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第二部
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しおりを挟む「それでは、ブリーゲル伯爵様、何から始めればいいのでしょうか」
「ジークハルトで構いませんよ。ずっと一緒に仕事をするのにいちいち敬称は煩雑だよ」
「左様ですか。では私もアンナニーナでお願いします」
妙に遠慮して話が長引かないのは好ましいなと思った。
「では、ジークハルト様 ジークハルト様がお継ぎになった伯爵位は元々侯爵家のものなのですよね」
「そう過去は侯爵家の当主の弟に与えられた事もあったが、今は後継が侯爵家を継ぐまでの修業を兼ねて継いでいる」
「でしたら領地は侯爵家とどのように分けられているのですか?」
アンナニーナはてきぱきと伯爵家の実情に分け入ってくる。あっという間に伯爵家の領地経営に付いて把握してしまった。
「それでは今ここにある決済待ちの書類を最優先、優先、通常の三つに分けて行きます」
そう言って書類の名前を呼び上げて、ジークハルトに判断させて行く。そこまでしたらすでに昼だった。そこにニーナがワゴンを押して入ってきた。
「お昼は食堂に戻ると時間のロスですので、先程侯爵夫人にこちらでお昼がとれるようにお願いしました。よろしかったでしょうか?」
ジークハルトはびっくりした。貴族令嬢が効率を気にするなんて。貴族令嬢は常に優雅に食事を取るものだと思っていたからだ。それをさせない男など認めないのだと。
「アンナニーナ嬢が気になさらないのなら私は構いません」
ニーナが運んで来た料理は執務室の一角のソファで二人向かい合って取った。今更ながらまじまじと彼女を見ると地味にとわざと自分を押し込めているが、似合う色のドレスに変え、綺麗な髪を似合う髪飾りで飾ったら匂い立つように綺麗になるはずだ。そんなふうに思っていたらアンナニーナに声を掛けられた。
「貴族の女らしくないとお思いでしょうね」
「……そんな風には……」
思わず口籠もってしまった。
「いいんです。言われ慣れてますから」
頑なな物言いに彼女は何をそんなに背負い込んでいるのだろうかと思った。
「誰がそんなことを言うのですか?」
問いかけると、アンナニーナははっとしたように視線を下げた。
「申し訳ありません。先程の言葉は忘れていただけますか」
アンナニーナは俯いてそう言った。そこにマークが入ってきて言った。
「お医者様が往診においでです。食事が終わられたら客間にお願いいたします」
あらかた食べ終えていたので、気まずい雰囲気もあり、ジークハルトは立ち上がり、アンナニーナに言った。
「治療をして来ますので、休憩なさっていて下さい。マーク、アンナニーナ嬢にお茶をお出しして」
アンナニーナには何か事情があるようだが、朴念仁の自分が立ち入っても彼女をさらに不快にさせるだけではないかと考えながら執務室をあとにした。自分が気がきないことは自覚あるんだよ!特に女性の気持ちは難しい。これまでの経験で身に染みたのであった。
客間で医師に傷を診てもらい、痛みがあるか聞かれた。
「薬を変えてもらって痛みが引いて来ましたよ」
「それはよかった。往診が昼食時間にかかってしまって申し訳ない。午前中に来れるように準備してあったのですが、急患が入ってしまって」
「ああ 構いませんよ。急患はもうよろしかったのですか」
「侯爵夫人のご実家の配下のバルトーク伯爵夫人なんです。いつも気鬱病の発作を起こして倒れるのでしばしば呼ばれます」
医者の表情からすると、とても問題のある患者なんだろうなと思った。気鬱病の発作とはヒステリーだ。そんなに感情的になる継母がいるアンナニーナに同情した。
医師の見送りを侍女に申しつけると、医師と入れ替わりに母が入って来た。
「ジークハルト、傷の具合はどう?」
「随分痛みが取れました。三角巾も取れました」
三角巾あると身動きができなくて不自由なのだ。
「これでアンナニーナ嬢にあまり負担をかけないで執務できそうです。アンナニーナ嬢と言えば、医師に聞いたのですが、バルトーク伯爵夫人が倒れたとか。継母が倒れたのに我が家に来てもらって大丈夫なんですか?」
と聞いたら淑女の鑑のはずの母がフンと鼻息荒く
「あんなの仮病よ」
と言い放った。
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