を呑む音が聞こえた。

「クリスティーヌ様、ありがとうございます。
 あなたはいつも俺に前に進むための力をくれる」

 抱擁を解き、微笑む。
 彼女の存在にどれだけ救われ前を向くことができたのか。
 表しきれないほど感謝し、尊く思っている。
 ほんのり目元を朱に染めるクリスティーヌ様へ感謝の想いを伝え、今度こそ身を離す。
 外で待っていた取りまとめ役の彼から文箱を受け取り待たせたことを謝ると、自分にも覚えのあることですからと首を振った。
 衝撃に立ち止まっている場合じゃないと気づけたのなら後は走り出すだけですと笑みを見せる彼へ、先ほど言いそびれた帳簿の話をしその裏付けを頼む。
 ぱらぱらと帳簿を捲った彼が心得ましたと見せた笑みは獲物を見定めた猛獣のように鋭い。
 早速と部屋を辞してどこかへ向かった彼を見送って自分のすべきことへ着手する。

 広げた便箋に指示を書き、インクが乾き次第出せるように宛名を記す。
 途中からクリスティーヌ様が宛名書きを申し出てくれ報告と指示を書くことに集中する。
 一番最初に書いた便箋が乾いた頃合いを見計らってクリスティーヌ様へ封をして出してくれるようにお願いする。インクが乾いているかを確認し手紙を畳もうとしたクリスティーヌ様の手が一瞬止まる。
 書いてある内容の意味を読み取り、他の手紙に先立って封をして出しに行ってくれた。

 手紙に書いてあったのは、未だ侯爵家で捕らえているエドガーの身を知られぬように移送し保護すること。
 先に引き渡した伯爵家の者で混乱する城の者を慮って時期を見てから送り込むつもりだったのが幸いした。
 まずは証拠隠滅を図られることを防ぐ。
 そこまで短絡的でないと信用することは、もうできなかった。

 エドガーの身の安全の次は侯爵様に向けて手紙を記す。
 こちらの状況と頼んでいる交渉事への懸念。一人への交渉は保留にしてほしい旨を記載し次に調査に向かう場所とその疑いの内容を書き留め厳重に封をしていく。
 この手紙は同行している騎士の一人に頼む。早く届けてもらいたい以上に他人に見られたら困る内容が記載されているためだ。
 次いでレオンへ向けて筆を執る。
 侯爵様宛と同じ情報共有のため帳簿の話を詳しく書き、探して欲しい人がいると伝える。
 今はまだ探しに行くことはできない。しかしその人物を知っている人から手がかりを得られないかと、学生時代の友人たちに会いに行っているレオンへ考えを綴る。
 侯爵夫人へは情報を送ってくれたお礼を述べ、追加で公爵子息の交友関係について調べを頼む。
 それからもう一つ。
 弟たちを保護している施設の様子を調べてくれるようお願いする。
 父親のことが彼らに伝わっているのか、その様子も。

 俺が関わらない方がいいからと、詳しく知ることを避け最低限の情報だけを得て自分を納得させていた。
 それではやっぱり駄目なんだ。
 どれだけ甘いと言われても、彼ら自身に疎まれようとも手を出さず望まない結果になる方が嫌だった。
 自身の心の平穏のために勝手に手を伸ばす。そう決める。
 手を放すのは俺が納得した時で良い。
 決断すると心が楽になった。

 戻ってきたクリスティーヌ様と護衛の人を交え次に向かいたい場所と目的について話す。
 護衛の人は渋い顔をしていたが最終的には了承した。
 戻ってきたばかりの身体を休め、明日の夜出発と決める。
 これで確証が得られれば、一気にこちらの有利に傾く。
 状況を動かす一手は、すでに盤上に配してあった。


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