君と僕の妊娠計画

白亜依炉

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君と僕の妊娠計画③

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「まぁ、俺たちはそんな感じ。……ところでさ、」
「はい」

 話が一区切りつくと、先輩はニッと笑みを深くして僕を見た。キラキラと蛍光灯を反射する目に見つめられて、不思議と嫌な予感が噴き出してくる。おもわず逸らしたくなった視線をぐっとこらえた。
 ……なんでだろう、すーごく嫌な予感がする……。

「そっちは相変わらずらしいね、凪くん。優弥、言ってたよ? 『アピールしてンのにアイツ全然ノってこねー』……って」
「……あ、はは……まぁ、ちょっと……」

 引き攣った笑顔を貼り付けて、頭に浮かんだ褪せた黄色に恨み言を叩きつける。優弥めぇ……先輩に余計なことをぉぉ……。全然ノってこないんじゃなくて、思慮深い人でありたいだけだって知ってるくせに~~!!!

 先輩の言う『優弥』とは、先輩の弟のことであり僕の恋人だ。

 頭は色素を抜いた髪に金を流し込んで綺麗なクリーム色にさせて、顔にはいつもどこかしらにガーゼや絆創膏を貼っている。瞳自体は大きい方だろうに目付きは鋭くて喧嘩っぱやい。売られた喧嘩は絶対買うし、その分よく怪我もする。お察しの通り、いわゆる不良ってやつだ。
 ただし、これらの説明は僕と付き合う前の話。今はちがう。喧嘩よりも好きなものを見つけた彼は、現在そんな粗暴なことからは遠くかけ離れた平穏ライフを送っている。……喧嘩よりも好きなものが何か? それを僕に言わせるのは、ちょっとばかり意地悪が過ぎるので黙秘させてほしい。自惚れが過ぎるけど。

 代わりに、番についてちょっとだけ。
 番とは、αとΩ間で行われる人生で一度しか契れない一生ものの契約のことだ。通常、この契りを交わした後に子供をもうけることが多い。結婚に近い儀式なのかも。
 実際はα側からは解消しようと思えば出来るものらしい。けど、それはαだけ。契りを受けたΩは一生それに縛られる。だから、番を作ることは軽率にしていいことじゃない。「番は人生で一度だけの契約」と古くから言われ続けている由縁だ。
 重くて、少し理不尽で、だからこそ明確な証。それが番。

 優弥は僕の恋人、そして番の契りを交わした相手だ。番になるにはいくつか手順があって、大まかに言うとαが相手の項を強く噛むことで契りになって番になれる。厳密にはちょっと違うんだけどね。うん、まぁ、僕にも羞恥心というものはあるということでそこは許してほしい。

「あんなにやんちゃで手を焼いてた子猫を番にまでしたのに。可愛がってあげないとは何事かね~?」
「茶化さないでくださいよ、人聞き悪いなぁ……。可愛がってはいますよ。だからこそっていうか……」
「ふふ、まぁそんなことだろうとは思ってたよ」

 先輩は大きく育ったお腹をまた一つ優しく撫でる。撫でられているのはお腹であって僕じゃないのに、まるで頭を撫でてもらっているような気分になった。彼と同じ血が流れているのだと分かる笑みを見せながら、先輩は「アイツはあれで寂しがり屋だからねぇ」と優弥をからかう。

「分かってますよ。だから、その、僕としてもそろそろちゃんと決めてやりたいとは思ってて……」
「どうせ考えるなら『ベビーカーは何がいいか』とか『子ども服はどんなのがいいか』とかにしなよ。その方が楽しいよ」
「それは……たしかに……」
「だって、本当はもう決まってるんでしょ? 躊躇ってるだけで」

 僕の心を見透かすような言葉に心臓が大きく跳ねた。否定の言葉も、肯定の言葉もすぐには出てこない。されど、それが一番の肯定になるだろう。たしかに僕の心は決まっていて、それでいて躊躇っている。「僕なんかが……」、そう呟く声が内側から聞こえてくる。
 そんなわけで、僕は彼の気持ちを素直に受け取れずにいる。優弥の気持ちは知っているのに行動には起こせない。ヘタレ、そう呼ばれても仕方ないとは自分で思う。

「きみたちのことだから深入りはしないけど、今思ってることくらいはちゃんと言葉にしてやりなよ」

――でないと、誤解なんて一瞬で広がるよ。

 小さく呟かれた言葉が耳に残る。「それは経験談ですか?」と踏み込みたくなる気持ちを抑えて、僕は頭を一度下げてから元の席に戻って残りの仕事を片付け始めた。
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