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どしたん?話聞こか?
02
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「うわああああん、先生ぇぇぇ!!」
そうして、見知らぬ男ーー戸成一芽(となりはじめ)を家に入れて、五分後。
俺は、彼に泣きつかれていた。
話を聞くと、戸成は俺の二つ下の二十二歳で、隣人・浜崎さんの元同じ職場の人間だった。
戸成は浜崎さんにささやかな片想いをしていたが、先週浜崎さんが突然仕事を辞め、そのまま音信不通。
話を聞きに、勇気を出して家まで来たという。
「前々から浜崎さんが夢を叶えたいって話は聞いてたけど……まさか本当にパティシエになるために今の仕事をやめて海外へ行くなんて……しくしく……」
「はあ……」
戸成は泣きながら、浜崎さんが俺にくれたデパ地下の高級クッキーを食べ続けている。
俺は適当に相槌を打ちながら、さっき自分で淹れたコーヒーを飲み切って、そして言った。
「戸成、話はわかった。勝手に自分で解決してくれ」
「ええ! 先生、オレの話聞いてくれるんじゃないの?!」
「もう十分聞いただろ……。それにお前は俺の生徒じゃない」
という言い訳はでっち上げで、こいつは明らかに女が好きみたいだし脈がないと思ったから、もう帰ってもらうことにした。我ながら酷い奴だと思う。
「うう、冷たい……その通りだけど……」
戸成はしぶしぶ納得したようで、涙を拭い、そして顔を上げた。
「けど、だいぶスッキリした。聞いてくれてありがと」
それは、初めて見る戸成の笑顔だった。
その笑みはあまりにも綺麗で、下心満載で家に入れたことが申し訳なくなった。
玄関で靴を履く彼に尋ねた。
「帰り、どうやって帰るんだ?」
「まだ電車あるから、それで帰るよ。だから心配なーー」
そう言ってドアを開けた途端、凍てつくような強い風が室内に入ってきた。
「げ……」
「吹雪いてるな……」
そういえば、夜は天気が荒れるとか言ってたような……。
狼狽える彼の背中はしょぼんとしていて、まるで捨てられた子犬のように健気に見えた。
俺が下心で彼を足止めをしなければ、吹雪に遭わず帰られたかもしれないのに。自分に責任を感じ、俺はその背中に声をかけた。
「……天気が収まるまで、うちにいるか?」
「えっ、いいの?」
戸成はすぐにくるりと振り向き、嬉しそうに俺を見上げる。
「良いよ、どうせ一人で暇だし……なんか飲むか?」
そう言って、今度はただの善意で、彼を部屋に迎え入れた。
「声をかけてくれたのが先生で、本当によかった~!」
「先生ってもう呼ぶな。仕事のこと思い出したくないから」
仕事用の眼鏡を外し、二本目の缶ビールを開けながら、俺は戸成にそう言った。
さっき俺が買ってきたスーパーの割引シールがついた刺身を二人でわけて、冷食のチャーハンを溶かして晩飯にした。
戸成とは初対面のはずなのに、何故だか話の波長が合いすぐに打ち解けた。
「俺は、真中。真中征一」
「せいいち! せーちゃんって呼んでいい?」
「ふっ……まあ、いいよそれで」
あだ名で呼ばれるなんて久しぶりだ。俺はまたビールを煽った。
戸成も結構酔いが回ってきているらしい。俺の横でけらけら笑いながら、
「てかさ、せーちゃんって眼鏡外すとめちゃくちゃイケメンだよね。すごいモテそう!」
しかし俺は酒が入ると、口がかなりゆるくなる。
それに、やっぱり戸成はかなり俺の好みで、その笑った顔も声も可愛くて、つい口を滑らせてしまった。
「口説いてんのか? あんま可愛いこと言うな。襲うぞ」
俺の言葉に、戸成は固まった。
「え」
「……わ、悪い、冗談だよ。ごめん」
そう誤魔化して、目を逸らして刺身を食べる。
流石に引かれたか……と内心気まずい思いでいると、戸成はぽつりと横でこう言った。
「……せーちゃんってさ、本当にオレのこと知らないんだよね?」
「……どういう意味だ?」
視線を戻すと、戸成は不思議そうに俺を見ていた。
「そのままの意味だよ。見覚えもない?」
「ないけど……俺、戸成とどっかで会ったことあったか?」
「……ううん」
戸成は首を横に振る。その顔は、なんとなく嬉しそうだった。
「それよりさ、晩ご飯、野菜食べないの?」
「野菜?」
「このままだと栄養バランスが悪いよ」
栄養バランス。そんなこと、普段あんまり気にしたことはなかった。
いつも食べたいものを食べているけど、特に健康診断は問題なかったし。戸成はこの派手な見た目で意外にも健康志向らしい。
冷蔵庫の中には今、麦茶とヨーグルトとしかない。野菜なんて……ああ、そうだ。
「そういえば、実家から送られてきた玉ねぎならあるけど」
俺がほとんど自炊をしないことを知って、日持ちするからと毎回母さんが仕送りでくれるその野菜の存在を思い出す。
一芽は嬉しそうにぱちんと手を合わせた。
「いいじゃん、それ食べよう! ちょっと台所借りてもいい?」
「いいけど……俺の家、調理器具ほとんどないぞ」
「そうなの? じゃあ、レンジ借りるね」
初対面の人間の台所を使おうとする戸成は、多分かなり酔ってテンションが上がっているのだと思う。
けれど特に触られて困るものもないし、見慣れた1Kで異質な彼が手際よく料理をする様子をぼんやり見ていた。
そうして彼は、あっという間に電子レンジで玉ねぎのスープを作ってきた。
飴色になった玉ねぎが、お椀の中で美味しそうに湯気を立てている。
一口食べると、口の中に優しい味が広がった。炒飯と刺身にあわせてか、和風の味付けがされている。
「う、うまい……」
「本当? よかった!」
スープを口に運ぶ俺を見て、戸成は嬉しそうに笑った。
「本当だよ。いつもコンビニ弁当ばっかりだったから……手作りもたまにはいいな」
しみじみとそう感想をこぼすと、戸成はニコニコ笑みを浮かべ、
「オレ、レストランでバイトしてるんだ。こんなのならすぐ作れるよ」
「へえ、そうなのか」
一度聞き流したが、ふと戸成の発言に出てきた単語がひっかかった。
「……ん? バイトってことは、他に何かしてるのか?」
「あー、えっと……あはは」
「?」
けれど笑って誤魔化されたので、聞かれたくないのかと思って、あまり触れないことにした。
「外、雪止んできたみたい。終電も近いし、そろそろ帰ろうかな」
そうして、俺の職場の手のかかる生徒の話とか、戸成の店のおかしな常連客とか、最近読んでる漫画とか、他愛ない話を重ねた深夜。
窓の外を見ると、さっきまでの猛吹雪は止んでいた。
戸成は一つ背伸びをして、冬に似つかわしくない眩しい笑顔を見せた。
「今日は本当に楽しかったー! せーちゃんありがとう」
「俺も。最近は仕事が忙しくて友達と騒ぐ機会もなかったから、今日は楽しかったよ」
「あはは、初対面なのに、不思議だね」
そう言って、お互いに笑い合う。
俺はふと思いついて、カバンから携帯を取り出した。
「そうだ、連絡先交換しないか?」
「するする!」
俺の提案に、戸成はすぐにポケットからスマホを取り出す。
二次元コードを読み込んで、ディスプレイに映った名前を見た。
「『メジ』? ああ、ハジメをもじったのか」
「あ、うん。そんなかんじ」
戸成は慌ててそう言ってスマホをしまい、マフラーを巻きはじめる。
「……あのさ」
「ん?」
まだ酔いの覚めない頭で、その様子をぼんやりと見ていたら、戸成は伏せ目がちにこう呟いた。
「オレ……せーちゃんになら、別に襲われてもよかったよ」
「…………え?」
その言葉に、戸成の顔をはっきりと見た。
戸成は俺の視線に気づいて、誤魔化すように笑った。
「あはは、なんて……」
「……今日、泊まってくか?」
俺がそう言って腕を掴むと、戸成はその場で動きを止める。
そして、顔を赤らめて小さく頷いた。
……まあ、つまり。
大人しく家に入った側も、それなりに下心はあったってわけだ。
そうして、見知らぬ男ーー戸成一芽(となりはじめ)を家に入れて、五分後。
俺は、彼に泣きつかれていた。
話を聞くと、戸成は俺の二つ下の二十二歳で、隣人・浜崎さんの元同じ職場の人間だった。
戸成は浜崎さんにささやかな片想いをしていたが、先週浜崎さんが突然仕事を辞め、そのまま音信不通。
話を聞きに、勇気を出して家まで来たという。
「前々から浜崎さんが夢を叶えたいって話は聞いてたけど……まさか本当にパティシエになるために今の仕事をやめて海外へ行くなんて……しくしく……」
「はあ……」
戸成は泣きながら、浜崎さんが俺にくれたデパ地下の高級クッキーを食べ続けている。
俺は適当に相槌を打ちながら、さっき自分で淹れたコーヒーを飲み切って、そして言った。
「戸成、話はわかった。勝手に自分で解決してくれ」
「ええ! 先生、オレの話聞いてくれるんじゃないの?!」
「もう十分聞いただろ……。それにお前は俺の生徒じゃない」
という言い訳はでっち上げで、こいつは明らかに女が好きみたいだし脈がないと思ったから、もう帰ってもらうことにした。我ながら酷い奴だと思う。
「うう、冷たい……その通りだけど……」
戸成はしぶしぶ納得したようで、涙を拭い、そして顔を上げた。
「けど、だいぶスッキリした。聞いてくれてありがと」
それは、初めて見る戸成の笑顔だった。
その笑みはあまりにも綺麗で、下心満載で家に入れたことが申し訳なくなった。
玄関で靴を履く彼に尋ねた。
「帰り、どうやって帰るんだ?」
「まだ電車あるから、それで帰るよ。だから心配なーー」
そう言ってドアを開けた途端、凍てつくような強い風が室内に入ってきた。
「げ……」
「吹雪いてるな……」
そういえば、夜は天気が荒れるとか言ってたような……。
狼狽える彼の背中はしょぼんとしていて、まるで捨てられた子犬のように健気に見えた。
俺が下心で彼を足止めをしなければ、吹雪に遭わず帰られたかもしれないのに。自分に責任を感じ、俺はその背中に声をかけた。
「……天気が収まるまで、うちにいるか?」
「えっ、いいの?」
戸成はすぐにくるりと振り向き、嬉しそうに俺を見上げる。
「良いよ、どうせ一人で暇だし……なんか飲むか?」
そう言って、今度はただの善意で、彼を部屋に迎え入れた。
「声をかけてくれたのが先生で、本当によかった~!」
「先生ってもう呼ぶな。仕事のこと思い出したくないから」
仕事用の眼鏡を外し、二本目の缶ビールを開けながら、俺は戸成にそう言った。
さっき俺が買ってきたスーパーの割引シールがついた刺身を二人でわけて、冷食のチャーハンを溶かして晩飯にした。
戸成とは初対面のはずなのに、何故だか話の波長が合いすぐに打ち解けた。
「俺は、真中。真中征一」
「せいいち! せーちゃんって呼んでいい?」
「ふっ……まあ、いいよそれで」
あだ名で呼ばれるなんて久しぶりだ。俺はまたビールを煽った。
戸成も結構酔いが回ってきているらしい。俺の横でけらけら笑いながら、
「てかさ、せーちゃんって眼鏡外すとめちゃくちゃイケメンだよね。すごいモテそう!」
しかし俺は酒が入ると、口がかなりゆるくなる。
それに、やっぱり戸成はかなり俺の好みで、その笑った顔も声も可愛くて、つい口を滑らせてしまった。
「口説いてんのか? あんま可愛いこと言うな。襲うぞ」
俺の言葉に、戸成は固まった。
「え」
「……わ、悪い、冗談だよ。ごめん」
そう誤魔化して、目を逸らして刺身を食べる。
流石に引かれたか……と内心気まずい思いでいると、戸成はぽつりと横でこう言った。
「……せーちゃんってさ、本当にオレのこと知らないんだよね?」
「……どういう意味だ?」
視線を戻すと、戸成は不思議そうに俺を見ていた。
「そのままの意味だよ。見覚えもない?」
「ないけど……俺、戸成とどっかで会ったことあったか?」
「……ううん」
戸成は首を横に振る。その顔は、なんとなく嬉しそうだった。
「それよりさ、晩ご飯、野菜食べないの?」
「野菜?」
「このままだと栄養バランスが悪いよ」
栄養バランス。そんなこと、普段あんまり気にしたことはなかった。
いつも食べたいものを食べているけど、特に健康診断は問題なかったし。戸成はこの派手な見た目で意外にも健康志向らしい。
冷蔵庫の中には今、麦茶とヨーグルトとしかない。野菜なんて……ああ、そうだ。
「そういえば、実家から送られてきた玉ねぎならあるけど」
俺がほとんど自炊をしないことを知って、日持ちするからと毎回母さんが仕送りでくれるその野菜の存在を思い出す。
一芽は嬉しそうにぱちんと手を合わせた。
「いいじゃん、それ食べよう! ちょっと台所借りてもいい?」
「いいけど……俺の家、調理器具ほとんどないぞ」
「そうなの? じゃあ、レンジ借りるね」
初対面の人間の台所を使おうとする戸成は、多分かなり酔ってテンションが上がっているのだと思う。
けれど特に触られて困るものもないし、見慣れた1Kで異質な彼が手際よく料理をする様子をぼんやり見ていた。
そうして彼は、あっという間に電子レンジで玉ねぎのスープを作ってきた。
飴色になった玉ねぎが、お椀の中で美味しそうに湯気を立てている。
一口食べると、口の中に優しい味が広がった。炒飯と刺身にあわせてか、和風の味付けがされている。
「う、うまい……」
「本当? よかった!」
スープを口に運ぶ俺を見て、戸成は嬉しそうに笑った。
「本当だよ。いつもコンビニ弁当ばっかりだったから……手作りもたまにはいいな」
しみじみとそう感想をこぼすと、戸成はニコニコ笑みを浮かべ、
「オレ、レストランでバイトしてるんだ。こんなのならすぐ作れるよ」
「へえ、そうなのか」
一度聞き流したが、ふと戸成の発言に出てきた単語がひっかかった。
「……ん? バイトってことは、他に何かしてるのか?」
「あー、えっと……あはは」
「?」
けれど笑って誤魔化されたので、聞かれたくないのかと思って、あまり触れないことにした。
「外、雪止んできたみたい。終電も近いし、そろそろ帰ろうかな」
そうして、俺の職場の手のかかる生徒の話とか、戸成の店のおかしな常連客とか、最近読んでる漫画とか、他愛ない話を重ねた深夜。
窓の外を見ると、さっきまでの猛吹雪は止んでいた。
戸成は一つ背伸びをして、冬に似つかわしくない眩しい笑顔を見せた。
「今日は本当に楽しかったー! せーちゃんありがとう」
「俺も。最近は仕事が忙しくて友達と騒ぐ機会もなかったから、今日は楽しかったよ」
「あはは、初対面なのに、不思議だね」
そう言って、お互いに笑い合う。
俺はふと思いついて、カバンから携帯を取り出した。
「そうだ、連絡先交換しないか?」
「するする!」
俺の提案に、戸成はすぐにポケットからスマホを取り出す。
二次元コードを読み込んで、ディスプレイに映った名前を見た。
「『メジ』? ああ、ハジメをもじったのか」
「あ、うん。そんなかんじ」
戸成は慌ててそう言ってスマホをしまい、マフラーを巻きはじめる。
「……あのさ」
「ん?」
まだ酔いの覚めない頭で、その様子をぼんやりと見ていたら、戸成は伏せ目がちにこう呟いた。
「オレ……せーちゃんになら、別に襲われてもよかったよ」
「…………え?」
その言葉に、戸成の顔をはっきりと見た。
戸成は俺の視線に気づいて、誤魔化すように笑った。
「あはは、なんて……」
「……今日、泊まってくか?」
俺がそう言って腕を掴むと、戸成はその場で動きを止める。
そして、顔を赤らめて小さく頷いた。
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