見捨てられた男達

ぐう

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見捨てた女達

公爵令嬢

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 父親の国王に必要のない子供と言われたアルベルトに初めて出会ったのは、ソフィアが六歳アルベルトが八歳だった。

 国王には王太子になった第一王子とその上に順に二歳違いの王女が三人がいる。王女達は亡くなった母に似て聡明で美しく、望まれて他国の王太子妃として嫁いで行った。残った第一王子一人ではと、側近達が気を揉み亡くなった王妃によく似た伯爵令嬢を見つけ出し、側妃に召し出した。側妃が第二王子を産んだ年に王太子に第一子の男の子が生まれた。
 備えなど何の必要も無かったのだ。しかも王太子には二年後にまた男子が生まれた。

 国王の愛情は根こそぎ亡くなった王妃があの世に持って行った。側妃に憐憫の情を持った国王は出産を終えた側妃を輿入れ前に恋人だった男の元に下賜した。生まれた第二王子は乳母と侍従によって育てられた。

 王太子に二人王子が居れば、アルベルトは王弟になり王太子が国王になる頃には臣下に降りるしかない。そうすれば領地のない爵位のみ与えられるだけだ。国王は母もそばにいないアルベルトを哀れみ、高位貴族でアルベルトが婿に行けるところを探した。

 ソフィアの母がソフィアを出産後体調を崩して次子が望めなくなったため、ソフィアは婿取りだった。ブランデンブルク公爵夫妻は高位貴族には珍しく大恋愛で結ばれたため、公爵はソフィアに婿を取ることにしたのだ。
 そこを国王につけ込まれてアルベルトを押しつけられた。

「はじめまして。アルベルト様 私はソフィア・ブランデンブルクです」

 乳母と侍従に連れられたアルベルトは俯き加減の子供だった。ソフィアに声を掛けられても返事はできなかった。
 
 ソフィアは一人娘だったが、母は厳しかったので、礼儀作法と貴族令嬢としての勉強は抜かりなく進められていた。アルベルトは不憫がる乳母に甘やかされて礼儀作法や勉学も疎かになっていた。

「アルベルト様 私と一緒に本を読みませんか」

 公爵家に滞在するようになってから、ソフィアはあれやこれやとアルベルトを誘ったが返事はなかった。
 公爵家ではアルベルトにも家庭教師を付け、将来公爵家に婿入りしても困らないようにソフィアと二人で学ばせた。
 甘やかされたアルベルトはすぐさぼろうとしたが、年下のソフィアが優しく励まして続けさせた。遊んで良い時間は活発なソフィアに引きずられて内向的な性格もソフィアのおかげで積極的になった。俯き加減だったのがソフィアの励ましと時には甘やかしと公爵家の皆の優しさで、みるみる内に見目麗しく優秀で剣も体術もできる魅力的な男になった。

 ソフィアは家族として王家に捨てられた愛に飢えた少年が不憫で世話を焼いていた。
 その少年が愛に満たされて自信を持った時選んだのは他の女性だった。肉欲はソフィアには満たせないとわかるとあっさりと公爵家を身限り、母親に幼い頃に抱きしめてもらえなかった代わりに年上の既婚者や未亡人と閨を共にすることで満たした。

 女遊びが激しくなるとアルベルトは公爵家に近寄らなくなった。婚約者としての義理も果たさず、公爵家の執務見習いも全て放棄した。

 ソフィアはアルベルトが女遊びを始めた時どうしていいかわからなかった。ソフィアはアルベルトとは結婚するまでそういう関係にはなれない。だから婚約者として遊びとして大目に見てやればいいと言う人間もいた。ソフィアはそうなのだろうかと思ったが、どうにも納得は出来なかった。アルベルトに恋焦がれていたわけではないが、家族が離れていった寂しさはあった。

 そんな時王族教育で王城に一人で上がった時に、王太子の第一王子オスカーに呼び止められた。王城には幼い頃から出入りしているので、オスカーとは顔見知りだった。

「やあ ソフィア 帰りにお茶を飲んで行かないか?執務室にいるから寄ってくれ」

 オスカーはアルベルトと同い年だが王太子の方針で学院に行かせずに家庭教師に囲まれていた。執務室を訪ねると侍従がお茶を用意してくれた。
 オスカーとの会話は穏やかで心休まるものだった。言葉の端々に自分に好意があるのを感じられるのも心地よかった。
 二人でそんな日々を送り、周りも好意的にそっと見守ってくれた。そして二人は恋に落ちた。

 ソフィアは公爵家の婿取り、オスカーは将来国王。それでもどうしてもという二人の意志を尊重して、両方の家が集まった。アルベルトとの婚約はあまりにも素行が悪いということで白紙になるのは簡単だった。自分達が大恋愛だった王太子夫妻はソフィアとオスカーの恋を後押しした。国王も納得するしかなかった。
 ソフィアとオスカーの婚姻後生まれる子の内一人がブランデンブルク公爵家を継ぐことになった。ソフィアは学院に進まずオスカーと一緒に王宮で妃教育を受けることになった。



 アルベルトがソフィアは自分を愛していると自信を持ってソフィアに邪魔をするなと言いにきた時にはとっくに婚約は白紙に戻っていた。ソフィアは何も言いたくなかったので無言で見送った。幼い頃のアルベルトはもうどこにもいない。
 オスカーは王宮でソフィアと会ってずっと好ましく思っていた。叔父のアルベルトの評判を聞き、そんな男はソフィアを幸せにしない。だったら自分が幸せにしたいと思い切って、ソフィアに声を掛けた。
 そんなに思ってくれる人との方が幸せになれるとソフィアは愛に飢えたアルベルトを見捨てた。
 愛の泉はいつまでも一方的に与え続けているだけでは、枯れてしまうのだ。枯れ果てた泉にはもう何も湧き出てこない。

 オスカーとソフィアは王城の私室で二人でお茶を飲んでいる。ソフィアは妃教育でずっと王城にいて私室を与えられている。オスカーがカップをソーサーに戻して口を開いた。

「父がアルベルトに婚約が白紙になった事を告げたそうだ」

「アルベルト様は何か言われた?」

「ソフィアに謝りたいと言っていたそうだ」

「謝るならおやりにならなければいいのに」

「ソフィア」

 オスカーがソフィアの前に跪いた。

「アルベルトの事は本当にもういいのか」

 オスカーはぎゅっとソフィアの手を握り込んだ。

「もちろんです。オスカー様こそ私でいいのですか」

「ソフィアでないと駄目なんだ。ソフィアとでないと国王になんてなれない」

 そう。ソフィアはこう言ってくれる人を求めていた。一方的に与えるのではなく、与えた以上の愛情を返してくれる人を。
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