恋はかならず冷めるから

烏山川るう

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第二章

第十二話 誕生日

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「チャーチャーチャーチャー」

 チャー?お茶?

 知らぬ間にずりばいでテレビの前に移動していたシエナが叫ぶ。画面を見ると、なるほど、コーギーが映っている。実家のチャイたちを思い出したのかな。私に向かってテレビ画面を指差し訴えている。

「チャイたちと遊びに行こうか」

 実家でシエナはみんなのアイドルだ。兄には子供がいなかったから、久しぶりの小さい子。全員の視線が彼女に注がれ、喃語なんごをひとつふたつ発するだけでみんなをトロトロにした。

 特に母親はまずい。昔取った杵柄なのか、慣れた手つきと子育てスキルを披露し、兄と私が赤ちゃんの頃の話をして周囲をわかせる。覚えてないよ。でも、シエナがみんなに愛されていてよかった。

「今度生まれたら一匹もらおうかな」

 三匹が一緒にシエナとジャレる様子を眺めている。

「いいですね。すいさんも小さな頃はいつもミルクといましたもんね」

 絢子さんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。いつの間にかこの家には、大人用のお茶菓子だけでなく乳児のおやつが常備されるようになったらしい。

「ミルクが監視していてくれてましたし、犬がいると子育てが楽かもしれませんよ」

 シエナの遊び相手になるのは確かだけど、私の寂しさを紛らわすのにも良さそう。

「おお、翠。来てたのか。ちょっと来なさい」

 リビングにやって来た父はシエナを抱き上げてひと撫でし、私を呼んだ。

「誕生日祝いに家を一軒、名義変更しようと思う」

 今週末は私の誕生日だ。

「誕生日に家って変だから」
「結婚と出産のお祝いもたいしてしてないんだから、いいじゃないか」
「家って税金とか面倒だし、それにさ……」

 あっ。

「どこのマンション?」
「マンションじゃなくて麻布の家があるだろ。庭もきれいだし、シエナが遊ぶのにも」
「いる。ほしい」

 これは即決案件だ。
 それは祖父母が生前住んでいた家だ。敷地はしっかりあるのに建物自体はじんまりとした、ご隠居にぴったりサイズの日本家屋。落ち着いた雰囲気と品の良さを気に入っていた。

(起業する時の事務所に使える)

 我ながら下心がありすぎて笑いそう。でもポジティブでいるために持っていた方がいい物だろう。ありがたくもらっておくことにした。


■■■■■

 実家では母や絢子さんたちからも誕生日プレゼントをもらった。こんな歳だし特別に何かをする予定はない。可能であれば怜が仕事ではなく、家族で一緒に過ごせたらそれでいいと思ってた。でも、

「ちょっと大阪に行ってくる」

 だそう。

 私たちはもちろん「パパがんばって」と笑顔で送り出した。最近、大阪が多い。次の現場らしいけど詳しいことは聞いていない。怜たちの仕事はどれも規模が半端なく大きく、誰も見たことがないような物ばかり。今の私の行動範囲は限られているのもあって、彼の話を聞くと虚しくなってしまうからだ。

(わかってる。拗ねてるだけ)

 私の誕生日に一度も一緒にいられないのは偶然なのだろうか?なんか悲しい。

「遊びに行こっか」

 “遊び”の単語にシエナが反応する。

「今日はまゆちゃん来るかな。LINEしてみよう」

 こないだとは違う公園に行って、子供の本がたくさん売ってる本屋さんも教えてあげたい。軽い気持ちでお誘いメッセージを送った。

 ピロン♪

『ご連絡ありがとうございます』

 佐田さんはびっくりするほど丁寧な方だ。

『しかし、すみません。昨日から私の調子が悪く寝込んでおります。元気になりましたら、ぜひまた一緒に遊ばせてください』

 病床からこのメッセ。きっちりしたお仕事の方はこんな感じなのかな?

 というより。まゆちゃんはどうしているんだろう?家族が近くにいるのだろうか?単発で利用できるケアサービスは教えたっけ?寝込んでいるのに申し訳ないけど聞いてみる。

『体調が悪いところのご連絡ですみません。まゆちゃんはどうしていますか?ご両親などが来てくれていると良いのですが』

 ピロン♪

『ありがたいことに、まゆはおとなしくひとりで遊んだり寝たりとしてくれています』

 それは大変。たぶん普通の風邪なのだろうけど、子供に移るかもしれないし、寝込みながら乳児の面倒を見るのはつらい。だから私は決心した。

『お宅に伺っても良いですか?まゆちゃんをお預かりします。何か足りない物があったら教えてください』

 図々しいのはわかっているけど、自分が風邪を引いた時の辛さは覚えてる。断られるだろうと思った。まだ公園やレストランで数回会っただけだ。だけど佐田さんからの返信は違っていた。

『お願いできますか?まゆに風邪が移ったらと心配で』

 まだ午前。しっかり寝られれば、夜には楽になるかもしれない。家を片付けたりしないで寝ていてくださいと念を押して、早速買い物に出かけた。

 風邪の時に欲しい飲み物と食べ物、どんな子でも食べられそうな離乳食の材料。あと、もしかするとと思って白米の小さい袋も買った。仕事をもつ男性が毎日、家でご飯を炊いているかはわからなかったから。おむつと着替え、ミルクとおやつ類は車に積んである。

 佐田さんの家は車で五分、本当に近所だった。大きなマンションで、一階に芝生と幼児向けの遊具が置かれたファミリー向け物件だ。辺りにこだまする子供の声や足音に、シエナがせわしなく反応していた。
 
 玄関で迎えてくれた佐田さんはマスクにスウェット姿。顔が赤いのは、熱なのか恥ずかしさからなのか。私はこういう時は誰にも家に来て欲しくない。まゆちゃんのことを第一に考えてお願いしてくれた佐田さんを偉いと思った。

「散らかっていてお恥ずかしいのですが……」

 佐田さんの後ろから、ずりばいでまゆちゃんがやって来た。切羽詰まった顔に泣いた跡が見える。荷物を玄関脇に置いて上がらせていただき、まゆちゃんを抱き上げた。シエナと顔を合わせるとおとなしくなる。

「症状は熱だけですか?」
「はい。寒気がすごくて」
「まだ、汗は出ていないみたいですね。食欲は?」
「まったくありません」
「では佐田さんはスポーツドリンクを飲んで寝ていてください。暖かいインナーをを着て上着も足して、ゆるくて暖かい靴下もあったら履くといいです」
「登山用でいいですかね?」
「最高ですよ。その間にまゆちゃんのごはんとおむつとお昼寝をしておきますね。キッチンと洗濯機も借りていいですか?」

 リビングに洋服やタオルが散らかっていた。家事をする余裕がないのと、まゆちゃんが散らかしたのだろう。

「たいした物はないのですが、家の物はなんでも使って食べてください」

 佐田さんにスポーツドリンクを持たせて寝室に行ってもらう。病状を確認するために、たまに無断で入らせてもらうことを先に告げておいた。早く良くなってくれないと、まゆちゃんが大変だ。

 さて、まずはまゆちゃんのお腹の空き具合や喉の渇き具合をチェックして、おむつ替え。なぜかシエナもつられておむつ替え。疲れる。その後でふたりをリビングのカーペットの上に放牧した。この時間は野菜のキャラクターが出てくる子供向けアニメの時間だ。テレビをつけてチャンネルを合わせると、並んで見始める。

 すべてのことがx2。ふたりとも女の子だからおとなしいけど、男の子だったらどうなるんだろう。

 続いて、キッチンをチェックした。冷蔵庫の中はそこまで料理をしない人のラインナップ。買い物はマンションの向かいにあったフランスのオーガニックスーパーでしているみたいだ。粉ミルクも離乳食もそこのお店の高級品だ。私はまだ買ったことがない。おいしいのかな?

 散らかっていた洋服類をまとめて洗濯機にかける。佐田さんのパンツもあったけど気にしない。だって、子供が着る物はあっという間になくなるから、洗濯は常にしておきたい。

 食事の記録のメモは見当たらなかったから、シエナのミルクの時間に一緒にあげることにした。シエナだけ母乳だとお母さんを恋しがりそうだから、ふたりとも粉ミルク。両手で一度に飲ませることの大変さと言ったら。双子のお母さんはどんなに忙しいのだろう。でも、おもしろいこともあった。ソファに隣同士に座らされて哺乳瓶をくわえながら、時々隣をチラ見している。どちらが先に飲み終えるみたいな競争をしているのだろか。ふたりともあっという間に哺乳瓶を空にして、じゃれあいながら寝てしまった。

 ふー。

 寝ている間に佐田さん用のお粥と離乳食の作り置きをした。アレルギーはないと言ってたから、常備品を作っておこう。佐田さんは離乳食を冷凍しておけることを知らないかもしれないし。そうだ、佐田さんは?洗濯物を取りに行くついでに様子を見る。布団にくるまってグースカ眠っていた。おでこで熱を測ると、熱は下がっているようだった。睡眠は偉大だ。起きたらゼリー飲料くらいは口にできるだろう。

 洗濯物を畳み終わって、掃除を済ませた頃にシエナが目を開けた。つられてまゆちゃんも起きる。なんで?

「ははははは。どうして一緒に目を覚ますの?テレパシーですか?」

 おもしろくて、ふたりに話しかけた。

「おやつ食べる?」

 佐田さんの家にはまゆちゃんのおやつがない。ミルクや離乳食で精一杯で、捕食まで考えられないのかもしれない。シエナのトラちゃんの野菜ボーロをあげてみる。テーブルに出すと、どうしていいかわからないみたい。手づかみで口に放り込むシエナを見て、ようやくマネして食べ始めた。床に落としてしまったり、口に入れる直前でうまくいかなかったり。そんな様子は永遠と見ていられそうだった。

(楽しい)

 まゆちゃんが好む物を探って、最適な物を提供するのにワクワクする。休職して以来、こういう事をずいぶんしていない。私はやっぱり仕事が好き。育児を通して、それを再確認することができた。

(佐田さんはどうやって仕事と両立させているのかな)

 離婚したと言っていた。以前はごく普通の幼い子供がいる家庭だった場所が、だんだんと男の家に変わっているのを感じていた。ダイニングテーブルに専門書が積まれていたり、まゆちゃんのおもちゃ入れに仕事用の電卓が突っ込まれていたり。
(いろいろ聞いてみたいな……)

 はっ!

 足音に気づいて目が覚めた。とっくに日が傾いている。子供たちと一緒にブランケットをかぶって眠ってしまっていた。ふたりの世話が思っていたより疲れたのかな……。スウェット姿の佐田さんがリビングに入って来た。

「すみません、一緒に寝てしまいました」
「いえいえ。ふたりともよく寝ていますね」
「たくさん遊んで、ずっといい子でしたよ。佐田さんはどうですか?」
「三十六度七分に下がってました。おかげさまで爆睡できまして」

 もう来た時の真っ青な顔ではなかったし、咳も出ていない。私がまゆちゃんを見てあげられる間にシャワーを済ませてもらって、続いてまゆちゃんをお風呂に入れてあげた。赤ちゃんのお風呂は体力がいるから。

 リビングに戻ると、整った部屋とたくさんの作り置きおかずや離乳食が詰まった冷蔵庫と冷凍庫に驚く佐田さんがいた。

「そうだ。市野さんにお願いがあります」
「はい」
「子育てをするのに、うちに足りない物をカートに入れてもらっていいですか?」

 アモゾンのページが表示された佐田さんの携帯を渡された。

(ははは)


 夜になる前に佐田さんの家を出た。何かあったら連絡してくださいと告げて。シエナもたっぷり遊べたし、お昼寝もできたしで満足そう。

「仲良く遊べたね」
「あーああうー」
「まゆちゃんたちを助けてあげられたね」

 シエナのプニプニほっぺを指で撫でてあげる。

「ママ、お誕生日だからケーキ買って帰ろうか?」

 シエナはニコニコ笑っている。今日も幸せだ。

 私たちは赤ちゃん用のケーキも扱う洋菓子店に寄って、小さなホールケーキを買った。
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