あの夏の出口へ、もう一度。

響影

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 今日の天気は実に気持ちの良い快晴である。村の中に蝉の声が響き渡り、暑さを際立たせている。遠くの畑でばあちゃんが農作業しているのを横目に俺は昨日の神社へと向かっていた。
 今、俺の手には手書きの地図と今日の目標を達成した証が握られている。それはまさしく、駄菓子の入った袋である。簡単な話だったのだ。まず、昨日の俺の行動は最初から間違っていた。家を出て左ではなく右であった。しかも、そこからは道なりに直進。駄菓子屋にたどり着くことは容易であった。家を出て左に行く時は大抵、俊兄ちゃんちに遊びに行く時であった。思い出してしまえばもう二度と間違えることはあるまい。目標を一つ達成した俺は軽い足取りでもう一つの目標へと足を進める。
 地図があると昨日迷った先に行き着いた場所でも嘘みたいにすんなり到着する。ばあちゃんの家からちょっと歩いたけど、小学生の体力で行けない場所ではない。木々を開かれるようにしてできた道の奥に古い石の階段が見える。周りを見回すが、人の気配はありそうにない。神社の管理をしていると言っていたから、階段を登った先にいるのだろうか。
 木々によって薄暗い道を進んでいく。ガタガタとした石の階段には、所々に苔が生えている。あたりは鬱蒼としており、葉の隙間から入ってくる日差しが灯りとなって階段を照らしている。それでも何かが出そうな雰囲気を醸し出している階段に固唾を飲む。恐る恐る、一歩。また一歩と、階段に足を踏み入れた。一段登るごとに環境に慣れていき、恐怖心は薄れ階段をダッシュで駆け上がる。古くとも枯れ葉などが落ちていない階段はとても駆け上がりやすいものだった。
 暫く登っていくと段々と視界が明るくなっていき赤い鳥居が姿を現す。昨日、車から見えたのはきっとこれだろう。鳥居は思っていたよりも立派で、所々に傷があり貫禄のあるものであった。鳥居が見えて来たと言うことは天辺の神社まではもう少しである筈だ。そう思い、階段の先を見上げる。すると頂上付近の階段に昨日の男が座っているのが見えた。男は膝に手を巻いて、やや上の方を見ながらぼーとしていた。階段を登り、男に少しずつ近づいていく。
 男が座ってる段の二段下くらいについた時、男はこちらに目をよこした。

「また道に迷ったのかな。駄菓子屋はこの上にはないよ。」

 その言葉にムッとして、手元に握られたビニール袋を差し出す。

 男は表情を変えず差し出されたビニールとあさとの顔を交互に見つめた。あさとはビニールを再び手元に寄せて袋の中に片手を突っ込み、何かを握るとそれを八代に差し出した。

「これ、昨日はありがとう。」

 あさとの手に握られていたには水色の包装が施されたアイスバーであった。
 差し出された物を凝視するだけで、受け取らない男に対してあさとは痺れを切らし「溶けるから、早く。」と、催促した。

「えっと、ありがとう。こういったのを貰うのは何年振りだろう。」

 あさとは大人になるとアイスを食べなくなるのか?と疑問を持ちつつも、同じように袋から取り出したアイスを持って八代の隣に腰を下ろす。袋を上から両手で裂いて中のアイスバーを取り出す。それを見た八代も同じように通り出した。中からは包装の色よりも鮮やかな水色をしたアイスバーが汗をかきながら姿を現した。氷のような見た目なのに晴れた日の湖のような色をしているそれを八代は一目見て好感を得た。
 目に光が灯ってないにも関わらず、好奇心を帯びた目で100円もしないアイスを見つめる大人の男の姿はあさとにとってはとても珍しいものであった。暫く見た目を鑑賞した後、アイスが溶けていることに気づき急いで口に運ぶ男の姿を見てあさとも急いでアイスを口に運ぶ。


 アイスを食べ終わるとお互い手についたベトベトが垂れないように前に突き出していた。すると、男が立ち上がり「ちょっと待っててね。」と言いながら神社の奥の方へと消えていく。
 暫くして手に白い布を持った男が戻って来た。
 男はそれをあさとに差し出すのでお礼を言って濡らされた白い手拭いを受け取る。男は再びあさとの隣に座り直すとこちらの様子を凝視し出した。それがなんだか気まずく、考えた末に昨日帰宅してから疑問に感じたことを口にした。

「昨日、ばあちゃんに八代、さんのこと聞いたら知らないって言ってた。」

「人間の記憶なんてすぐ無くなるものだよ。僕は確かに何十年も前によしこちゃん達と遊んだんだから。」

「遊んだって、例えば?」

「この神社の中で踊りを踊ったり、歌を歌ったり。僕にとっては昨日のことみたいだよ。」

 さてはこの男、幼い頃にばあちゃんに預けられて面倒を見られていたうちの一人だな。ばあちゃんは昔、近所の子供や親戚の子供を面倒見ていたって言ってたし、この男にとっては面倒を見てもらったおばあちゃんだけど、ばあちゃんにとっては子供の1人だからお互いの記憶に違いがあるのだろう。
 モヤモヤしていた事が自分の中で解決してなんだかスッキリした。

「そういえば、無理にさん付けしないで八代でいいよ。」

見透かされてドキリとする。だが正直、大人にさん付けで親しい会話をする事に慣れていなかった俺にとって都合の良い発言であった。

「分かった。じゃあ、八代。八代は昨日お昼くらいに神社にいた?」

「そうだね。日が昇っている間は僕はいつでも神社にいるよ。どうして?」

「昨日、車から八代のことが見えたんだけど、遠くなのに目が合った気がして。」

それを聞いて八代はこちらを見てクスリと笑った。
「気の所為だよ。他所の車が来たのは見えたけど、中までは見ていないよ。」

「こっち見て。」と八代はあさとの身体を動かし、向き合う形となった。顔を見るように指示され、あさとはそれに従うように顔をやや上に上げた。夏の暑い日差しなんて関係無いとばかり言うように肌が雪のように白く、その白の上に控えめに備わった淡いピンク色の唇が目に入る。鼻も高すぎず、低すぎず、テレビで見るような目の前の男はまさしくイケメンというには相応しい存在なんだろうなとあさとは思った。八代の黒い瞳があさとの瞳を見つめる。なんだか、全てを見透かされたような気分になって体がソワソワしてしまう。さっきまで整った八代の顔をジロジロ見ていたことも合間って耐えられず目線を顔から逸らすと八代はニコリと笑った。

「今僕は君のおでこを見つめていたんだけど、目が合っていたような気がしないかい。」

八代は俺の目ではなく、おでこを見つめていた。という事実にさらに恥ずかしさが積もる。まるで俺だけ勘違いしていたみたいで、それを分かっているかのように笑う八代を見て顔が赤くなる。

「昨日、目が合っていると感じたのも今みたいな気の所為だよ。」

「ふ、ふーん。」
バクバクしていた心臓も「気の所為」と言われてしまうと、なんだか落ち着いてくる。と、言うよりは落ち込んでくる。別に目が合っていたことを期待したわけではないが、「気の所為」で片付けられてしまうとそれが正しくとも幼心ながらに新たなモヤモヤを心に書き足す。
 そんなドギマギしているあさとを見て八代はとても愉快な気持ちであった。それは、何十年振りに人間に感じた興味の気持ちであり、純粋に人と会話をすることの楽しさを思い出させるものである。

日はすっかり登り切り、真上から神社の階段に座り込んでいる2人を照らす。それに気づいたあさとは立ち上がった。

「そろそろ昼飯の時間だ」

時計を持ち歩いていない為、正確な時刻は分からないが日が上に来ているということはそろそろばあちゃんが昼飯に素麺を作っている時間だろう。

「ばあちゃんが昼飯用意して待ってるから、またな。」

八代は「またね。」と返事をし、階段を駆けていくあさとの背中を見つめる。さっきまでの気持ちとは打って変わって虚しい気持ちが八代の心を駆け巡る。しかし、帰り際に「さよなら」ではなく「またね」と言った発言は八代の心に期待を抱かせるのに十分な言葉であった。次はいつ来るのだろうか。昼飯を食べたら来てくれるだろうか。明日来たら何をしようか。八代は寂しさを埋めるように胸に期待を詰めた。


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