あの夏の出口へ、もう一度。

響影

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 両親が帰った後、俺は茶の間で突っ伏していた。仕事が忙しい両親が長い夏休みの間、俺をばあちゃんちに預けるのはしょうがない事だ。しかし、やる事が無さすぎる。1、2年前までは近所に俊兄ちゃんがいて、虫や魚を捕まえて一緒に遊んでくれてたけど、今年から兄ちゃんは都会の大学に通うために引っ越してしまい長期休暇も帰ってこないらしい。村の子供達も年々減っているから暇になってしまうだろうと、さっきばあちゃんが言っていた。こんなに暇だとこれから先が思いやられる。横からバサっという音がして縁側の方に顔を向ける。窓の外の縁側の上に一羽のカラスが止まっていた。カラスは細かく顔を動かしながら横に向け、大きな黒い瞳でこちらを見ていた。
「食べ物なんてないぞ」
と呟くとカラスは翼を広げて青い空を飛んでいってしまった。

ぼーとしていてもしょうがない。例え俊兄ちゃんや友達がこの村に居なかろうとも一人でこの夏を満喫するしかない。そう思い玄関に向かう。少しの小遣いをポッケにそのまま入れて、青いサンダルを履いて、建て付けの悪い玄関を開けながら大声で「遊びにいって来ます」を言った。
後から小さな声で「気をつけてな」とばあちゃんの声が聞こえて玄関を閉めた。


さて、この夏を一人で満喫する為には、まずこの村を知る必要がある。今までは俊兄ちゃんに案内されるがままだったが、今年はそうもいかない。一年のブランクが空いてしまったのだ、駄菓子屋の場所も、虫も魚もどこに何がいるのか朧げな記憶しか残っていない。まずは駄菓子屋を目指して歩いて行こう。
家から左側に出て記憶を頼りに歩く。
あの消火器見たことあった気がする。ここを曲がると手前にミラーがあった筈。
おおよそ、記憶通りに進んでいる。
あれ、こんなところに掲示板あったっけ?この道こんな細かったっけ?
大丈夫。多分記憶通りに進めている。多分。



…ここどこだろう。
途中までは記憶通りに進めていた筈だった。しかし、段々と見たことのない物や道が増えていき、気づいたら村のかなり奥の方に来てしまっていた。ばあちゃんの家より山に近づいたからか、山の形が変わって見えて村の形が変わったように感じる。
「と、とりあえず、真っ直ぐ進んでみようかな」
山沿いを進み始める。
この村を知る為にも探検の足は止めてはならない。山に囲まれている村だから、山沿いを歩けば村を一周できる筈である。村全体の端っこを知っていれば、明日から迷っても端にさえ出れば現在地がわかるだろうと不安になりながらも思い歩みを進める。

「ねぇ」

後ろから声をかけられる。
振り返るとそこには誰も居なかった。
まさか、お化けに声を掛けられたのだろうか。そう思うと急に体が震え出す。

「後ろじゃなくて、こっち。」

今度は右の山側から声がした。声の方に顔をやると、そこには青い着物を着た男の人が立っていた。先ほどまで木々が生い茂っていた山側で、その男が立っている場所だけ切り開かれており、男の後ろには古い石の階段が見えた。

「君見ない顔だけど、どこの子?」

「…」

「だんまり?」

「…あやしくて知らない大人には名前を聞かれても教えちゃいけないって先生が言ってた…。」

「参ったな。僕そんなに怪しい大人に見える?」

目の前に立つ男は俊兄ちゃんと同じくらいの年に見える。現代では珍しく紺色に近いような青い着物を着ているが、着物を着ている人を街の中でたまに見かけるからおかしくはないと思う。ただ、目の前の男の表情は口は笑っているのに、目に光が入っていないせいか本当に笑っているようには見えない。そんな違和感を感じた俺はコクリと頷いた。

男は「最近の子はガード硬いな」とかなんとか呟きながら考え始めた。その隙にこっそり逃げようと思い、背中を向けずに一歩ずつ後退りを試みる。

「そうだ、自己紹介するよ。僕の名前は八代。この村にずっと昔から住んでいて家はこの山を登ったところ。普段は家の近くの神社の手入れをしてるよ。これで『怪しくて知らない大人』じゃなくなったね。」

目の前の八代という男はニコリと笑い名乗らない理由をかき消していく。「次君の番。」と流れが回ってくる。
村の人なら教えても大丈夫だろう。

「俺は今井あさと。夏休みだけこの村のばあちゃんちに泊まりに来てる。」

男はまたもや少し考えた後顔をあげた。

「あー、君今井さんちの子供か。よしこちゃんの息子とか?」

どうやら知り合いだったらしい。しかし、よしこは俺のばあちゃんの名前だ。

「なわけないじゃん。よしこばあちゃんはもう83歳だよ。俺はばあちゃんの孫。」

目の前の男は頭を掻きながら「あれ、もうそんな歳だっけ。」と話す。
「それで、あさと君はなんでこんな所に居るのかな。どこか行くの?」

「村を探検しながら駄菓子屋に行くんだ。」

男は首を傾げた。
「こんな時間に?」

ハッとして空を見上げるとオレンジ色の空をカラスが鳴きながら飛んでいくのが見えた。このまま山沿いを一周なんてしていたら真っ暗闇で迷うことになる。そしたら、夕飯にも間に合わないしばあちゃんが心配するだろうな。目の前の男が口を開く。

「それに、駄菓子屋は神社とは反対側だよ。もしかして迷子?」

その言葉に対して頷く。

「なるほどね。今道を紙に書いて渡してあげるから、今日はもうお帰り。」

男は懐から紙と鉛筆を取り出すと、近くの石に紙を置いて地図を書き始めた。

「はい。どうぞ。」

渡された地図には曲がる場所の目印や特徴が明確に記載されており、ばあちゃんの家であろう場所にはうさぎの絵についた吹き出しに「あがり」と書かれていた。

「ありがとう。」

「そう急に暗くなったりはしないだろうから大丈夫だろうけど気をつけてお帰り。」

俺は男に頷いた後地図の通りに歩き始めた。
ふと後ろを振り返ってみる。男は目が合うと手を振ってくれた。振り返して再び帰路に着く。案外あの八代と言う男は悪いやつではないのかも知れない。


ばあちゃんの家に着くと美味しそうな匂いがした。
夕飯の席でばあちゃんに八代のことを聞いた。しかし、ばあちゃんは「聞いたことがある名前だが、思い出せない。」「足腰が悪くなってからは神社にいくことが無くなったから分からない。」と言っていた。八代の言い草ではばあちゃんと知り合いな気がしたが、ばあちゃんにとっては関わりが少ない人なのかも知れない。

その日は2階の母の部屋に布団を引いた。
シール跡のついた古い木の机に日記を広げて今日あったことを思い返す。
ばあちゃんの家に来たこと。村の奥の方まで探検して道を教えてもらったこと。サービスエリアのアイスが美味しかったこと。
ばあちゃんの家に来る前の記憶を遡っていくと、あることに気づいた。
車の窓から見えた遠くの神社で、こちらを見ていた人物と今日あった八代と言う男は特徴が合致しているのだ。神社の近くに住んでいると言っていたし、男の後ろにあった石の階段はきっと神社に続いているのだろう。全身が青いのも着物だからだ。これらのことからほぼ同一人物であることは確かである。
目が合ったのは気のせいかも知れないが、偶然目が合った人にその日偶然出会うという経験は単純な俺の興味を掻き立て、ソワソワさせる要因になるには事足りていた。
明日、もう一度あの男に会いにいってみようかな。あと駄菓子屋の場所も見つけるんだ。
明日の目標が思いついたところで、俺は電気を消し、布団代わりのタオルをかけて眠りについた。



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