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しおりを挟む最初は、使い捨てられるのだろうと思っていた。
いいように魔力を使って、それが上手く溜まらなくなったらきっと殺される。そう、思っていた。
けれど、男は俺を全く使わなかった。
俺を使えば面倒じゃなくなる場面でも、どれだけ切羽詰まった状況になろうと、俺ですら俺を使った方が楽なんじゃない? と言いたくなるような時ですら、男は迷うことなく俺の手を引いて駆けた。
片手で敵をねじ伏せ、もう片手で俺をしっかりと掴んで、まるで愛しい恋人を離すまいとするように。
「……ねぇ、使わないの?」
「…使わない。お前はそこにいろ」
疑問に思い問いかける度に男は表情を硬くして、否と答える。
何度、一度くらいで使い物にならなくなるような体質ではないと言っても、男は頑なで。その説明をする度に顔を歪めて俺を追いやった。
何で分からないのか、とでも言うように。
分かるわけがなかった。だって、俺には生き続ける意味がなかったのだから。
使うなら、早く使い潰して楽にして欲しかった。感情が沈んで浮き上がってこないあの日から、世界は相変わらず灰色に色褪せていて。とても退屈だったから。
だから、少しばかりの反抗などもしてみたけど。
「……おい、まだ残ってるぞ」
「…もう食べれない」
「あ? ……これだけの量で? お前本当に死ぬぞ」
「……別に。それでも俺は構わな、」
「俺が構う。食え、食欲がなくても食え。吐く寸前まで食え」
「…うぐ!」
何だかんだ面倒見のいい男に、ささやかな抵抗はあまり意味がなかったようで。食べれないと言い張っても、言葉通り吐く寸前まで無理やり食べさせられたし、それを拒否すれば、今度は栄養素をそのまま体内に摂取させようとしてくる暴虐ぶりだ。
男が注射器とカプセルを取り出し「食わないならどちらかの方法で栄養素は取り込め。肉はなくなるが、最低限生きてはいける」と真顔で言われたとき、思わず「馬鹿なの!?」と叫んだ俺は悪くないだろう。
各地を転々と流されるように旅をしている男は、確かに盗賊の様なことをして路銀を稼いでいたが、俺を奪った時の様な問答無用なやり方ではなかった。
「……欲しいものが被ったなら、奪うのが道理、って、前に言ってなかった?」
「…そうだったか?」
「言ってたよ。初めて会ったときのことだもん、忘れたなんて言わせないよ」
「……………そんな前のこと、覚えてねぇな」
「………」
多分だけど、男は奪う相手をある程度定めているのだ。それが抵抗できない女子供やひ弱な男ではなく、明らかに他者から搾取して私腹を肥やしているような、世間一般で言う『悪党』と呼ばれる部類の人間から強奪するのだ。
けれど、男が狙いを定めた相手を別の相手が狙っていると分かると瞬時に別の相手を探し出すのは疑問だった。初対面であぁ言い切ったのだから、もちろんそれを地でやるような傲慢な盗賊だと思っていたが、どうやら少し違ったみたいだった。
「……ねぇ、少しぐらい使っても魔力は尽きないよ? どうして使ってくれないの?」
「お前は、使わない。その時が来るまで生きて俺の傍にいろ」
どれだけ言い募ろうと男はバッサリと切って捨て、顰めっ面をする俺の頬を病的に白い手で宥めるように撫ぜるだけ。
「………お前はお前の価値を、もう少し自覚しろ」
「………」
男の隣は、とても心地いい。まるで生まれ育った家で過ごしてるみたいに。そう思うくらいきっとこの時にはもう情が湧いていた。
『使わないの?』の意味合いが、変わるくらいには。
でも、穏やかな時間は永遠には続かない。物事には必ず終わりがあって、そしてそれは唐突に訪れる。…両親の最後みたいに。
あぁ、でも、
「………なんで…」
「…何か言ったか」
「……………別に」
どうしても腑に落ちないことが一つだけあった。
男と俺にはあの時以前の面識はないはずだ…はず、なのに、男は俺を下衆い盗賊どもから横取りしてまで手元に置きたがり、それでいて一切俺を使わず気にかけている。
どうしてなのか。いくら考えてもしっくりとくる答えが出ずに、俺はずっとモヤモヤしていた。
だってそうだろう? 横取りしたのが俺の能力目当てで、それをバンバン使うなら食料を無理やり食わせて死なれたら困るというのも頷けるし、対象が複数から狙われていると分かって手を引くのも、今では俺という足手纏い兼切り札もいるのだから、安易に晒したくないという理由ならなるほどなと納得もする。
だけど、男の行動は、男の利益に全くもって繋がっていない。それなのにここまでする理由を、俺は知りたかった。
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