百夜の秘書

No.26

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一縷の記憶

二、

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「人質……?」
「そうだ。お前はあの旅館で重宝されている秘書だと聞いた。そのお前が人質になったと知れば、社長の天藍は金を出してでも取り返したいはずだろう?」
「……そ、そんなこと……!」
 蝶は目を見開く。
 旦那様のお金は、彼だけのものではなく、旅館の大切な財産なのに……!
「もし社長が見限るようだったら、そのときはそのときでお前の扱いは考える。とにかく、その部屋でじっとしていろ」
 それだけ言われ、ドア越しに彼らが去っていく音が聞こえた。
「…………」
 蝶は改めて部屋を見渡す。
 部屋にはベッドと小さなテーブル、水差ししか物はない。
 窓に近寄って調べるが、開くことができそうになかった。
 そもそも割って外に出たとしても、かなり階が高く、落ちたら間違いなく死んでしまうだろう。
 窓の外に広がる景色は、今まで見たことがない山々が連なっていた。かなり旅館から離れた場所に連れてこられたらしい。
 蝶は諦めて、ベッドの上に戻った。
「……旦那様……」
 一体、自分に対してどれくらいの金額が請求されているのだろう。
 そもそも、天藍は自分に金を払う価値があると判断するのか?
 自分はただ、見た目が好みという理由で旅館に置かれている。自分のような見た目の男なんて……代わりなんて、探せば他にいくらでもいるだろう。
「………………」
 しかし、こんなときだと言うのに、蝶はある別の欲求も感じ始めていた。
 蝶はベッドに座り直し、ただ窓の外を見た。



 そこからしばらく時が過ぎ、日の位置が少し高くなり、蝶がいつも起床している時間になる。
 そして蝶はついに、一つの欲求をもう無視できなくなっていた。
(……お手洗いに行きたい……)
 蝶は仰向けに寝たまま、立てた太ももをピッタリと閉じ、両手で股を抑えていた。
 寝る前の御手洗いへ行く直前に男に眠らされ、ここへ攫われてきてしまった。そして今は、起床後の御手洗いへ行く時間。
 つまりいつもなら、昨夜から朝までのこの約八時間で二度お手洗いへ行けていたはずなのだが、その排泄を一度もすることができていない。そうして、その溜まった液体は蝶の膀胱をパンパンに膨らませていた。
 それに、今はいつも天藍につけられる貞操帯をつけておらず、それが逆に蝶の尿意を加速させていた。
「っ……」
 蝶は体勢を変え、ベッドの上にに丸くなる。うっかり漏らしてしまわないように、両手で前を強く抑え、布団に顔を埋めた。
 不意に、膀胱がきゅうっと収縮して、中の液体が外に出そうになる。蝶は急いで出口を強く抑えて、なんとかお腹の中に留めた。
「…ッ」
 けれど、下腹はもうこれ以上液体を抱えられないほどぱんぱんに張り詰めていて、鈍い痛みを感じるほどだった。必死に閉ざしている出口の括約筋もズキズキ痛い。
(ここで出したらだめ…っ…)
 誰も見ていないのをいいことに、蝶は強い尿意をごまかすため、モジモジと体勢を変える。

 それを何度も繰り返し。
 そうして、さらに三十分が経過した。

 蝶は枕に、熱くなった顔を押し付けた。
(っ…もう、だめ…っ!)
 一瞬傾いた思考に、緩んだ出口。
 じゅわ、と途端に下着の中が熱くなった。
「っ……!!」
 蝶ははっと理性を取り戻し、これ以上出ないようにぎゅうっと前を強く抑える。
 けれど、またすぐにじわりと、熱い液体がほんの数滴漏れ出す。
(もう……我慢できない……!)
 蝶は限界を感じ、ベッドから起き上がる。
 そして前を抑えたまま、部屋のドアをドンドンドンと強く叩いた。
「あの、すみません! 誰かいませんか!」
「……なんだ?」
 すると、ドアの向こうで、先程と同じ男の声がした。
 蝶はひとまずほっとしてから、
「お手洗いに行きたいので、部屋を出してもらえませんか?」
「悪いが、絶対に部屋から出すなと言われている。上の者が帰ってくるまで我慢しろ」
 そう言葉が返ってきて、蝶は狼狽える。
「そ……そんなこと言ったって……」
 もう立っているだけでも漏らしてしまいそうで、ずっと前を抑えているのに。これ以上我慢できる余裕はなかった。
「絶対逃げませんから、お手洗いだけ行かせてください!本当に……私……も、漏らしてしまいます……!」
 蝶は恥ずかしさで耳まで赤くなりながら、ドアの向こうに必死にそう訴える。
「……はぁ。しょうがないな、少し待っていろ」
 そう男のため息と返答が聞こえた数秒後、ドアが少し開き、ぬっと男の手が出てきて、何かを蝶に渡した。
 それは酒を飲むときに使うような、ガラス製の大きい杯だった。
「これにでもすればいい」
「っ……こ、こんな……」
 人権を無視したような扱いに、蝶は頭がかっとなる。
 しかし、もう我慢はできなかった。
 蝶は屈辱に耐えて、「ありがとうございます」と答え、杯を受け取る。すぐに男はドアを閉め、また鍵をかけた。
 蝶は急いで部屋の隅に移動し、盃を置いた。
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