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第七話 独占欲
豪華な屋敷の客間に、大きな体躯が静かに座った。
サイの獣人族──グラント。かつてアキラのオークションで血走った瞳を向けていた、あの脂ぎった巨躯である。
向かいには、銀灰色の髪を持つ狼の獣人ロウ。その傍らにはハロルドが立っていた。
「人間は元気にしているか?」
グラントの重低音の声が響く。
ロウは眉をひそめ、アキラのことを考えながら答えた。
「ええ、まあ」
「そうか、それは良かった。実は折り入って頼みごとがある」
ロウの目が鋭くなる。
「聞くだけ聞きましょう」
「あの人間を譲ってくれないか?」
「無理です」
「即答か」
グラントはクツクツ喉を鳴らして笑う。
「そもそもアキラは物ではありません。譲る譲らないの話ではありません。申し訳ないが話がそれだけなら帰っていただこう」
ロウの強気な態度にグラントは笑っていたが内心では気にくわなかった。
「ははは、面白いことを言うな。あの時の金額を覚えているか?手に入れられるなら、惜しくはないぞ」
ロウはゆっくりと体を前に乗り出す。目は鋭く、しかし怒りよりも決意が込められていた。
「申し訳ないが、お金には困っておりませんので。お引き取りを」
ハロルドは「出口はあちらです」と冷静に言った。
グラントの視線がチラリとハロルドに向けられるも、執事の落ち着いた態度は微動だにしない。
「ふん……人間を番にするなど聞いたこともない。前代未聞だ」
グラントは馬鹿にしたように大きく肩をすくめ、笑みを浮かべる。
ロウは無意識のうちに喉をグルルと鳴らしていた。
「どうかお引き取りを」
「これだけは覚えておけ。人間を欲する者は何も私だけじゃない」
「ハロルド、お客様のお帰りだ」
ロウの声にハロルドは来た時と同様に丁寧にグラントを出口まで案内した。
一人になったロウは歯をむき出しにして唸るのを止められなかった。
ようやく穏やかな日々を過ごせると思っていたのに。
──コンコン
「どうした」
扉の叩く音。ルシアだろうと思って振り返るとそこにはアキラがいた。
表情から察するに、アキラは今の話を聞いていたようだった。
「……ごめん、盗み聞きするつもりはなくて……たまたま部屋の前を通ったら聞こえちゃったんだ」
「そうか……大丈夫、アキラは何も心配することはない」
「ロウ……ずっと聞きたかったんだけど、この世界における人間ってどういう扱いなの……?」
何となく察しはついていたアキラだったが、こうして改めて聞くと居心地が悪かった。
「人間は珍しい。見世物にする者もいれば……調教してペットにする者もいる」
「っ……」
アキラの表情が険しくなる。あのグラントとかいう男に買われていたら、自分はどうなっていたんだろう。考えるとゾッとした。
自分の体を抱き締めるアキラを、ロウは優しく抱き寄せた。
「安心しろ、アキラには俺がついてるだろ?それに変装すれば街にだって出れる」
そうだ。一度イヌの耳がついたフードを被って出掛けたんだった。その時のことを思い出して、確かに皆気付かなかったなとアキラは思う。
「何も怖がることはないよ」
ロウの胸に額を預けたまま、アキラは小さく息を吐いた。
「……うん。でもさ」
「ん?」
「俺が原因で、ロウが狙われたりしない?」
「狙われるなら、とっくに狙われているさ」
アキラの顎に指をかけ、そっと顔を上げさせる。
「言ったろ?俺は強いんだ」
真っ直ぐな瞳。冗談も甘さもない、支配者の目だった。アキラはごくりと喉を鳴らす。
「……でもさ、俺も守られるだけってのは嫌なんだ」
「何?」
ロウが目を細める。
「だから屋敷内の雑用くらいはやらせてよ」
ロウは一瞬言葉を失い、それからふっと笑った。
「ああ、じゃあアキラには俺の部屋の掃除を頼もうかな」
「よし!それくらいなら俺にもできるぞ!」
「よろしく頼んだ」
「うん!」
無邪気に笑うアキラを見て、ロウは目を細めた。
この笑顔をずっと守りたい。
本当はこの屋敷から一歩も出したくない。誰の目にも触れさせたくない。けれど、閉じ込めて嫌われるのはもっと嫌だった。
ロウはどろどろとした醜い感情を隠すように微笑んだ。
第一章 終わり
サイの獣人族──グラント。かつてアキラのオークションで血走った瞳を向けていた、あの脂ぎった巨躯である。
向かいには、銀灰色の髪を持つ狼の獣人ロウ。その傍らにはハロルドが立っていた。
「人間は元気にしているか?」
グラントの重低音の声が響く。
ロウは眉をひそめ、アキラのことを考えながら答えた。
「ええ、まあ」
「そうか、それは良かった。実は折り入って頼みごとがある」
ロウの目が鋭くなる。
「聞くだけ聞きましょう」
「あの人間を譲ってくれないか?」
「無理です」
「即答か」
グラントはクツクツ喉を鳴らして笑う。
「そもそもアキラは物ではありません。譲る譲らないの話ではありません。申し訳ないが話がそれだけなら帰っていただこう」
ロウの強気な態度にグラントは笑っていたが内心では気にくわなかった。
「ははは、面白いことを言うな。あの時の金額を覚えているか?手に入れられるなら、惜しくはないぞ」
ロウはゆっくりと体を前に乗り出す。目は鋭く、しかし怒りよりも決意が込められていた。
「申し訳ないが、お金には困っておりませんので。お引き取りを」
ハロルドは「出口はあちらです」と冷静に言った。
グラントの視線がチラリとハロルドに向けられるも、執事の落ち着いた態度は微動だにしない。
「ふん……人間を番にするなど聞いたこともない。前代未聞だ」
グラントは馬鹿にしたように大きく肩をすくめ、笑みを浮かべる。
ロウは無意識のうちに喉をグルルと鳴らしていた。
「どうかお引き取りを」
「これだけは覚えておけ。人間を欲する者は何も私だけじゃない」
「ハロルド、お客様のお帰りだ」
ロウの声にハロルドは来た時と同様に丁寧にグラントを出口まで案内した。
一人になったロウは歯をむき出しにして唸るのを止められなかった。
ようやく穏やかな日々を過ごせると思っていたのに。
──コンコン
「どうした」
扉の叩く音。ルシアだろうと思って振り返るとそこにはアキラがいた。
表情から察するに、アキラは今の話を聞いていたようだった。
「……ごめん、盗み聞きするつもりはなくて……たまたま部屋の前を通ったら聞こえちゃったんだ」
「そうか……大丈夫、アキラは何も心配することはない」
「ロウ……ずっと聞きたかったんだけど、この世界における人間ってどういう扱いなの……?」
何となく察しはついていたアキラだったが、こうして改めて聞くと居心地が悪かった。
「人間は珍しい。見世物にする者もいれば……調教してペットにする者もいる」
「っ……」
アキラの表情が険しくなる。あのグラントとかいう男に買われていたら、自分はどうなっていたんだろう。考えるとゾッとした。
自分の体を抱き締めるアキラを、ロウは優しく抱き寄せた。
「安心しろ、アキラには俺がついてるだろ?それに変装すれば街にだって出れる」
そうだ。一度イヌの耳がついたフードを被って出掛けたんだった。その時のことを思い出して、確かに皆気付かなかったなとアキラは思う。
「何も怖がることはないよ」
ロウの胸に額を預けたまま、アキラは小さく息を吐いた。
「……うん。でもさ」
「ん?」
「俺が原因で、ロウが狙われたりしない?」
「狙われるなら、とっくに狙われているさ」
アキラの顎に指をかけ、そっと顔を上げさせる。
「言ったろ?俺は強いんだ」
真っ直ぐな瞳。冗談も甘さもない、支配者の目だった。アキラはごくりと喉を鳴らす。
「……でもさ、俺も守られるだけってのは嫌なんだ」
「何?」
ロウが目を細める。
「だから屋敷内の雑用くらいはやらせてよ」
ロウは一瞬言葉を失い、それからふっと笑った。
「ああ、じゃあアキラには俺の部屋の掃除を頼もうかな」
「よし!それくらいなら俺にもできるぞ!」
「よろしく頼んだ」
「うん!」
無邪気に笑うアキラを見て、ロウは目を細めた。
この笑顔をずっと守りたい。
本当はこの屋敷から一歩も出したくない。誰の目にも触れさせたくない。けれど、閉じ込めて嫌われるのはもっと嫌だった。
ロウはどろどろとした醜い感情を隠すように微笑んだ。
第一章 終わり
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