双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

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異世界<日本>視察編

番外編 日本の思い出とこれからの話

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 300話記念の番外編、のようなものです。
 こんな長いことになるとは思ってもみなかったですが、見てくださる皆さんのおかげでここまできました。
 本当にありがとうございます!

―――――――――――――――――――――――――――――




 メルヒオールの失敗と美咲さんのことは王子にも話してあった。
 当然ヴォルフにも事情の説明はしている。
 美咲さんを王宮の一室に泊めることも含めてその日のうちに話をして、翌日には日本に帰すとも説明していた。
「全く、メルヒオールの不注意にも困ったものだわ」
 本当にあってはいけない類の間違いだと思う。
 美咲さんがのんびりしていたから緊迫感がなかったけど、もっと大事になってもおかしくなかった。
「でもその女子高生は日本でのメルヒオールの案内を引き受けたんだろう?」
「そうなのよ。 助かるけれど驚いたわ」
 楽しそうだからと言っていたけれど、そんな理由で引き受けていいものなのかと心配になる。
 メルヒオールが迷惑かけないといいけど。
 多分叶わない願いだろう。ジグ様もそこまでは期待していないと思う。
 無駄な祈りをささげているとヴォルフが日本を懐かしむように目を細めながら答える。
「あの世界は色々と不思議なことが多いからな。 案内人がいれば心強いだろう」
 ヴォルフは、俺は犬の姿だったから奇異に思われることもなかったが、と続けた。
 確かに人に姿で向こうに飛ばされていたらそれはそれで問題も多そうだ。
「女子高生か、あのまま日本にいたらお前もいずれは高校に通ったのか?」
 頷いているとヴォルフが話題を変える。
「通ってみようとは思ったけど」
 セレスタに帰るとは思わなかったから、学校に通うのは選択肢の一つとして考えていた。
 大学生活を語る美菜さんは楽しそうだったし、学校は新しいことをたくさん体験できそうだったと思う。
 その時になったら調べればいいと思っていたので実はあんまりよくわからないんだけどね。
 最近でこそ同年代の友人と呼べる人も増えたけど、それまで年上しか周りにいなかったので上手く付き合えたか不安が残る。
「制服は可愛いから興味あったけどね」
 可愛くてもみんな着ている物だから気おくれすることもないだろうし。
「そうか。 きっと似合っていた。
 見てみたかったとも思うが、そうしたらお前はこちらにはいなかったんだな」
「そうね。 セレスタに帰らなかった場合の話だから」
「なら見なくても良い。
 お前はわりとなんでも似合うしな」
「それはヴォルフの贔屓目だと思うわ」
 呆れに若干の照れが混じる。
 なんでそういうことがさらっと言えちゃうかな。
「事実だ。 この間の服も可愛かったぞ。
 少し扇情的過ぎたが」
 シャルロッテたちと出かけた日の服のことを持ち出されて顔が朱に染まる。
「そこまででもなかったでしょう! ちゃんと上着も着ていたし!!」
「着ていたからこそ気が付いたときは衝撃だったんだ。
 ドレスみたいに最初からそういうものだとわかっていれば心構えもあるが、あれは不意打ちだった」
「その話はいいでしょ! もう!」
 あの服は恥ずかしすぎてあれから一度も袖を通していない。
 そもそも私服を着る機会自体そんなに多くないんだけど。
「せっかくだから故郷に帰るときも着て行ったらどうだ?」
「あんな悪目立ちしそうな服着ていけるわけないでしょう!」
 王都でさえ人目を引く服を着て行ったら目立ってしかたない。
 小さな村だけに注目されるのは仕方ないけれど、あんまり派手な格好をしていたら変な噂になってしまう。
 ちょっと出世したから調子に乗っていると思われるのも王都に行って都会かぶれしたと言われるのも嫌だ。
 かぶれるほど王都に降りてないよ!?なんていちいち説明して歩けないし。
 普通にあんまり目立たない格好で行きたい。
(そういえば村で暮らしていたころはどんな服を着ていたんだっけ?)
 思い出してみる。
 父親のお下がり。
 母親の遺品。
 そのどちらも違う気がする。
 だって丈の合ったワンピースも着てた。
 今考えたらあれもおばさんたちがくれた物だったに違いない。
 新品ではなかったから村の誰かのお下がりなんだろうけれど、父親がそんな働きかけをしたとも思えないので多分おばさんたちだと思う。
「どうした? 急に黙って」
 黙り込んだマリナの頬に手を伸ばしヴォルフが顔を覗き込む。
「おばさんたちへの手土産って何にしたらいいのかなって考えてた」
 すごいお世話になったけど、ずっと連絡を取っていたわけでもないし、何が喜ばれるのか全然わからない。
「普通に菓子とかでいいんじゃないか? 定番だろう」
「うーん。 やっぱりそうよね」
 もっと近しい人や親しく付き合いを続けていた人なら服や日用雑貨などを送っても喜ばれるだろう。
 でもマリナは村を出てから音信不通に近い状態だった。
 いきなりそんな物を贈られても戸惑うだろうし、人によってはそんなつもりでしたことじゃないと不快に思うかもしれない。
 お菓子くらいが迷惑に思われなくて喜ばれる物だろう。
「何が良いか皆に聞いてみようかな」
 シャルロッテとかギュンターさんとか、ミヒャエルさんも有名処や流行の物を知っていそうだ。
 マリナが適当に選ぶよりは詳しい人の意見を聞いてみた方がいいだろう。
 選ぶ楽しみがあることで若干の憂鬱さが軽減された。……気がする。
 少しずつ迫ってくる日に胸が躍ったり落ち着きなく暴れたりしていた。
 父親のことはあえて考えないようにしている。
 悪い想像ばかりしていたら、その時が来る前に疲弊してしまいそうだからだ。
「また良くないことを考えているだろう」
 そうして暗い考えに陥りそうになる度にヴォルフが気づいて引き上げてくれる。
 膝に乗せていた手を取られ、ゆっくりとなぞられる。
 絡む指の感触に恥ずかしさと安心感が綯交ぜになって胸に届く。
「最近ヴォルフは私のことがよくわかるのね」
 日本に行くことになったきっかけを思うと随分変わったと思う。
 自分でもどうしようもない不安にヴォルフは気が付いて和らげてくれる。
 どんなに助けられていることか。
「見ているからな」
 緩く絡んでいた手が強く握られる。
「何も知らなかったからな。
 お前が何を好むのか、何を嫌がるのか、何も知らないでいた。
 だから求愛を受け入れて戻ってきてくれた後は知ることから始めたんだ。
 一つ知る度に自分は今まで何を見ていたのかと思ったし、新しい顔を見つけるごとに愛しさが増した」
 真っ直ぐに思いをぶつけてくれるヴォルフに愛しさが膨れ上がる。
 マリナだって同じだ。
 知らない面を発見したらうれしいし、それが自分に向けられた愛情なら尚更。
 手を握り返してヴォルフを見上げる。
 黒い瞳はマリナだけに注がれていた。
 じっと瞳を見つめ、顔を近づける。
 ゆっくりと驚きに見開かれる目を捉えながらマリナはヴォルフにくちづけた。
 触れた場所から幸福感が広がっていく。
 唇を離しヴォルフを見つめる。
 日に焼けた顔がじわりと赤くなっていくのを見てマリナにも照れと、それを上回る喜びが湧きあがった。
「なんだ、急に……」
「したくなったの」
 急に、突然に、身体が動いた。
 理屈じゃない衝動。
「ヴォルフ」
 手を伸ばし頬に触れる。
「好きよ」
 改まって口にするのは恥ずかしい。
「……お前のそうところは反則だと思う」
 けれど好きな人が喜んでくれる。
 唐突な愛の言葉に頬を染めるヴォルフにマリナも頬が熱を持って行く。
 きっともうマリナの方が真っ赤になっている。
 照れていたヴォルフの顔が面白がるような色を帯びているから。
 自分からしておいてすっごく恥ずかしい!
 でも幸せな気持ちだって言い切れる。
 まだ掴まれたままの手にヴォルフがくちづけを落とす。
 繋がれた手の熱さがお互いの想いを伝え合っている気がして……。
 今までにないほど幸せな気持ちだった。
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