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伯爵様サイド
その6
しおりを挟む俺の言葉が信じられないんだろう。メリルは茫然としたままこちらを見ている。
うーん、これはやっぱり気づいてないんだな。自分がサンローズにそっくりだって事。
どうしたら理解してもらえるだろうと考えて、思い出した。俺がもらった絵姿。あれを見れば分かってもらえるかもしれない。
そう思って机の引き出しから取り出し、メリルへと渡す。
「これ」
渡されたメリルは何故それが渡されたのか分からないようで、キョトンとしている。そんな顔も、可愛い。
「わたくしですわね」
絵姿をしげしげと見つめ、ポツリつぶやくメリル。
「そう、君だ。けど、この髪と瞳を黒くすると、サンローズにそっくりだと思わないか?」
「……え?」
俺の指摘に絵姿を色んな角度で見始めるメリル。どんな角度で見たって君の可愛さは変わらないから!
さすがに自分とサンローズがそっくりだって事には気づいたみたいだったが、メリルはそれでも納得がいかないようだった。
「ありえません。だってサンローズは、侯爵令嬢でしょう? 今が『デジ・スト』より前の時代だったと仮定して、ヒロインや悪役令嬢が今から産まれるのだとしても、伯爵様の娘が侯爵令嬢だなんておかしいではないですか。それともサンローズは養子にでもいくのでしょうか? しかし元は伯爵令嬢程度だった者が、幼い頃から王子の婚約者だったなど、ありえるのでしょうか?」
ん? あれ?
「もしかして、俺の事あんまり聞かされないまま嫁いで来た?」
メリルの言い分に、もしやと思い訊いてみる。
「? サウス様はダントン伯爵なのでしょう?」
うん。それも間違ってないけどね。
そういえば男爵が、世間知らずだとか勉強があまり好きではないとか言ってたっけ……?
「えーと、君も貴族だから、この国の爵位は個人が継ぐことは知ってるよね?」
「? その家の長男が継ぐのではないのですか?」
案の定、可愛らしく首を傾げ不思議そうな顔をするメリル。
「まあ、長男が継ぐことが多いのは事実だけど、そうじゃない時もある。でもって息子がいない時には弟の息子に継がせたりという時もある」
俺の下手な説明で、分かるだろうか?
「それは分かります」
頷くメリルにホッとする。
「先の戦争で貴族の戦死者がだいぶ出た。けど爵位の数は変わらない。そうなると二つも三つも爵位を持つ家が出てくる。分かるかな?」
「ええ?」
「実際俺は今ダントン伯爵を授かっているわけだけど、父親はユーギル侯爵なんだ。ちなみに君んちもお父上は男爵だけど、お祖父様は伯爵のはずだよ」
俺の言葉にメリルは、神妙に考えているようだ。
「で、このままアニメ……というか、ゲームの世界の通りになるのだとしたら、近い内に私の父上は亡くなるのだろう。死因が分かれば防ぎようもあるのだろうが、それは描かれていない。少なくとも病死ではないと思うが。今もとても健康だから」
死因が分かっていたなら、それを回避できたかもしれない。その事を考えたら気持ちが暗くなる。
父上が亡くならなければ俺が侯爵位を継ぐ事はなく、サンローズが産まれても侯爵令嬢とは呼ばれない。そんな意味でも残念とは思うが、そうではく純粋に俺は父上が好きだから、死なないでほしいと思ってしまうのだ。
「すると私がユーギル侯爵を継ぐことになる。私に息子がいれば伯爵位を息子に譲って私が侯爵になるのだが、私にはまだ息子はいないから、おそらく侯爵と伯爵の二つの爵位を持つことになるだろう」
胸が痛い。父上が亡くなるのをどうにか防ぎたい。だが死因も時期も分からない以上、防ぎようがない。
俺は誤魔化すように次の言葉を継ぐ。
「中には一人で三つの爵位を持つ者もいる。まあ、名乗るのは中で一番位の高い爵位のことが多いが」
「……つまり、サウス様はその内、伯爵様から侯爵様になられるのですね? そしてわたくし達の間に産まれる娘がサンローズになると……」
これまで黙って聞いていたメリルが、難しい顔をしつつ口にする。
俺の言った事がどうにも納得出来ないような顔をしている。
「正確には伯爵と侯爵の二つの爵位を持つことになるだろう、だ」
俺の言葉を聞いて、メリルは力強い瞳で俺を見た。
「わたくしとサウス様の娘がサンローズになるのは、なんとなく分かりました。けれどだったら、産まれてくるサンローズに会いたいのではないのですか? お好きなのでしょう?」
今まで考えてもいなかった事を言われ、目からウロコが落ちる気がした。
いや、正確には考えないようにしていた事を訊かれた。鍵を掛けていた扉が開かれてしまった。
「そりゃ会いたいさ。めちゃくちゃ可愛がって育てたいさっ。けど、その先に待ってるのがあの終わり方なんて、ないだろう?」
めっちゃお気に入りのキャラが自分の娘とか、会いたいに決まってるじゃん? 設定通りメチャクチャ溺愛するに決まってる。けどそのせいでサンローズがあんな目に合うんなら、俺は我慢する。我慢出来る。
それにメリル。俺の理想が服を着ているメリル。可愛いメリル。俺達の間にまだちゃんとした愛はないかもしれない。それでも。
メリルが可愛い娘の不幸に胸を痛めない筈がない。悲しむメリルを見るなんて、そんなのはダメだ。
「けれど必ずしも王子ルートをヒロインが選ぶとは限らないでしょう?」
反論するように、静かにメリルが質問をぶつけてくる。ああ、メリルはゲームしかしていないんだったな。
「他のルートでもどうなるか分からないだろ? なんせどうなったか描かれていないんだから。アニメみたいにあれこれまぜこぜな感じになったとしたら、王子とくっつかなくてもサンローズが罪を着せられるかもしれない!」
アニメのデイジー・マリーは博愛主義者なのか、みんなに愛を振りまいていた。当然王子もその一人だった。だからサンローズがたしなめたり嫉妬したりすることになった。
それが意地悪につながり、罪とされる。
「では何故わたくしと結婚されましたの? わたくしと結婚しなければ、サンローズは産まれないのでしょう?」
え? そ、それを俺に訊くの? ていうか言わなかったっけ? いや、遠回しには言ったけど、はっきりとは言ってなかったのか?
自分の顔がカァッと赤くなるのが分かる。
けど、真剣な顔をして尋ねるメリルに嘘は吐きたくない。
「めっちゃ理想の好みの女の子見せられて、その父親から『ウチの娘を嫁にどうか』って言われて断れるわけないだろっっ。俺が断ったら他の男の所に嫁がされるのは目に見えてるしっ。好きな子が他の男に抱かれるなんて、想像もしたくないしっ」
「は……?」
半分ヤケクソみたいな言い方になったけど、正直な気持ちだ。メリルも真っ赤になって俺を見ている。
「言ったろ、サンローズが金髪碧眼だったらって。それってまんま君じゃん」
俺の言葉にメリルは呆然としている。
「あー。言うつもりなかったのに。君からしたら、容姿だけで好きになったとか、あんま良い気しないだろうけど……」
ちゃんと中身を見てほしいとか、性格を知ったうえで好きになってほしいとか、そういうのが分からないわけじゃない。理想を言えば俺だって、こんな俺って分かって好きになってほしい。けど理屈じゃないんだ。一目惚れってそういうもんだろ?
けどそれはあくまで俺の言い分であって、メリルからしたらやっぱ顔だけで選んだのかよって思うわけで……。やっぱ嫌だよな。
そう、思ってたのに。
「わたくしも、初めてお会いした時にそのお顔に恋をしましたわ」
…………はあ? な、なんの冗談だ?
「……こんな黒ブタを?」
信じられるわけがない。一番太ってた時期からしたら少しは軽くなってるが、今でも充分俺はブタだし。もちろん「ひきこもり黒豚伯爵」って呼ばれてるのも知ってる。そんな俺の顔の一体どこに惚れる要素が?
まっすぐにメリルは俺の目を見ている。
「確かに少しふくよかでいらっしゃいますけど、痩せすぎよりはわたくしは好きです。それにその美しい黒髪は、とてもセクシーだと思います」
信じられない事に、メリルはうっとりとした顔で手を伸ばし、俺の髪に触れた。
なんだこれ夢か? 夢なのか? 夢だよな?
だけど確かに目の前にはメリルがいて、そのメリルが俺の髪に触れている。
カァッと顔が熱くなって、俺は視線を外した。
本当は顔ごとそっぽを向きたかったけど、せっかくメリルが触れてくれてるのに、そんな事したらメリルの手が離れてしまう。もったいないっ。
「けど、俺こんな性格だから、ガッカリしただろ?」
そうだ。俺のどこに一目惚れする要因があるのかは知らないけど、取り繕ってる時ならともかく素を出してしまった今、ガッカリされる事間違いない。
「表裏があるのは正直驚きました」
やっぱり……。
「けれど本当のサウス様の姿が見れたのは、嬉しかったです」
う、嬉しい……?
驚いていると、メリルの手が髪から俺の頬へとすべる。気が付けば反対の手も、頬に添えられていた。
思わず彼女に視線を戻すと、不安をたたえた瞳を揺らす、彼女の顔がある。自信なさそうなくせに笑みを浮かべ、決して視線を逸らそうとはしない。
「サウス様こそ、わたくしの性格を知ってがっかりされたのではないですか?」
「そんな……事は……」
真っ直ぐな彼女の視線に耐えられず、目がウロウロする。
そんな俺を逃すまいとするかのように、彼女はそっと俺に口づけを落とした。そして真っ赤になりながらも自分の気持ちを打ち明けてくれる。
「はしたないとお思いかもしれませんが、わたくしはサウス様に触れたい。サウス様の子を産みたいです。大丈夫です。わたくし達の娘は不幸になどなりません。させません。わたくし達の知識と力で、全力で幸せにしましょう? 例えば貴方は残念に思うかもしれませんが、娘には違う名を付けましょう。王子の婚約者にならぬように先手を打って別の方と婚約させておくのも手かと。婚約者がいるならば、ミルジャーナ学園が出来ても通わせる必要はないでしょう? そうすればデイジーマリーと関わることも罪を着せられることもないはずです」
メリルの言葉に、俺はようやく自分のバカさ加減に気が付いた。メリルにこんな真似までさせてようやく気が付くなんて。まだ産まれてもない子の為に、もちろん大切ではあるけれど、起こってもない未来の為に、今目の前にいる自分の好きな子を不安にさせて泣かせて。バカだろう俺。
「そもそも、乙女ゲー転生もののラノベでは悪役令嬢が幸せをつかむ物語のほうが多いのです。わたくしたちの娘はきっと幸せになれますわ」
俺の気持ちの変化に気づいたのか、メリルがにっこりと笑って俺を抱きしめる。
ごめん。本当にごめん。ちゃんと幸せにするから。絶対に幸せにするから。
そんな思いを込めて、俺は彼女を抱きしめ返した。
*********************
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
そしてごめんなさい。娘ちゃんのお話、書けませんでした。
ぼんやりと設定は出来ていたのですが、お話として方向が掴めなかった……。
考えてた設定を少しだけ。
違う名前をつけられて、早い内に別の婚約者も与えられている娘ちゃん。
おじいちゃんはまだ生きているので伯爵令嬢。
ゲームではいなかった妹がいる。
両親の反対を押し切り学園に入学。
そこで転生ヒロインと出会い……。
て感じのお話を考えていました。
考えてる途中で、これヒロイン目線のほうが面白いかもと思ったら、方向性見失いました。ごめんなさい。
ともかく最後まで読んで下さってありがとうございます。
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