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しおりを挟む目の前で、血が舞った。
俺を育ててくれた男女が、知らない男たちに肉塊にされていく。
なのに、俺には何も出来なかった。ただ、それを見ているしか。
逃げようとする気すら起きなかった。ゆっくりと、元から起伏の少なかった感情が更に沈んでいくのを感じる。
両親を失った悲しみも、これから殺されるかもしれないという恐怖も、人間らしい感情が浮かんでは消えてーー…
「……頭ぁ、コイツがお目当てのブツですかい?」
「オレにはただのガキにしか見えませんけど」
「まぁそう言うな。こんな見た目でも、コイツは膨大な魔力を秘めてる。だとすりゃ、使い道は色々あんだろぉ?」
「キキキッ、そっすね!」
そういって下衆い笑い声を上げながら、男たちは俺を見下ろして舌舐めずりをしていた。
…あぁ、どうしよう…世界が色褪せて、灰色に陰っていく。きっと、逃げないといけないのに。その為に、両親は俺を庇って肉塊になったのに。
なのに…ーーいや、だからこそ。
逃げ延びた先の未来が見えずに、絶望すら抱いていた。
ーー薄情、なのかもしれない。両親の想いを無駄にしてしまったから。異常なのかもしれない。だって、死にたくないと心の底から思えないから。
ーーあぁ、
「…どうでも、いい」
後悔も苦痛も憎悪も、きっと他の尊ぶべき感情さえ、もう俺の中に残ってはいないから。
「ーーーそうか、なら。その命、俺が使っても問題はないな」
目の前の男たちにすら届いていないだろう声に、明確な言葉が返ってきて驚いて顔を上げ。
一閃。
「………ぅ、…ぇ?」
鋭い何かが、肉を断つ音が三回。
俺に近づいてきていた男たちが、真っ二つになっていた。
間抜けな声を上げながら倒れ臥した男たちを呆然と見つめ、混乱する。
「(………今、何が、起こって…)」
「……おい」
鋭く、それでいてどこか案じるような響きが混じった声が降って来て顔を上げた。
「(………わ、ぁ、)」
殺伐とした場の空気がその男の周りで凍るような、静謐とした雰囲気を持った男だった。
細長い剣のような武器についた血を払い、鞘に納める男が身に纏っている衣服は、全て漆黒に染まっていた。
フードから僅かに見える顔の輪郭や、手袋をはめた手と服の袖から垣間見える肌が、やけに白く見えるほどに。
……あぁ、違う。そんなことよりも、なんでこの男は、
「………どう、して…この人たち、殺して…」
「…何もどうしても、俺たちは欲しいものを略奪するのが生業の同業者だ。欲しいものが被ったら、奪うのが道理」
ぐっしょりと血で濡れて重そうなローブを翻し、男が近付いてくる。男たちの屍を越え、両親だったものを踏みにじりながら。
でも、どうしてだろう。怒りを感じるどころか、どこか懐かしいような気がするのは…この人のことなんて、何も知らないはず、なのに。
「おい」
男が、座り込んでいる俺の腕を掴んだ。
言外に立てと言われているのが分かり、大人しく足に力を入れ立ち上がるも、俺より遥かに背の高い男を見上げる形になる。
無意識に上げた視線が男のものと交わり、ほんの一瞬、顔が見えた。
「………ジロジロみるな」
何か言葉を漏らす前に氷のような鋭い眼差しで睨まれ、何を言おうとしたのか自分でも分からないままにその言葉を呑み込んだ。
黙り込んだ俺を見下ろした男は、そのまま無言で俺の腕を引いて歩き出す。
「…………」
家から出ると街はもう地獄と化していた。
まるで火の海。この中で誰かが生きていると信じることも馬鹿馬鹿しくなるような、絶望的な状況。
そんな光景を目の当たりにしても動じず、男は火の海と争いの中を縫うようにして迷いなく進んでいく。
けど、そのうちさっきの男たちのような奴らがわらわらと男と俺に襲いかかってきて、応戦しながら進んでいると、いつのまにか火の海を背後に追い込まれた。
結構な人数に囲まれてどうするのかと男を見上げると、鞘から剣を抜いて、俺に目も向けずに「そこにいろ」と言う。
「………俺を使わないの?」
思わず出た言葉に、男は驚いたように振り向いた。そして不思議そうに見上げる俺を見下ろし、顔を歪めた。
「自分の価値を分かっているなら話は早い。その問いに対する答えはただ一つだ」
「……それは…?」
「こんな連中にお前を『使う』のは、勿体ない」
吐き捨てるようにそう言って駆け出した男の背中は、色褪せた世界で唯一色付いて見えた。
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