死ねない死者は夜に生きる

霜月透子

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要はランコに会いたかった

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 思い出しても悔しさがこみあげてくる。思わず拳を握る。紙の折れる音がして、はっと我に返り、握りしめた手の力を緩めた。手の中の『ヒガン考』に絞ったようなしわがついている。

 そうか、と思い至る。
 蘭子がいたからだ。祖父には蘭子という理解者がいたから、ほかの誰にも理解されなくても強くいられたんだ。

 要もそうだった。祖父という理解者がいた頃は、ほかの人とは異なる光景を目にしているとわかってからも不安や疎外感を感じなかったのだ。幼かったために、多少周囲が理解できないことを口走ったとしても、子供の戯言だと思われて色眼鏡で見られずに済んでいた部分もあるだろう。実際、小学校では「霊感があるやつ」として同級生から一目置かれていた。だから隠すこともなかったのだが。

 中学では一転した周囲の反応を思い出して、要は下唇を噛んだ。強く噛みすぎたのか、口の中に鉄臭い血の味がじわりとにじみ出た。

 要の心に、祖父に対する新たな感情が生まれていた。羨望だ。
 僕もほしい。自分を残して逝ってしまうことのない理解者が。
 蘭子と親しくなりたい。
 自分の心と素直に向き合って出た答えは、今初めて生まれた感情ではないことにも気づいた。

 そうだ。僕はずっと蘭子に興味があった。今に始まったことではない。祖父の存命中から興味はあった。

 祖母や両親は、要が祖父のいる離れに近づくことを快く思っていなかった。それは幼いながらに要も感じていた。だが要は、まだ他人の感情を推し量れない子供のふりをして、無邪気なおじいちゃんっ子を演じていた。
 祖父のことは好きだったから、完全に演技というわけでもない。どちらかといえば、子供らしい演技をしていたというべきだろう。
 いずれにせよ、祖母も両親も、孫が祖父を慕うのを干渉することには迷いがあったとみえる。ただ、この家を訪れた際は、要が離れに入り浸るのを禁じられたことはなかったと思う。
 そうやって離れに出入りしていた際に、祖父から話を聞いていた。親しくしている死せる者がいるということを。

 とても信じられなかった。生ける者と変わらない知性がある者がいることも、祖父が死せる者と交流を持っていることも。
 要も自宅周辺の死せる者を見かけるのは珍しいことではなかった。けれども祖父の家の辺りの死せる者と遭遇することはなかったから、当然蘭子の姿を視る機会もなかった。死せる者は夜しか現れないのだから、当然のことだ。要の家はここから随分離れていて、たまに訪れても泊まったりはしなかったから。

 当時はまだ蘭子の姿を見たこともなかったにもかかわらず、要にとっても妙に気にかかる存在だった。蘭子は祖父と交流があるからとか、特別な死せる者だからとか、そういう理由だけではない。不思議なものだ。

 そしてその興味は、この半年ほどで更に強くなった。

 半年前といえば、要がこの家で暮らし始めた頃だ。
 要は中学一年の途中から学校には行っていない。霊感少年と揶揄されたのが不愉快で数日休んだら、どういうわけだか学校に向かおうとすると頭痛や腹痛を起こすようになり、行くに行けなくなった。気分転換にしばらくおばあちゃんちにでも行ってみたら、と両親に勧められて来たのだった。

 ここには知り合いもいないから気楽に外を歩くことができた。夜にそっと抜け出して、国道沿いのコンビニや浜辺に行くこともある。満月の夜ほどではないが、死せる者がちらほらと徘徊していた。
 死せる者は巻き肩で猫背、両腕は脱力して揺れている。腰を釣り上げられているかのような姿勢で、かつて服だったものの名残の布切れが体に引っかかったままという有り様だ。

 その中で、黒いミニドレスに身を包んだ少女は目を引いた。服装のせいだけではない。薄い肌の色、茶色の強い瞳、明るい茶色の髪、その容姿は、黒くフリルがふんだんについたワンピースドレスと相まって、西洋人形のようだった。

 ひと目でわかった。それが、蘭子なのだと。
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