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新章「春に舞う言の葉に告白を。」
7 - 友人の面影
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ー 5 -
地球の滅亡まであと1年しかないと知らされたあの日、人々は「そんなわけがない」と迫りくる死に対して無頓着だった。
秘密裏に遂行されているという噂レベルの軍事作戦。それが成功しようがしまいが、地球に隕石が衝突するなんて映画の見過ぎだと笑いながら目を背けた。冗談でも死ぬ準備をする人はいなかった。中にはやけくそになって暴動に走る人もいたそうだけれど、それまでの社会を捨て去れるほどには人類は強くはなく、また、こんな世界、どうなってもいいと投げ出せる程、弱くはなかった。
などと、偉そうに語る私もその一人で。幼馴染に対して不安な気持ちをぶつけつつも本当に死ぬとは思っていなかった。
きっとどうにかなる。テレビで言っている「軍事作戦」って奴が成功して、笑い合える毎日が続くのだと信じていた。だからこそ病院の屋上から幼馴染が落ちたと聞いた時も迫りくる自分の死ではなく幼馴染の事を心配したし、奇跡的に軽傷だったと聞いてほっとした。生きててくれてよかったと。隕石は、近づいて来ていたというのに。
藍洲夏帆の両親はその隕石の衝突によって命を落としている。決して平等に訪れなかった奇跡の代償として。
被災で家族を亡くした生徒は彼女だけではない。この街に住む人であればその痛みを知るものは多い。
だからきっと彼女の事が気になるのは教師としての責任からではなく、かつての友人を失くした幼い私の弱さからだ。
「あの後……、どうだったの?」
「どうって、なにがですか」
「だからほら……、葉流と……」
邪魔する者のいない文芸部の部室。昼休み、待ち伏せていた私を見るや否や扉を閉めて出て行こうとしたけれどそこはなんとか腕を掴んで引き留めた。出勤前にコンビニで買って来たチーズケーキを掲げて。「……レアチーズケーキのほうが好きなんですけど」って若干の抵抗は感じられたけれど甘い物は嫌いじゃないみたいで今はもう、目の前でフォーク片手に話を聞いてくれている。
コロッケパンではなくデザートを先に手を出すあたり、食べ終わってしまったら速攻で逃げられそうで探りを入れることもなく直球で尋ねることになった。
「一緒にいた人と、何処かに行ったの?」
なんでそんなことを先生が聞くんですかと言われなくても顔に書いてある。
渋々と「生徒が見知らぬ男性と歩いてたら問題になるから、先に確認させて」と説明する。実際、うちの制服を着ている子が昼間からウロウロしていたら学校に連絡は入る。今回それが無かったのは運が良かっただけなのだ。なのに藍洲さんは「へぇ、ハルっていうんだ、あの人」とか話に乗ってこようとはしない。
迂闊にも名前を知らせる形となってしまったらしく、唸る。別に、名前ぐらいどうでいいんだろうけど。と割り切れないのは私がまだ大人になり切れていないからだろうか。
「先生の知り合いだったんだね」
「それはこちらの台詞よ。どうしてあの人と知り合ったの?」
極力平然を装いつつ、尋ねる。出来れば二人が知り合わないようにしたかっただなんて、恥ずかしくて絶対に顔に出せない。
「川で溺れそうになってたから助けた」
「はぁっ……?」
犬を、助けたんじゃなくて葉流が助けられた……?
少し混乱する頭を落ち着かせ、きっと言葉が足りないだけだと信じる。
確かに葉流の状況はそれほど良いとは言えないけれど、身投げするほど悪くはない。
それに、あの人の事を想えばこそ、死のうとなんて思わないハズだ。
「それで、話しかけたワケだ。あの浮浪モノに」
「あっちが話しかけて来たんだけどね」
「…………」
ちらりと、私の顔色を伺うかのように向けられた視線に感情を表に出さないようにと努めた。うまく隠し通せる自信もなく、結局「はぁ……」とため息で答えてしまう。そんな私を挑発するかのように藍洲さんは続けた。
「てか、なんで私に聞いてんのさ。直接聞けばいいじゃん、ハルさんに」
「そうだよねぇ……?」
分かってる。これは弱さだ。私の。
放っておけば過去になるだなんて、そんな都合のいい話はないらしい。
葉流は、未だに冬華さんを引きずっている。そんな素振りは見せないけれど、彼奴の本を読めば、分かる。幼馴染でなくとも。だからこそ震災直後の人々に秋宮葉流という高校生の綴った物語は響き、共感を呼んだ。評価されたのは緋乃瀬冬華という存在を失ってから書いた二本目の作品だ。彼奴はそれで新人賞を取った。
そこまで分かっていても尚、冬華さんを忘れられない葉流の傍に居て、それでもいつか「あの人の事は忘れてくれる」だなんてなんてお気軽なんだろう。あまつさえ、こんな、冬華さんにそっくりな女子高生に心を揺さぶられるなんて。――葉流を、疑うなんて。
「心配しなくていいよ。先生の彼氏取ったりしないから」
そんな興味もないし、と藍洲さんはケーキの入っていた容器を袋に片づけ、コロッケパンを取り出す。
「それより『ひのせとうか』って人の事教えてよ。なんなの、その人」
考えを読まれたようでドキリと心臓が跳ねた。
コロッケと一緒に挟まれている焼きそばが零れ落ちそうになり、それを指先で受け止めつつ藍洲さんは告げる。
「私に関係あんの?」
睨むような視線は冬華さんにそっくりでいて別物だ。
いつも朗らかに、余裕をもって微笑む彼女とは別人のようにその瞳は鋭い。そもそも別人なのだけど。
どうしても面影を重ねてしまう顔から視線を逸らし、どうしたものかと言葉を濁す。
出来れば彼女に冬華さんの事は話したくないと思う自分がいる。だってこれはプライベートだ。教育に関係ない。寧ろこれ以上部外者である葉流に関わらせるのは教師としてよろしくないと言い訳ばかりが浮かんで来る。
結局のところ、これ以上冬華さんの亡霊が葉流の身の回りをうろうろして欲しくないという身勝手な願望なのだけど。
かつての親友を亡霊呼ばわりした罪悪感と、そんな風に言われてもきっとあの人は頬を膨らませつつも笑って許してくれるんだろうなっていう寂しさが込み上げる。
緋乃瀬冬華本人であれば、葉流の事は諦められた。彼女だったからこそ、私は幼馴染で良いと思えた。
だけど、この子を葉流には近づけたくない。
それがどれだけ汚れた願いだとしても。
「緋乃瀬冬華さんは昔の友人よ? 私と葉流の。ただそれだけ」
「……ふーん」
それより、葉流の口から緋乃瀬冬華という名前が出たこと自体信じられない。
命日には墓参りに言っているようだけれど、傷口に触れることを躊躇うように、滅多なことがない限り冬華さんの名前を出すようなことはなかった。
なのにこの子がその名前を知っているという事は、そこまで話したってこと……? それにしては藍洲さんは何も知らないようだし、気になる。……気になるけど、迂闊に昨日の事を尋ねれば墓穴を掘る予感があった。
自慢じゃないけど隠し事は得意な方じゃない。ましてやこちらの手札を見せないようにしたまま相手を誘導するなど私には不可能だ。
「藍洲さん、気が付いた時には学校に戻って来てて、しかも下校していく姿が見えたものだから気になってたのよ。昨日は仕事が遅くて葉流にも話聞けなかったし」
そう言って腰を上げると白々しくも流れ出る嘘に嫌気が差すけれど、だからといって素直に話せるほど私は大人ではないらしい。
「何にもなかったのならそれでいいわ? うちの生徒が非行に走るなんて、臨時顧問としては見逃せないからね」
そのままお昼も食べずにお弁当を持つと部室を後にする。
何を、怖がっているというのだろう。相手は高校生なのに。
「……高校生だから、年齢も一致しちゃうんだよなぁ……?」
私と葉流が冬華さんに出会った時、確かあの人は16歳だった。誕生日を迎え、17歳になると言っていたし、いまの藍洲さんと丁度重なる。
他人の空似といえど生き写しにしか見えない程にそっくりな二人。違う点と言えば藍洲さんは少し目つきが悪い点ぐらいか。私たちの記憶の中で冬華さんの顔が少しずつ薄れつつあるというのもあるのかもしれない。いざ、二人を並べてみればそれほど似ていない可能性もある。が、……こうして話している間も、黙っていれば冬華さんと話していた時のような感覚に陥るし、声色だって、似ている。
どうして、こんな。
神様は残酷で、性格が悪いと言ったのは冬華さんだ。
私は物語を綴る時、うんと意地悪な気持ちになって、登場人物たちに無理難題を押し付けるんだって苦笑しながら話していた。そうして心が折れてしまいそうなほどに過酷な状況に追い込まれたキャラクター達が、それでも運命に立ち向かい、乗り越えていく。そういう姿に読者は心躍らせ、物語を楽しむのだと。だから、神様である「作家」はどんどん性格が悪くなっていくんだって話してた。
葉流は「あの人は身勝手で我が儘だから手を焼いている」なんて言っていたけれど、私からすれば冬華さんは大人びた静けさと少女のような無邪気さを兼ね備えた、羨ましくも可愛らしい、そんな人だった。「私は性格が悪いんだよ」なんて、聞かされて、慌てて否定してしまったほどだ。
あの人が性格が悪いっていうなら、私はきっと悪魔みたいなもんだ。
一瞬でも、「この人と出会わなければ」なんて、思ったこともあるのだから。
――冬華さんの亡霊、か――……。
藍洲さんの存在を抜きにしても、私も、葉流も。未だにあの人の事を引き摺り続けている。
その事実と向き合うときが来たのかもしれないと、職員室の扉を開けながら思った。
彼女にまで、その亡霊の魔の手が迫っているなんて思いもせずに。
地球の滅亡まであと1年しかないと知らされたあの日、人々は「そんなわけがない」と迫りくる死に対して無頓着だった。
秘密裏に遂行されているという噂レベルの軍事作戦。それが成功しようがしまいが、地球に隕石が衝突するなんて映画の見過ぎだと笑いながら目を背けた。冗談でも死ぬ準備をする人はいなかった。中にはやけくそになって暴動に走る人もいたそうだけれど、それまでの社会を捨て去れるほどには人類は強くはなく、また、こんな世界、どうなってもいいと投げ出せる程、弱くはなかった。
などと、偉そうに語る私もその一人で。幼馴染に対して不安な気持ちをぶつけつつも本当に死ぬとは思っていなかった。
きっとどうにかなる。テレビで言っている「軍事作戦」って奴が成功して、笑い合える毎日が続くのだと信じていた。だからこそ病院の屋上から幼馴染が落ちたと聞いた時も迫りくる自分の死ではなく幼馴染の事を心配したし、奇跡的に軽傷だったと聞いてほっとした。生きててくれてよかったと。隕石は、近づいて来ていたというのに。
藍洲夏帆の両親はその隕石の衝突によって命を落としている。決して平等に訪れなかった奇跡の代償として。
被災で家族を亡くした生徒は彼女だけではない。この街に住む人であればその痛みを知るものは多い。
だからきっと彼女の事が気になるのは教師としての責任からではなく、かつての友人を失くした幼い私の弱さからだ。
「あの後……、どうだったの?」
「どうって、なにがですか」
「だからほら……、葉流と……」
邪魔する者のいない文芸部の部室。昼休み、待ち伏せていた私を見るや否や扉を閉めて出て行こうとしたけれどそこはなんとか腕を掴んで引き留めた。出勤前にコンビニで買って来たチーズケーキを掲げて。「……レアチーズケーキのほうが好きなんですけど」って若干の抵抗は感じられたけれど甘い物は嫌いじゃないみたいで今はもう、目の前でフォーク片手に話を聞いてくれている。
コロッケパンではなくデザートを先に手を出すあたり、食べ終わってしまったら速攻で逃げられそうで探りを入れることもなく直球で尋ねることになった。
「一緒にいた人と、何処かに行ったの?」
なんでそんなことを先生が聞くんですかと言われなくても顔に書いてある。
渋々と「生徒が見知らぬ男性と歩いてたら問題になるから、先に確認させて」と説明する。実際、うちの制服を着ている子が昼間からウロウロしていたら学校に連絡は入る。今回それが無かったのは運が良かっただけなのだ。なのに藍洲さんは「へぇ、ハルっていうんだ、あの人」とか話に乗ってこようとはしない。
迂闊にも名前を知らせる形となってしまったらしく、唸る。別に、名前ぐらいどうでいいんだろうけど。と割り切れないのは私がまだ大人になり切れていないからだろうか。
「先生の知り合いだったんだね」
「それはこちらの台詞よ。どうしてあの人と知り合ったの?」
極力平然を装いつつ、尋ねる。出来れば二人が知り合わないようにしたかっただなんて、恥ずかしくて絶対に顔に出せない。
「川で溺れそうになってたから助けた」
「はぁっ……?」
犬を、助けたんじゃなくて葉流が助けられた……?
少し混乱する頭を落ち着かせ、きっと言葉が足りないだけだと信じる。
確かに葉流の状況はそれほど良いとは言えないけれど、身投げするほど悪くはない。
それに、あの人の事を想えばこそ、死のうとなんて思わないハズだ。
「それで、話しかけたワケだ。あの浮浪モノに」
「あっちが話しかけて来たんだけどね」
「…………」
ちらりと、私の顔色を伺うかのように向けられた視線に感情を表に出さないようにと努めた。うまく隠し通せる自信もなく、結局「はぁ……」とため息で答えてしまう。そんな私を挑発するかのように藍洲さんは続けた。
「てか、なんで私に聞いてんのさ。直接聞けばいいじゃん、ハルさんに」
「そうだよねぇ……?」
分かってる。これは弱さだ。私の。
放っておけば過去になるだなんて、そんな都合のいい話はないらしい。
葉流は、未だに冬華さんを引きずっている。そんな素振りは見せないけれど、彼奴の本を読めば、分かる。幼馴染でなくとも。だからこそ震災直後の人々に秋宮葉流という高校生の綴った物語は響き、共感を呼んだ。評価されたのは緋乃瀬冬華という存在を失ってから書いた二本目の作品だ。彼奴はそれで新人賞を取った。
そこまで分かっていても尚、冬華さんを忘れられない葉流の傍に居て、それでもいつか「あの人の事は忘れてくれる」だなんてなんてお気軽なんだろう。あまつさえ、こんな、冬華さんにそっくりな女子高生に心を揺さぶられるなんて。――葉流を、疑うなんて。
「心配しなくていいよ。先生の彼氏取ったりしないから」
そんな興味もないし、と藍洲さんはケーキの入っていた容器を袋に片づけ、コロッケパンを取り出す。
「それより『ひのせとうか』って人の事教えてよ。なんなの、その人」
考えを読まれたようでドキリと心臓が跳ねた。
コロッケと一緒に挟まれている焼きそばが零れ落ちそうになり、それを指先で受け止めつつ藍洲さんは告げる。
「私に関係あんの?」
睨むような視線は冬華さんにそっくりでいて別物だ。
いつも朗らかに、余裕をもって微笑む彼女とは別人のようにその瞳は鋭い。そもそも別人なのだけど。
どうしても面影を重ねてしまう顔から視線を逸らし、どうしたものかと言葉を濁す。
出来れば彼女に冬華さんの事は話したくないと思う自分がいる。だってこれはプライベートだ。教育に関係ない。寧ろこれ以上部外者である葉流に関わらせるのは教師としてよろしくないと言い訳ばかりが浮かんで来る。
結局のところ、これ以上冬華さんの亡霊が葉流の身の回りをうろうろして欲しくないという身勝手な願望なのだけど。
かつての親友を亡霊呼ばわりした罪悪感と、そんな風に言われてもきっとあの人は頬を膨らませつつも笑って許してくれるんだろうなっていう寂しさが込み上げる。
緋乃瀬冬華本人であれば、葉流の事は諦められた。彼女だったからこそ、私は幼馴染で良いと思えた。
だけど、この子を葉流には近づけたくない。
それがどれだけ汚れた願いだとしても。
「緋乃瀬冬華さんは昔の友人よ? 私と葉流の。ただそれだけ」
「……ふーん」
それより、葉流の口から緋乃瀬冬華という名前が出たこと自体信じられない。
命日には墓参りに言っているようだけれど、傷口に触れることを躊躇うように、滅多なことがない限り冬華さんの名前を出すようなことはなかった。
なのにこの子がその名前を知っているという事は、そこまで話したってこと……? それにしては藍洲さんは何も知らないようだし、気になる。……気になるけど、迂闊に昨日の事を尋ねれば墓穴を掘る予感があった。
自慢じゃないけど隠し事は得意な方じゃない。ましてやこちらの手札を見せないようにしたまま相手を誘導するなど私には不可能だ。
「藍洲さん、気が付いた時には学校に戻って来てて、しかも下校していく姿が見えたものだから気になってたのよ。昨日は仕事が遅くて葉流にも話聞けなかったし」
そう言って腰を上げると白々しくも流れ出る嘘に嫌気が差すけれど、だからといって素直に話せるほど私は大人ではないらしい。
「何にもなかったのならそれでいいわ? うちの生徒が非行に走るなんて、臨時顧問としては見逃せないからね」
そのままお昼も食べずにお弁当を持つと部室を後にする。
何を、怖がっているというのだろう。相手は高校生なのに。
「……高校生だから、年齢も一致しちゃうんだよなぁ……?」
私と葉流が冬華さんに出会った時、確かあの人は16歳だった。誕生日を迎え、17歳になると言っていたし、いまの藍洲さんと丁度重なる。
他人の空似といえど生き写しにしか見えない程にそっくりな二人。違う点と言えば藍洲さんは少し目つきが悪い点ぐらいか。私たちの記憶の中で冬華さんの顔が少しずつ薄れつつあるというのもあるのかもしれない。いざ、二人を並べてみればそれほど似ていない可能性もある。が、……こうして話している間も、黙っていれば冬華さんと話していた時のような感覚に陥るし、声色だって、似ている。
どうして、こんな。
神様は残酷で、性格が悪いと言ったのは冬華さんだ。
私は物語を綴る時、うんと意地悪な気持ちになって、登場人物たちに無理難題を押し付けるんだって苦笑しながら話していた。そうして心が折れてしまいそうなほどに過酷な状況に追い込まれたキャラクター達が、それでも運命に立ち向かい、乗り越えていく。そういう姿に読者は心躍らせ、物語を楽しむのだと。だから、神様である「作家」はどんどん性格が悪くなっていくんだって話してた。
葉流は「あの人は身勝手で我が儘だから手を焼いている」なんて言っていたけれど、私からすれば冬華さんは大人びた静けさと少女のような無邪気さを兼ね備えた、羨ましくも可愛らしい、そんな人だった。「私は性格が悪いんだよ」なんて、聞かされて、慌てて否定してしまったほどだ。
あの人が性格が悪いっていうなら、私はきっと悪魔みたいなもんだ。
一瞬でも、「この人と出会わなければ」なんて、思ったこともあるのだから。
――冬華さんの亡霊、か――……。
藍洲さんの存在を抜きにしても、私も、葉流も。未だにあの人の事を引き摺り続けている。
その事実と向き合うときが来たのかもしれないと、職員室の扉を開けながら思った。
彼女にまで、その亡霊の魔の手が迫っているなんて思いもせずに。
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