29 / 36
新章「春に舞う言の葉に告白を。」
ー まえがき -
しおりを挟む死後の世界は川の向こうにあるらしいというのはどの国でも同じだという。
川を渡る方法は多種多様だそうだ。私たちの世界は一つの大きな川によってあの世とこの世が区切られていて、こちら側からあちら側へ渡ることは出来るのに、向こう側からこちら側へと戻ってくることは出来ない。一方通行の緩やかな流れの中に、私たちは多くの故人を見送って来た。
帰って来た人はいない。死んでしまった体は魂を繋ぎとめることが出来ず、私たちの手の届かないところへと連れていかれてしまう。身体は、この世に魂を封じ込める為の牢獄だと言った人もいたらしい。なんとも「ろまんちすと」な話だと私は思う。
目の前に広がる河川敷は沈み始めた夕日によって暗く影が落とされていて、対照的に流れる川は水面が眩しかった。吹き抜ける風は冷たく、夜桜見物が目当てなら少し着こまなければ風邪をひいてしまいそうだ。桜の花びらも随分と少なくなり、葉桜も目立ちつつある。ただ、満開の桜よりも散り際の桜の方が綺麗だと私は思う。
夜風に舞う花びら一枚一枚に、何の意味などないけれど。そこに想いを重ねるのはきっと思い入れの強い、何かを抱き続けている人だからだ。過去に残して来た物が多ければ多いほど、見えないものに想いを馳せる時間は多くなる。――なんて、
「……さむっ」
何かの本で読んだ寒い台詞を思い出して身震いしてしまった。長居する必要はない。
要らない事ばかり思い出して肝心な記憶は零れ落ちてしまう。舞い落ちる桜のように。
賑やかに笑い合いながらすれ違っていく家族を見るたびに思ってしまう、もしもあの時、私も一緒に川を渡ることが出来たのなら、と。
気が付けば母の真似をして伸ばし始めた髪は随分と長くなっていた。色素が薄く、光の当たり具合によっては茶色に見えるこの髪は校則検査に時々引っかかる厄介なものだけれど、なかなか切ることが出来ずにいる。いまとなっては母よりも長いかもしれない。
吐く息が徐々に白くなる。さっきの身震いは臭い台詞のせいではなく、単純に気温が下がって来ていたからのようだ。桜の花びらに混じって季節外れの雪が舞っていた。もう四月だというのに。
あの時は白い雪のような灰と共に真っ黒に焦げた世界の破片が舞っていた。
キラキラと、燃え盛る炎を反射しながら消えていくそれは亡くなった人々の魂が漂っているようにも見えて、幼い私は必死に搔き集めようと足掻いた。足掻いた、足掻いたはずなのに、もう殆ど思い出せない。何度も夢に見えてうなされた記憶は時の流れに削られ、悪夢とはいえ忘れる事なんて許されないもののハズなのに、知らぬ間に指の隙間から零れ落ちていくらしい。
地球が隕石の衝突によって破壊され、人類は絶滅すると言われてから9年。
隕石を破壊する世界初の共同軍事作戦がおおよそ成功してから8年。
僅かに燃え尽きる事のできなかった隕石の破片が、私たちの街を襲ってから8年と1日。
私はまだ、川のこちら側にいて、髪を伸ばし続けている。未練がましく、未だにまだ、渡り切れずにいる。
死にそびれた私だけが誰の目にも止まることなく、未だにこの景色の中に漂い続けていた。
そんな私はまるで幽霊みたいで、本当に幽霊だとしたらお母さん達にも会いに行けるだろうか。この川を渡ることが出来れば――。
そんな馬鹿げた想いを鼻で笑って吐き捨てられるぐらいには私ももう、大人になりつつあった。
肝心なところをあの頃に置き去りにしたままのような感覚のまま。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる