空色のダイアモンド

うみべひろた

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2.1 私があげたかったのは (1)

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「メリークリスマス、理紗さん」
 ベッドの上で智子が手を振った。
 ドアの向こうは明るくて、真っ暗な廊下に慣れた目がおかしくなりそう。

「うん。全然クリスマス感が見えないけど。メリークリスマス」
 私がそう言うと、あはははって智子が笑う。
「まぁ、こういうクリスマスも悪くないよね。ツリーもクリスマスソングも無い。ある意味で特別」

 でもさ、と智子が続ける。
「私はプレゼントさえもらえれば満足だから」

「何故そこで私の胸を見る」思わず一歩あとずさり。
「……でもさ、やっぱりわかんない。智子が……そんなプレゼントを欲しがる意味」

 んー。って、智子は唇に指をあてて、考えるふり。
「私、病院で検査をしたら、その日から家に帰れなくなっちゃって」
「12月はじめくらいの話だね」
「死ぬ前には色々やりたいって思ってたことがあって。フランスで紅茶マドレーヌ食べたい、アメリカで自家製ベーコン食べたい、イギリスでティータイムのお菓子食べたい。オートミールは別にいらない」
「なんか食べることばっかりな気がするけど。まぁいいや」

「だけど。全然できなかった。病室から出れないもん。だから考えたんだ。何かできないか、せめて何か残せないかって」
「何だか話がつながるような、そうでもないような」

「理紗さんは知らないかもしれないけどさ、私だって女子なんだよ」
「そんなの、見なくても知ってる、けど……」
 智子がパジャマのボタンをぷちぷちと外してパジャマがぱらりと落ちる。
 上半身が全部見えて、
 声が段々と小さくなるのが自分で分かった。

「謎のダイエットで減量に成功したから。きれいだと自分では思うんだけど。だからさ、多分、それを誰かに見てほしかった? 求められたかった? のかな」
 よく分かんないや、あははは、って智子は笑う。「ね。期間限定だよ。お得だよ」

 あまり外に出ていないからか、白くてつやつやの肌。
 胸は多分私よりも大きい。
 そして、それをみて私は分かってしまう。智子が本当に欲しがっていたもの。

 私には。
 女子の身体に惹かれるとか、性的に興奮するとか。そんな気持ちは分からない。
 だけど確かに、これは触れたら壊れる芸術品みたいで。

「なんだろ、これを見るのが手術する医者だけだと思うと、確かに悲しくなる、のかな」
「でしょー。触りたくなるでしょ、私のこと好きになっちゃうでしょ」
「いや、そこまででは……」
「あははは。こんな時でも忖度しないのが理紗さんの良いところだね」

 智子は少しだけ笑って、そして真面目な顔になる。
「別に私はレズでもバイでもないよ。だから安心して」
「こんな状況で何を安心しろと」
「私は誰かに見てほしかった。覚えててほしかった。それが女子の喜びなんだって、誰かが言ってた」

「女子の喜び……? って、何、それ」
「誰かに好かれて、求められて、触られて。そして、それはとても幸せなことらしいんだ」

 バカじゃないのか。なんだそれ。

 なんて呆れる私へと伸ばされた智子の手。
 それを掴むと、引っ張られてベッドにすとんと腰を落とすかたちになる。

「だからさ、理紗さん、付き合ってよ――私の恋人ごっこに。思い出づくりに」
 ジーンズ越しに智子のふとももを感じる。暖かくてくすぐったい。
 そんな距離でお互いに目を覗き込んでいる。

 智子のその目は、一週間前に窓の外で見た時よりもずっと張りつめていて、すぐにでも割れそうで、

 だから私は言う。
「いいよ、あげる。クリスマスプレゼントだよ」

 すとん。

 智子のひざの上に紙袋を置く。

「何これ」
「智子が期待してるクリスマスプレゼントだよ。開けて」

 ごそごそと中身を漁って、プリントの束を取り出す。

「なんか宿題が特盛りになってる!!」
「仕方ないよ。だって今日から冬休みだし」

「結局理紗さんは黒サンタでしかないんだ……」
 ぶーぶー言う智子。
「なんだっけ、クウネルヒトだっけ」
「クネヒト・ループレヒトだよ……その間違い、なんか悪意を感じるんだけど」

「2週間で終わらせてね」
「いや、言ったでしょ。私、明日手術なんだけど。成功りつ、もががが」
 手で智子の口をふさぐ。
「終わったら学校に持ってくから。冬休みの最後にちょうだい。または学校に持ってきて」
「だから、むぐ、私は、んがが」

「私には智子がいなくなるなんて考えられないから」
 口をふさいでいた手を離す。
 指でその唇を押す。つやつやで、すこしだけ乾燥していて、だけどやわらかい唇。

「だから、これは恋人ごっこでも最後の思い出づくりでもないよ」

「じゃあ何なの」なんだか怪訝なまなざしで私を見つめる。

「一時の、気の迷いだよ」

 私たちの距離は思ったよりも近かった。
 ちょっと抱き寄せただけで唇がくっつく。

 なんだかあったかい。
 智子の体温、唇にかかる息、私の心臓の音。

 このどきどきは智子に伝わるのだろうか、とか。
 キスをしたのはいいけど、ここから何をすればいいんだろう、とか。
 色々なことがぐるぐる頭をまわる。

 一歩目を踏み出したけれど、その次の一歩をためらってしまう。
 私にできること、私がやるべきこと。

 そのうちに智子のほうから唇を離す。
「ちょっと唇がかさかさしてるかも。リップ塗れば良かった」
 そして少しだけ笑う。

「そんなこと、別に気にしなくても」

「ねえ理紗さん、もし嫌だったらさ。やめてもいいよ」
「突然どうしたの、さっきまであんなに」
「なんだろう。くっつくと分かっちゃうんだね、全部。理紗さんに色々と考えさせちゃってること。こんなときでも、理紗さんがキスに集中できてないこと」

 こうやって近くで智子の目を見ると、そこには私がいっぱいに映っている。

 あぁそうか、

 これまで抱えてきた全部、
 まだ知らない世界のいろんなこと、
 最後に見る景色。

『妥協だよ』ってあなたは言ってた。

 こんなに近いから、全部伝わる。

「ごめん、智子」
 私が智子にあげたかったもの。
「ちょっと恥ずかしかったから」

 あなたも私も同じなら、
 あなたの全てを肯定してあげる。

「恥ずかしい? 何が」
「智子には教えてあげない」

 はだけたままの胸。その先にある乳首は私のよりも色が薄い、白っぽいピンク。
 乳首も、その周りも、私のよりもずっと大きい。

「でもさ、もう決めたよ。覚悟」
「何、覚悟って」
「妥協する覚悟」

 別にいいじゃん、女子どうしだって、好きじゃなくたって。
 私は智子を大切に思っている。
 智子は誰かを必要としている。
 私は智子の願いを叶える。

 それはきっと愛情だ。
 そして、こういう行為って愛情の行き着く先。
 間違いじゃないよ。私はそう思う。

 だからきっと、笑わないでね。

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