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夢
十四話
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教室内を見渡してみれぱ、今回の劇の主要人物達が既に台詞の読みあわせを始めていた。手直しがあるとはいえ大筋の流れは変わるという事もないだろうし、あそこに入ろうと思い、暁は改めて梓を振り返る。
「こうしていても仕方がないし台詞合わせしようよ、梓。梓は台詞覚えてきた?」
質問は何気ないものだったが、梓はそう捉えてはくれなかった。目を見張り、唇を強張らせる。ぴんと伸ばした背中の上で首がだらんと項垂れてしまい、さらさらの長い髪が顔にかかって表情が見えなくなる。
「当たり前、でしょ」
悪気はなかったが、やってしまった。梓の声は暗く陰鬱な色に支配されている。
「ああそうだ!とか……止めた方が良いわ、しか台詞が無いのに覚えられない訳ないじゃない。
暁みたいに、沢山台詞ないんだから……っ」
後半は殆ど唸るというより、叫びだしそうなのを抑えているような声音だ。梓とは半年以上の付き合いの暁だが、未だにこうなった梓の抑え方がわからないでいる。
「ごめん」
「ごめんって言うなら、言わないでよ……分かりきってることじゃん」
分かりきっている事だったかもしれないが、暁としては台詞合わせをしているグループに混ぜて貰う前に確認した方が良いかなという程度の、軽い気持ちでしかなかった。その軽さがいけないと言われたら、そうなのかもしれないが傷付けるつもりは毛頭無かったのに……被害者意識が強くないかと思うのは、暁の無神経なのだろうか。
二人の間に何とも言い難い微妙な沈黙が広がった。
はっきり言ってしまえば、梓は確かにモデルをしていたのも納得出来る美貌とスタイルを持ち合わせていた。高校生とは思えない迫力……人を惹き付けるオーラとでも言うべき独特の雰囲気がある。
だが役者としての梓はどうしようもなく才能が無かった。
友人である暁が欲目で見ても台詞を言う声に抑揚が無いとか言うより前に、完全に棒読みである。演劇部に入部して半年以上経つというのに上達する素振りもなく、これまで幾度となく雑誌に載り、プロのカメラマンにファインダー越しの視線を浴びていた人間とは思えない程に立ち姿から挙動、表情どれをとっても緊張でがちがちで、見ている方がはらはらしてしまう……どんなに言葉を尽くしてフォローしようとしても「下手くそ」としか言い様のない演技だった。
梓が傷付くのも頭では理解できる。自分と同じ時期に入部した2年生は勿論、今年入部したばかりの1年生より台詞も出番も少ない。圧倒的な美貌を持ちながら裏方にまわされる事だって少なくない。
拗ねたくもなるかもしれない。自分よりずっと良い役を貰った暁に嫌味を言いたくもなるのかも。
「暁は良いよね。何時も良い役貰えて」
「……は?」
負け惜しみの、なけなしの勝者への攻撃なのだろうが、かちんときて暁の口からは小さく、低い声がこぼれ落ちた。我慢が効かなかったのだ。
自分だって劣等感にずっと苛まれていた。演劇部では主役に一歩届かないしオーディションは落選続きだ。幼い頃から独学とはいえども演技の勉強を頑張ってきた。暁から見ればもう少し良い役くれても良いのに、と梓が拗ねる姿は我儘に思える。
どんなに言葉を尽くそうが、梓が下手なのは変わらない。悔しいならもう少し自主練なり副部長に教えを乞うなりすれば良いのに。
「あ、尾根来てんじゃん、おーい!」
一触即発といった空気で固まっていた自分達を助けてくれたのは、先に台詞合わせをしていた部活仲間達だった。
陽気で明るい男子の声のお陰で暁は我に返った。危ない、梓は元々落ち込みやすく気が小さいのだ。今自分が梓に向ける負の感情を全くの遠慮無しにストレートに伝えてしまうところだった。そんな事をしてしまえば、梓は今以上に傷付くし、暁自身も罪悪感から落ち込むのが目に見えていた。
「えっ、なに、なにっ?」
「何じゃないだろー。今お前いないからそこだけ台詞飛ばしながら読みあわせしてたんだって!いるなら入ってよ」
「そうだね!ごめんね!?梓、梓もいこっ?」
「……うん」
山吹の存在を引きずっていても仕方がないし、自分達がどうしようもない劇の配役について喧嘩しても、どうにもならないどころか部活の輪を乱すだけだ。
慌てて男子に返事して、梓に一緒に行こうと呼び掛ける。梓も梓で、自分が言った事が少なからず暁の気持ちを害したというのは理解したのか、気まずそうにだが付いてくる。少し強張った笑顔かもしれないが、暁もこの事は忘れようと明るく彼等の中に混じって行った。
「こうしていても仕方がないし台詞合わせしようよ、梓。梓は台詞覚えてきた?」
質問は何気ないものだったが、梓はそう捉えてはくれなかった。目を見張り、唇を強張らせる。ぴんと伸ばした背中の上で首がだらんと項垂れてしまい、さらさらの長い髪が顔にかかって表情が見えなくなる。
「当たり前、でしょ」
悪気はなかったが、やってしまった。梓の声は暗く陰鬱な色に支配されている。
「ああそうだ!とか……止めた方が良いわ、しか台詞が無いのに覚えられない訳ないじゃない。
暁みたいに、沢山台詞ないんだから……っ」
後半は殆ど唸るというより、叫びだしそうなのを抑えているような声音だ。梓とは半年以上の付き合いの暁だが、未だにこうなった梓の抑え方がわからないでいる。
「ごめん」
「ごめんって言うなら、言わないでよ……分かりきってることじゃん」
分かりきっている事だったかもしれないが、暁としては台詞合わせをしているグループに混ぜて貰う前に確認した方が良いかなという程度の、軽い気持ちでしかなかった。その軽さがいけないと言われたら、そうなのかもしれないが傷付けるつもりは毛頭無かったのに……被害者意識が強くないかと思うのは、暁の無神経なのだろうか。
二人の間に何とも言い難い微妙な沈黙が広がった。
はっきり言ってしまえば、梓は確かにモデルをしていたのも納得出来る美貌とスタイルを持ち合わせていた。高校生とは思えない迫力……人を惹き付けるオーラとでも言うべき独特の雰囲気がある。
だが役者としての梓はどうしようもなく才能が無かった。
友人である暁が欲目で見ても台詞を言う声に抑揚が無いとか言うより前に、完全に棒読みである。演劇部に入部して半年以上経つというのに上達する素振りもなく、これまで幾度となく雑誌に載り、プロのカメラマンにファインダー越しの視線を浴びていた人間とは思えない程に立ち姿から挙動、表情どれをとっても緊張でがちがちで、見ている方がはらはらしてしまう……どんなに言葉を尽くしてフォローしようとしても「下手くそ」としか言い様のない演技だった。
梓が傷付くのも頭では理解できる。自分と同じ時期に入部した2年生は勿論、今年入部したばかりの1年生より台詞も出番も少ない。圧倒的な美貌を持ちながら裏方にまわされる事だって少なくない。
拗ねたくもなるかもしれない。自分よりずっと良い役を貰った暁に嫌味を言いたくもなるのかも。
「暁は良いよね。何時も良い役貰えて」
「……は?」
負け惜しみの、なけなしの勝者への攻撃なのだろうが、かちんときて暁の口からは小さく、低い声がこぼれ落ちた。我慢が効かなかったのだ。
自分だって劣等感にずっと苛まれていた。演劇部では主役に一歩届かないしオーディションは落選続きだ。幼い頃から独学とはいえども演技の勉強を頑張ってきた。暁から見ればもう少し良い役くれても良いのに、と梓が拗ねる姿は我儘に思える。
どんなに言葉を尽くそうが、梓が下手なのは変わらない。悔しいならもう少し自主練なり副部長に教えを乞うなりすれば良いのに。
「あ、尾根来てんじゃん、おーい!」
一触即発といった空気で固まっていた自分達を助けてくれたのは、先に台詞合わせをしていた部活仲間達だった。
陽気で明るい男子の声のお陰で暁は我に返った。危ない、梓は元々落ち込みやすく気が小さいのだ。今自分が梓に向ける負の感情を全くの遠慮無しにストレートに伝えてしまうところだった。そんな事をしてしまえば、梓は今以上に傷付くし、暁自身も罪悪感から落ち込むのが目に見えていた。
「えっ、なに、なにっ?」
「何じゃないだろー。今お前いないからそこだけ台詞飛ばしながら読みあわせしてたんだって!いるなら入ってよ」
「そうだね!ごめんね!?梓、梓もいこっ?」
「……うん」
山吹の存在を引きずっていても仕方がないし、自分達がどうしようもない劇の配役について喧嘩しても、どうにもならないどころか部活の輪を乱すだけだ。
慌てて男子に返事して、梓に一緒に行こうと呼び掛ける。梓も梓で、自分が言った事が少なからず暁の気持ちを害したというのは理解したのか、気まずそうにだが付いてくる。少し強張った笑顔かもしれないが、暁もこの事は忘れようと明るく彼等の中に混じって行った。
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