転生王女は王国の愛され救世主

渡鳥紫苑

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1巻

1-2

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「それは?」
「これに《認識阻害にんしきそがい》の魔法を施して……外の世界で傷ついたりしないように、この指輪をアーサーに贈ってもいい?」
「あのさー、装飾品を贈るのって特別な意味があるんだけど。あんたなんも考えてないだろ?」
「ごめん! 深く考えてなかった」

 反射的に答えた後、盛大に笑われました。
 まだまだ、知らない事が多いんだもん。しょうがないじゃん! と心の中で抗議の声を上げます。

「あんたがくれるって言うならもらっておこうかな」

 手を差し出したので、サイズが合いそうな中指に指輪をめます。
 アーサーが一瞬固まった気がしますが、そう思った次の瞬間には、お腹を抱えて笑っていました。

「あんた本当、天然で怖いね」

 この世界で、中指に指輪を嵌めるのは特別な意味はなかったと記憶しています。
 そんなに笑わなくてもいいのにと、また釈然としない気持ちで笑い転げているアーサーを見つめます。

「あーー笑った。ありがとうね。あんたに助力してもらわないとここから出られなくて情けないけど。外に出たら、あんた達より強いだろうし任せてよ」
「うん。アーサー達は何日も寝なくて平気なのずるいよ。私もそうなりたい」
「いいだろーー。あんたが寝ている時とか見張っておいてやるよ」

 そう言いながら嵌めた銀色の指輪を月にかざして笑っています。

「そういえば私の呼び方だけど、公の場じゃなければ大丈夫だけど、外の世界では敬称をつけて呼ばないといけないんだけど、大丈夫?」
「面倒だな。でもそれが外のルールならそれに合わせるよ。公の場以外では愛称で呼んでいいの?」
「もちろん! 好きに呼んでもらっていいよ」

 きらめいて見える指輪とアーサーの瞳を見ながら頷きます。

「じゃあ、おじょうって呼ぼうかな」
「え? お嬢?」

〝お嬢〟は意外だったので、変な声が出てしまいました。その呼び方は前世の任侠映画などでしか聞かないし、今世では初めて聞きました。
 小さい子などに〝お嬢さん〟は聞いた事がありますが。

「そう。これから改めてよろしくな。お嬢」

 なんだかくすぐったく感じたし、おかしくも思えて笑ってしまいました。

「うん。こちらこそ、改めてよろしくね。アーサー」

 手を出すとしっかり握り返してくれました。そのまま手を引いて立ち上がります。

「じゃあ、リーダーやみんなに話しにいこう」

 王宮は働きたい意思と家族の誰かのお墨付きがあれば働けます。
 他国の人でも、犯罪者でも、亜人あじんでも、誰でも。
 そんな色んな人を受け入れる懐の広さは大陸一番じゃないかと思っています。今まで連れてきた人を断られた事がありませんでした。
 でも、お父様いわく、「働いていい基準はとても厳しいと思うよ」らしいです。
 他とは全く違う基準があるそうです。
 アーサーを連れて帰った時は、さすがにびっくりしていました。
 それでも、働きやすいように早急に環境を整えてくれました。
 生活様式が他の人とは大きく違っているので、中庭の畑の近くにあった、庭師のための小屋を改造して専用の住居にしてくれました。
 そんな食料向上化計画とお忍び散歩に取り組んだ二歳の一年間は、思い返してみると目まぐるしいものでした。



 3.異文化交流しちゃいました 


 すくすく育って三年の月日が経った今は、異世界生活をますます満喫しています。
 三歳にして天才ってみんなから言われています。
 なんてったって中身は大人ですし。
〝見た目は子供、頭脳は大人〟を体現しています。
 こんなセリフ、こちらの世界の人は誰も知りませんけど。

「レイチェル、畑にしゃがんで何をしているの?」

 振り向くとそこには、銀の髪飾りでくくられた金髪が輝く、お兄様が立っていました。お兄様は絵画から抜け出したかと思うほど、完璧な美少年です。
 優しく笑いかけてくれますが、目は笑っていなくて怖いです。
 でも、そんなお兄様も最近はお腹を抱えて笑ってくれたりします。
 ただ、作り笑いではない笑顔を初めて見たのが、私が産まれて初めて大泣きした時というのは思い出しても釈然としません。
 お兄様の笑いのツボは未だによくわからないです。
 お兄様は後ろに騎士を二人連れて近づいてきます。
 ただ庭を歩いている何気ない光景すら、綺麗で眼福がんぷくです。

「カイルお兄様、おはようございます」

 礼儀正しく、カーテシーをします。
 歩けるようになってからは、今までの生活では必要なかった、王族のマナーなどを習得するために勉強をしまくりました。カーテシーもその賜物たまものです。
 貴族のマナーは単なる形式などではなく、その人の生き方や価値観が反映されるそうで、私はまだまだ経験不足が否めません。
 素敵なお手本である家族がいるので、これからも猛烈に勉強します!
 私とは違って、お兄様はまだ五歳なのに、もう勉強が必要ないのでは? と思ってしまうほど、マナーやルールを完璧に習得しています。

「今は、農作物の品種改良の進展具合を確認していました」

 三歳児の口からはおよそ出ない単語でも、カイルお兄様は特に驚きません。

「また新種を作るのかい? レイチェルは研究熱心だね。朝早くから偉いね」

 そう言って今度は心底おかしいと思っている笑顔を向けてくれます。
 優しく頭をなでなでされると、だらしなく口元が緩んでしまいます。

「カイルお兄様は、朝の運動ですか?」

 お兄様の後ろに続く騎士が持つ、使い込まれた木剣ぼっけんが目に入ります。
 毎日鍛錬を欠かさないお兄様に感心してしまいます。
 頭がとてもいいのに体も鍛えていて、文武両道なんて素敵です。
 お兄様と談笑していると、庭園の方から話し声が聞こえてきました。
 お父様しか使わないお母様の愛称が、甘い声色こわいろと一緒に聞こえてきたので、すぐに声の主がわかります。

「あなた、今日も無理せず、執務頑張ってください」
「エリー達の笑顔のために、今日も頑張るよ」

 お父様はお母様の頬に唇でそっと触れました。
 エリーというのは、お父様だけが使うお母様の愛称です。
 人払いしているのか、庭園を二人だけで寄り添いながら歩いています。
 ラブラブな二人が眩しくて、私はつい目を細めて見てしまいます。
 日本では挨拶のキスなどまずしないし、あまりラブラブな両親を見た事がなかったので、未だに違和感を覚えてしまう今日この頃です。
 絵画のように美しい二人の姿は、アニメをリアルで見ているみたいで楽しめますが、日本人の感覚が抜け切れていないので、両親のスキンシップを見て恥ずかしくなってしまいます。

「今日はアラーレ連合国れんごうこくの大使と謁見えっけん予定だ。後でエリーも挨拶に顔を出してくれると嬉しい」
「はい。到着の報せがありましたら向かいます」

 話題に出たアラーレ連合国とは、前世でいう中東のような文化の国で、服装が特徴的です。
 歴代一の女性好きと噂の王様は沢山の女性を奥さんにしていて、三十五人も子供がいるみたいです。
 アラーレ連合国は、近年環境問題が深刻で、食料自給率がクリスタ王国と違って低いですが、豊かな鉱山資源や、そこから採れる貴金属の加工技術は大陸で頭一つ抜けていると言われています。
 習った事を思い出していると、二人がこちらに近づいてきました。
 二人は、私とお兄様を見つけると優しく微笑みました。
 お父様の赤髪とお母様の金髪が、朝日を受けて煌めいています。とても綺麗です。
 本日の服装は、お父様が濃い赤の重厚な布に銀色の薔薇の蔓が刺繡されたマント。
 お母様は同じデザインの銀の蔓の刺繍になっている新緑色のドレスでお似合いです。
 アクセントにつけられた首飾りも、薔薇の蔓をモチーフにしていて存在感を発揮しています。
 しかし、首飾りの宝石以上に髪が輝いて目を楽しませてくれます。

「私の天使達、おはよう。今の話、聞こえていたかな?」

 お父様は朝日より眩しい笑顔で笑いかけてきます。
 なるべく食事を家族四人で揃ってとる仲良し家族の私達が、今日は朝食の前に偶然会えました。
 私は朝の時間に毎日畑に来るわけではないですし、お兄様も普段は稽古場にいるはずです。
 お父様、お母様にいたっては、忙しいので朝のお散歩などなかなかできません。
 ちなみに、公の場ではない場合、お父様とお母様は私達を常に天使と呼びます。
 私が〝天使ちゃん〟で、お兄様が〝天使〟と呼ばれています。
 もう慣れましたが、何歳までこのままなのだろう? と疑問に思う事があります。

「アラーレ連合国の大使とは、ワリード大使ですか?」

 周辺国の外交官の名前を頭の中から引っ張り出して聞いてみます。
 王族として、近隣諸国の王族や偉い人の名前は一通り記憶しています。
 前世には古の賢人が残した〝無知は罪である〟という言葉ありましたが、知識がない事で対応できない事態にならないように、あらゆる勉強をしているところです。

「そうだよ。天使ちゃんが開発した新種野菜を輸入したいそうだよ」

 お父様は朝日より眩しいダンディースマイルで、紡ぎだされる声も爽やかです。

「今日は、大使の御子息ごしそくも後学のために同行するそうだ。なので、天使達も挨拶してくれるなら、エリーと一緒においで」

 御子息かぁ……父親に付いて外国に来るなんて、勉強熱心だなと感心します。
 この世界はまだ気軽に他国に行ける世界ではないので、国を越えて移動するのは、ハードルが高いです。
 アラーレ連合国は食料を輸入に依存しているので、そういった交渉もあるのだろうなと思い返しながら、私達は食事室に向かいます。
 その道中、他にも学んだ事を思い出します。
 アラーレ連合国がクリスタ王国と大きく違っているのは、奴隷身分の方が多くいて、身分差別が色濃いところです。
 日本で育った私には馴染みがないですが、こちらの世界には上流階級意識や身分差別意識は根強く存在します。
 この国にだって貴族優位の風潮はあり、平民を軽んじる貴族は少なからずいます。
 でも、アラーレ連合国と違って、奴隷は禁止されています。
 お父様とお母様は最高権力者だけど、ほんわかしていて差別意識なしの平和主義者です。
 日本の差別なし文化で育った私は、二人のこのスタンスが大好きです。
 こんな幸せな環境に転生できて本当に運がいいと思います。
 前世の記憶があって、魔法の能力を有していても、殺伐さつばつとした家庭環境だったらしんどかったと思います。
 この国は現在、黄金の時代と呼ばれるほど栄え、それを治めるお父様は賢王けんおうと評判で、諸外国から太陽王たいようおうと呼ばれています。
 王様イコールダメ男で戦争したり圧政したりと無能な印象があったんですけど、私のお父様はそれに全く当てはまりません。
 毎朝、会議をして、毎年、法の整備をして、日々国民の生活を豊かにしようと懸命に取り組んでいます。そんなところを心の底から尊敬しています。
 そして、お母様とラブラブ仲良しです。
 王族と言えば、政略結婚が当たり前で、王妃以外にも女の人がいてドロドロの昼ドラ的展開がありそうですけど、そんな事ありません。
 本当に憧れの夫婦です。
 そんなお父様が愛するお母様は、公爵家出身のお嬢様ですが、自身で子育てをして、女神のような外見を持つ、優しくて寛容でお淑やかな尊敬できる女性です。
 そんな二人の愛の結晶第一号、美少年で賢く、笑顔がデフォルトのお兄様。
 口元は笑っているのに目は全く笑っていないお兄様ですが、そんな腹黒なところは家族にしか見せません。
 家族大好きで、妹の私をとても可愛がってくれます。自慢の素敵なお兄様です。
 魅力的でそれぞれ尊敬できる大好きな家族のもとに産まれて早三年。
 実は色々ありました。
 喧嘩したり、我儘わがまま言ったり、命を狙われたり……
 そりゃそうですよね。
 日本に生まれた一般人の二十八年間で色々あったのだから、三年とはいえ王族ならなおの事、様々な事件が起こります。
 だらだらと考えてしまいましたが、中庭から何事もなく食事室に到着しました。
 毎日の楽しみである朝食が、目の前に運ばれてきました。
 本日の朝食は、彩り野菜のシーザーサラダと、トマトみたいな異世界野菜を使ったミネストローネ風スープ、それとふわふわの白いパンでした。
 やっぱり美味しいご飯は最高です。
 料理人さんや食事に関わってくれた全ての人に、美味しいご飯をどうもありがとうと心からの感謝を贈ります。ちなみに、メニューを考案したのは私です。
 前世の覚えている限りのレシピを書き出して、料理人さんに再現してもらっています。
 美味しい食事を楽しみながら、散歩の時に打診された今日の予定の打ち合わせをしました。
 その結果、貿易交渉の後に、お兄様と一緒にワリード大使に挨拶する事になりました。
 三歳児でも王族として、衣食住を保証してもらっているので、ちゃんとその分国のために働きます!
 普通は王女や王子でも、三歳や五歳では他国の大使の謁見に同席しないようですが。
 しかしながら、そこは規格外のお兄様と私です。
 私達をモデルにした〝王の杖と宝玉〟なんていう劇の演目が作られるほど優秀だとちまたで言われています。
 美味しくて幸せな食事を終えたので、謁見の時間まで、今日も自室で勉強を頑張ります。


 しばらく勉強していると、大使到着の連絡がきました。
 急いで盛装せいそうに着替えて部屋を出ました。
 本日の服装は、お母様譲りの煌めく金髪と空のような瞳に映える、空色のドレスです。
 前世では着た事がない服を毎日着られるこの生活を楽しんでいます。
 毎日ドレス選びをする日が来るなんて、前世では想像した事もありませんでした。
 部屋を出て、侍女と護衛の騎士をまるで医療ドラマのように後ろにぞろぞろ引き連れて歩いていると、庭園の方から声が聞こえてきました。
 王宮の庭園は王族や来賓しか使いません。一般開放している部分もありますが、こんな王宮の奥にはありません。
 怒鳴り声も聞こえたので、私は騎士だけを連れて声がする方に進んでいきます。
 そこで目に飛び込んできたのは、何人かの大人の背中と、それを従える一歩前に出ている少年が、抜き身の剣で亜人の少年を斬りつけている場面でした。
 目にした瞬間、私は思わず声を上げます。

「何をしているのですか!?」

 その場にいた全員が一斉に振り返ります。ビックリ顔です。
 いや、こっちがビックリです。
 明らかにクリスタ王国の者ではない服装をしています。
 前世でいうと、中東のアラブ系の人を思わせるようなローブです。
 その服装を見て、アラーレ連合国の大使の御子息と、お付きの人達だと推測します。
 一歩前に出ている少年は、年齢からワリード大使の御子息でしょう。
 しかし、その装飾品を見ると、王族の方の気がしてなりません。
 もしやお忍びで王子様が来ているのではないか? と疑います。
 やはり、こんな時も勉強で得た知識が本当に役立つし大切だと実感します。
 浅黒い肌に長いきぬのような黒髪を一つに束ねていて、毛先は情熱的な赤色が煌めいています。
 アラーレ連合国の特産品だと一目でわかる精巧な作りの髪飾り、宝石が輝く耳飾り、輝いて見える首飾りに加え、腰の装飾具まで身につけています。
 金で統一している装飾具の素晴らしさから、一目で身分が高いとわかります。
 奥で追い詰められている亜人の少年は、獣人族のようです。
 真っ黒で立派な立ち上がりの耳と、フサフサの尻尾が見えます。
 原形を留めていない破れている白いシャツが血で赤く染まっていて痛々しいです。
 さらに、異様にやせ細っているのが遠目にもわかります。
 亜人は数が少なく、限られた場所にしか住んでいません。
 一般的に、人族が治めている国にはいません。
 それは、やはり差別や迫害があるからです。
 自分と違う人を忌避きひしてしまうのは、悲しい事に前世も今世も変わらないです。
 さらに差別に拍車をかけている理由に、亜人達がとても優秀な点が挙げられます。
 人族は遠く及ばない知恵や能力を持っています。
 自分より圧倒的に優れている少数民族。
 人間の傲慢ごうまんな方達が、劣等感により迫害する事は容易に想像ができます。
 しかし、私はそんな事はできません。
 擬人化ぎじんか大好き日本人。
 ケモノ子大好き日本人。
 人種のサラダボウル日本。
 日本人は細胞や無機物の刀まで擬人化して愛せます。
 人型じゃなくても、どんな姿でも愛せちゃうのが日本人だと思います。
 脳内で他の事を考えて冷静さを取り戻そうとしていると、御子息がスッと歩み寄ってきて、素早く顔を伏せて片膝をつき、挨拶してくれます。

「これは失礼いたしました。クリスタ王国の宝玉、レイチェル様とお見受けします。お目汚し申し訳ありません。ワリード・ザハルが息子、サルーンと申します」

 取り巻きの大人達も少年にならって一斉に平伏しました。
 他国の王宮の庭で剣を振り回すとか常識なさすぎだけど、どうやら挨拶はできるみたいです。
 挨拶なんてしてないで、今すぐ問い詰めたいところだけど、我慢します。
 それに、ワリード大使の息子と名乗りましたが、身につけている装飾具や周りの態度から王子だと改めて推測します。
 年齢と身体的な特徴から見て、第四王子のサルーン王子が一番疑わしいです。
 どちらも名前がサルーンだから、ややこしいところです。
 この世界はとある慣習で同じ名前の人物が多いので、呼び分けないととても混乱してしまいます。

「初めまして、サルーン様。レイチェル・サン・ヴィクトリアです。王宮では、抜剣行為は禁止されています。他国の方でもそれは同じです。何をなさっていたのですか?」
「はっ、連れてきた亜人の奴隷が逃げようとしたため、少々しつけをしていました」
「少々の躾ですか……とてもそんな風には見えませんが」
「我が国では常の事ですので、口を挟まないでいただきたいのですが」

 お互いに敬語を使用していますが、圧倒的に空気が悪いです。ピリピリしています。
 私は視線を一瞬木の上に向けて小さく頷きます。そこにいる彼が今にも飛び出してきそうですが、私の意図を汲んで我慢してくれたようです。
 目線を地上に戻すと、獣人さんは血だらけの破れたシャツ姿で、身体を小さく丸めています。悲惨すぎます。ありえません。
 いくら悪い事をしたとしても、許せません。
 ここは王族の権力を発揮する事にします。

「他国にいる場合、その国の法や規則を遵守じゅんしゅしなければいけないのは、たかだか三歳の私でも承知しています。まさかサルーン様がそんな事もご存知ないわけありませんよね?」

 あえてキラキラ天使スマイルで言います。あんた馬鹿!? という意味を込めて。

「もちろん承知しています。しかし、こちらは奴隷制度がないので、奴隷の躾について該当する規則はないのではないでしょうか?」

 おっと、言い返してきましたよ。
 何も知らないのに、こちらのやり方に文句言うなと……
 私は思わず、爪が掌に食い込むほど手を握り締めてしまいました。

「アラーレ連合国では奴隷が主人から逃走しようとした場合、鞭打むちうち五十回か逃走防止のための再度の奴隷印どれいいん付与だったと記憶していますが?」

 三歳児でも勉強大好きっ子です。他国の法や規則も網羅もうらしています。
 舐めないでいただきたいです。

「……そうですね。少々躾に熱が入りすぎてしまったようです。申し訳ありません」

 三歳の小娘に口で負けて悔しいのか、膝に乗せている拳が震えているのが見えます。
 羞恥しゅうちなのか怒りなのか、顔を赤くするサルーン様を横目に、私は悲惨な状況の獣人さんに話しかけます。

『大丈夫ですか?』

 私が言葉を発した途端、全員が顔を勢いよく上げて、一斉にこちらに視線が集まりました。
 私が口にしたのは大陸の人族が使用している共通語ではなく、獣人語です。
 それを聞いた獣人さんは耳をピクピク動かした後に、無言で頷いてくれました。

『なぜ、逃げようとしたのですか?』
「……違います。そんなつもりはなくて、仲間の匂いがした気がしたので、嬉しくて……ビックリして飛び出してしまったのです……」

 少し迷った様子で間が空いた後、彼は共通語で答えてくれます。
 どうやら獣人語は話してはいけないと命令されているみたいです。
 サルーン様達は獣人語がわからないようで、変な顔でこちらを見ています。
 彼らが特別無知なわけではなく、この世界のほとんどの人は獣人語を理解していないのです。
 私が聞いた事のない言葉を突然話し出したので、頭がおかしくなったとでも思っているのかもしれません。

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