よわよわ魔王がレベチ勇者にロックオンされました～コマンド「にげる」はどこですか～

＃４：宿泊研修～準備編

＃４－３③．身体が熱いのは走ったからだけではない

　流石に使い分けはしているだろうが、自分にしていたように姉弟に対しても緩かったに違いない。

「それはもちろん」
「じゃあオレともリーノと話すように気楽に話してもらいたい。図々しく『兄と思え』となどと言う気はないが」
「そんな先輩をお兄様と同じになんて！あのバカ兄と先輩とは全然違いますし……」
「バカ兄……」

　彼女が言ったリーノを表す「バカ兄」という言葉の印象が強くて、思わず拾い上げて口に出す。
　なんともしっくり来るその呼び名に、リーノに会えたら是非ともそう呼んでやろうと心に書き留める。

「いえっ、あのっ、その……本当にお兄様は昔から突拍子もなくて行動が読めなくてバカばっかりして……」
「わかるよ、オレも何度も悪戯を仕掛けられたし、とばっちりを受けて一緒に師範から逃げてたな」
「ああ、先輩にまでご迷惑を……」

　何を思い出したのか、彼女の綺麗な眉が下がる。
　きっと彼女も同じような目に遭ったことがあるのだろう。

「いいや、迷惑だなんて思ったことなんてない。オレは、リーノと出会えて、共に過ごせて、とても楽しかったんだ」
「そうですか……」

　あからさまにホッとした表情で笑みを浮かべる。

「すまない、随分引き止めてしまった」
「いいえ、お兄様の話が聞けてよかったです。その……」
「なんだ？」
「良かったら、また話を聞かせて下さい。ケント先輩」
「ああ」
「では、ごきげんよう」

　再びチリンと音を立て、今度こそ扉の向こうに彼女の姿が消えた。
　「ケント先輩」と言う彼女の柔らかい声が耳に残り、なんともこそばゆい。

「っしゃ！」

　大きく叫び出したいのを何とか堪え、両手で小さく拳を握り達成感を噛みしめる。
　ケントは、熱い身体を持て余すように冷えた空気を深く吸い込み、来た道を戻り勢いよく駆け出した。