春にとける、透明な白。

葵依幸

文字の大きさ
28 / 36
短編

とある病室での短編

しおりを挟む
《注意書き》
この短編はオーディオドラマ「春にとける」の番外編であり、小説「春にとける、透明な白」とは別軸の二人のとあるワンシーンになります。
ご了承ください。m(_ _"m)

=====================================


「……って感じのできたんですけどどうですか……?」
 
 彼女がプリントアウトしてきた原稿用紙に目を通している間も僕は口頭であらすじを説明させられていた。
 
 それは僕が彼女の読者から作者になってからの習慣、読んでいるところを黙って見られていると居心地が悪いとかなんとかで彼女から言い出したことだ。それは僕としても大歓迎で、彼女が僕の「作者」であった頃に黙々と続きを書いていた時の気持ちが今ならよくわかる気がする。自分の書いた物語を横で読まれるというのはどうにもむず痒い。
 
「あのね、そりゃあ、実体験を元にそのまんんま書かれちゃ恥ずかしいとは言ったけど、なんなのかな? これは」
「と……言いますと?」
「君はこういう子が好きだったんだなぁって思っただけだよっ」
 
 洗濯を終えたばかりのベットの上でぷいっとそっぽを向いた彼女の頬は少し赤く、分かりやすく拗ねているらしい。
 
 年上の癖に変なところで子供っぽいんだよなぁ、なんて言えばムキになるのは明白なので「うーん?」と少しだけ笑って見せてから投げ捨てられないうちに原稿を抑えてその目を覗き込む。
 
「僕が誰を参考にして書いたと思ってるんです。これでもまだ似すぎてるかなって思ってるぐらいなんですから」
「案にそれって私がめんどくさい女だって言ってない……?」
「それはこの後の態度によりますね」
「相変わらずズルイよね! 君は!」
 
 可愛らしく、けれども運動不足な彼女にとってはそれこそ全力で叩きつけられた枕を顔面で受け止めてから「で、感想は?」尋ねる。
 
 あくまでも今は僕が作者で彼女が読者だ。
 
 初めは読ませてもらうばかりの立場だったけど、最近はそれも代わる代わる、交代での役回りとなっていた。
 だから彼女が「ネタがないなら君が経験したことをそのまま小説にしたらいいじゃない」なんて言い出した時、ハッピーエンドの、甘ったるい話を書いてやろうとは心に決めていた。彼女がそういう話に弱いのはよくわかってたし、何より彼女をヒロインに話を書くならバットエンドなんて似合わない。いや、相応しくない。
 
「お口に合いましたか、お姫様?」
 
 意地悪いのはわかってる、けれどこうやって彼女をからかうのは楽しいのだ。彼女は怒るだろうけど。
 
「んぅっ~……んぅー……!! 却下! えっちなのはダメだよ!」
「……あー……」
 
 ばんっと該当箇所を叩きつけられ、「やっぱ君はえっちだよ!」病室の外に聞こえて欲しくないような声で叫ばれた。見ればプルプルと目を潤ませて耳まで真っ赤だ。ヒロインはずぶ濡れの野良猫をイメージして書いたのだけど、どうやらそれは伝わりきらなかったらしい。それよりもむしろ、
 
「君は私のことまでそういう目で見てるんだね!?」
 
 明後日の方向に飛び火している。
 布団を手繰り寄せ、そのままだと転げ落ちてしまいそうな勢いてベットの隅まで逃げた彼女に呆れつつも、やはりそこは訂正しておかないといけないと思って僕もベットに乗り、落ちないようにその手首を掴んで引き寄せながら告げておく。
 自分も作家のくせに変なところで人の気持ちを読むのが苦手なんだから、本当に世話が焼ける。
 そんなところも可愛らしいと思うのは我ながら小っ恥ずかしいけれど。
 
「そういう目で見ているんですから、あんまり可愛いところ見せないでください」
「はっ……?」
「ぁっ……」
 
 自爆した。
 余計なこと考えていたのと、直前まで甘ったるい話書いていた影響で僕まで、あの、えっと、
 
「は、はっ……はるくっ……、んっ……?!」
 
 もうヤケだ、ここまで行ったら余計にこんがらがる。
 そう思って前に出た。幸いにも引き寄せてたおかげで彼女はすぐそこにいて、口を塞ぐにはちょうどいい距離感でーー、
 
「……とりあえず……あの……病室ではお静かに……ですっ……」
「う……うん……」
 
 いそいそとベットから降り、一連の騒ぎでこぼれ落ちてしまっていた原稿を拾うと横目に彼女を盗み見た。
 思わず初めての行為に及んでしまって僕としてもこの空気をどうにかしないととは思うのだけどーー、
 
「っ……」
 
 僕の原稿を用紙を顔に押し付けて必死に表情を見せ無いようにしているその様子はあまりにも可愛らしく、真っ赤な耳がとても印象的で、
 
「……キスシーン、入れときゃよかったな、ーーあばッ!」
 
 今度は原稿用紙と一緒に枕を投げつけられた。
 
「っとにもう……バカなんだから……」
 
 床にひっくり返りながら聞こえた彼女の声は、多分一生忘れることなく、
 
「ほほぅ?」
 
 その向こう側、微かに開いていた病室の扉から覗いていた二つの目に絶句し、
 
「あ、こっ、これはあのっ……!」
 
 僕らは互いに平然を装いながら実体験を元に、だなんて、書くもんじゃないなって思った。
 少なくともこれからキスシーン書くときは今のこと思い出して人に読ませられなんて出来ない。
 そっとこれは胸の奥にしまっておこうと思う。
 ただ、なんとなく、これも物書きの悪いところなんだろうけど、
 
「っ……っ……もぅっ……」
 
 そのときの彼女の顔はきっとどこかで作品に使いたくんるんだろうなぁとも思った。
 
「ダメだからね!!」
 
 おんなじことを思っていたらしい彼女に釘は刺されたけれどーー。
 
(とある病室の作者と読者)
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...