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監禁前夜

序章・求めるモノ

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「んぁっ、あ、あぁっ」

 軋むベッドに合わせ、喉の奥からあられもない嬌声が漏れる。太く長い男性器が挿入された秘部からはとろとろと愛液が流れ出し、じゅぶじゅぶ泡を立てていた。逢音アイネの細い腰を掴む男の手にひときわ強く力が篭る。快楽に溶けていた思考が一瞬にして現実へと引き戻された。

「あッ、だめ、出すなぁ…っ」
「プラス料金、ちゃんとっ、払うからッ」
「や、ぁ、やらぁっ、だめぇ! あ、あぁぁっ~~~~!!!!」

 ガンッともゴンッとも聞き分けがつかぬ鈍い音がした。腰も胴も密着させ、深々と楔を挿しこんで男は欲を吐き出す。その間もアイネの腰を男の方へ引き寄せる指の力は緩むことがない。逃げ場も無くどぷどぷ注がれる精液と体の最奥を叩きつける一撃にアイネもまた身体を逸らし絶頂していた。視界にはチカチカ星が舞って、内壁も四肢もどこもかしこも痙攣する。口からは意味をなさない音と唾液がとめどなく流れた。

「……ぁ、ぁぁ…はぁ……んっ、…」
「はぁ、は、……やべー、やっぱ気持ちーわ」
「…んぁっ、も、急に抜くな…。…………あーあ、こんなに出して…」

 男が抜けたそこからドロリと白濁が垂れた。それをわざと見せつけるようにアイネは淫靡に笑みながら足を広げてみせる。そそくさとベッドを離れ、衣服を身に付けて帰り支度を始めようとしていた男の手が止まった。手だけではない。視線も先ほどまで自身が納まっていたあの白に濡れた場所に釘付けだ。

――犯シタイ
 
 ゴクリ、自然と湧き出た欲求に生唾を飲み込む。ベッドへと戻ろうとする足をどうにか諫め、男は渇いた笑いを浮かべ声を震わせた。

「だ、…だーめだって、俺もう帰らねぇと…」
「なんで? もっとシたいって顔に書いてるけど?」
「明日、彼女の誕生日なんだよ」
「ふーん。……オレのこと抱きたいってぇ思いながら抱くんだ」

 男の肩が僅かに跳ねたのをアイネは見逃さなかった。男の視線がいまだに自身を見ていることを確認すると、ベッドの上に投げ出していた自身の右手を秘部につぷりと挿入する。そして、自身を高め愛撫するように、あるいは男の精液を掻きだす様を見せつけるように自慰を始めた。
 くちゅくちゅと音を立てアイネは腰を揺らめかせる。アイネの指がナカを刺激する度、甘く掠れた声が上がる。アイネの指が欲を外へ掻きだす度、ぬちゃぬちゃ淫らな音がする。そんなものを見せられて、そのまま帰れるほど理性が強固な男では無かった。

「くそっ、商売上手め……」
「あは…オレから誘ったし、二回目はちょっとだけ料金サービスしてやるよ」
「もっかいナカ出させろよ。追加分もちゃんと払ってやるから」
「払うものちゃんと払ってくれんなら……いっぱい出していいよ」

 吐息混じりの掠れた声で男を誘う。まんまと罠にかかった男はシャツを放り捨て裸体を晒した。大股かつ急ぎ足でベッドに舞い戻ってきた男に口付けながら、アイネは心中で冷ややかに笑った。

(…………ほんと、人間ってクソだな)

 彼女が居るのに金を払ってまでアイネを抱く男。肉欲に脳も神経も支配された愚か者。そんなものを見たのはこれが初めてでは無かった。この『シゴト』を始めてから何度も見てきた。娘の誕生日なんだと嬉しそうに笑いながら自身を犯す中年、子宮があっても男なんだから乱暴でいいよな? なんて理屈で前戯も無く挿れてくる先輩、子どもが出来ても認知はしないと宣言しながら女性器への中出ししかしない常連。散々、汚らわしいものを見てきた。

 それでも、この『シゴト』を辞められないのは偏に自身の弱さなのだろう。客に買われ抱かれている時にだけ感じる安堵や幸福感、それらが嫌でもアイネの中に潜む「愛されたい」という欲望を認識させた。
 同時に、この行いの虚しさに幾度も心が引き攣れる。彼らが欲しいのはこの身体であって自分自身アイネでは無いのだと。知性の無い軽率な支配欲だけでナカに出してくるような奴らが愛してくれる訳がないと。ましてや、恋人でもない、愛の欠片も無いような行為をしてくる男たちに抱かれて安堵しているのはオカシイと。冷静で知的な内なる声が冷めたことを言う。

「んあぅ、あ、あぁっ、…イイッ、もっと、もっと突いてぇ…っ」

 だとしても、そうだったとしても、

「いっぱい出してぇ…っ」

 いっぱい愛してほしいのだ。
 胎の底まで、満たすほど。
 溢れるほどの空っぽな情欲でいいから……――満たして


 
 そして今日も客が帰った後のホテルの一室で、アイネはアフターピルをビタミン剤が如く口へ放り込む。枯れた喉にミネラルウォーターがひたひたと沁みていった。こくんと水と薬を飲み込んでから、ようやくはーっと少し深めの溜息が漏れた。情事の最中は止めどない愛への渇望と客を煽り金を貪るためにも「ナカに欲しい」と喘いでしまうが、アイネとしてもそんな無責任な理由で子を孕みたくはない。回避できるのならしたいし、男であるという矜持からも妊娠はしたくない。
 だから、客との利害が一致していることにアイネは心から安堵していた。客はアイネを孕ませたくないらしい。いや、中には本気で孕ませようとしている者も居るのかもしれないが。少なくとも、この薬は常連客のコネで得ているものだ。アフターピルは本来市販されていない。「妊娠させたくない。でもナカには出したい」、そんな小汚い欲の果てに客の一人が手渡した命綱常備薬だった。

「……なんで、オレ…こんななんだろ…」

 乱れたままのベッドに横たわり、腹に手を添える。今は内臓しか入っていないそこは当然ながらなだらかだった。育てるモノはいまだ無い。

 寝転んだまま首を僅かに持ち上げ、身体を見下ろした。見えた景色はベッドの向かいにあるテーブルとソファ、そして体には男が残した情事の名残と足と……今は綺麗になった自身の男性器。ついさっきまで白濁やら潮やらを吐き出していたそこは、もうすっかり綺麗になって何食わぬ顔でそこにある。男の証、男の象徴、自身は男であるという……唯一の証明。
 だが、その男性器の奥に隠されたものが「アイネは男である」という至極当然な筈の事実を粉々にした。本来はある筈がないものが、アイネを男にしてくれなくなった。成長し本来あるべき姿までそこが成長すると、父は自身の子どもをベッドに押し付けた。「この人から見て、自分は男では無いのだ」。そう認識するのに時間はかからなかった。

「……んっ、ふ…」

 誰も居なくなった部屋の中。毒々しいまでに色付いた華美なベッドの上でアイネは自身を慰めた。片手は男性器を緩く握り、もう片方の手はその奥の女性器を柔く撫でる。快楽の余韻が沸々とよみがえり、尾を引いて、敏感になった身体をじわじわと追い詰めていく。清潔さを取り戻していた筈の花唇がまた蜜をたらし始めた。くちゅくちゅ、むちゅむちゅ水音が淫らな演奏を始める。それに合わせ、口からも蕩けた喘ぎが上がった。
 表皮を擽るだけだった筈の指はいつしかナカに沈み、自分の知る気持ちいいいところを何度も押す。そして、同時に親指で女性器に付いた粒を刺激した。頭が真っ白になり、意思とは関係なく体が悶える。女性器を愛撫する手の動きが大きくなるたびに、アイネはどうしようもない悦楽とどうしようもない絶望を痛感した。

「あ、ああっ、あ、いく、イ、っ~~~~」

 体が跳ねた。ビクンと一際大きく身体は飛んで、視界はホワイトアウトする。息も絶え絶えに秘部から手を抜いて、どろどろになった指をぼんやりと見つめた。室内の灯りに照らされ、ピンク色にテラテラと光る様はとても卑猥だ。

(…………また、こっちでイった…)

 何度も射精した影響で精液らしくない液体と成り果てたものをシーツで拭い、濡れた手もついでに拭く。愛液で汚れた下肢も拭って、また涙が滲んだ。自慰をするといつも泣きたくなる。確かに性欲は発散できるがそれ以上に悔しくて堪らない。

 いつの頃からか、アイネは自慰をする時に無意識に女性器で気持ち良くなっていることに気付いてしまった。男性器を慰めるよりも、そちらを愛撫した方が気持ち良くて頭がすぐ真っ白になる。手は自ずと奥へと入り込み、知らぬ間に快楽を享受する。女のように足の間に手を入れて、女のように喘ぎ乱れて……。その事に気付いて、傷付いて、それでも一番気持ちいい方法を知ってしまった身体は無意識に奥を求めた。

 だから、余計にアイネは孕みたくなかった。
 もうこれ以上、女のようにはなりたくない。
 もうこれ以上、男で居れなくなりたくない。
 けれど、――


「…………あいして」


 愛される方法がセックスこれしか分からなかった。
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