犯行は計画的に

一字句

文字の大きさ
1 / 1

犯行は計画的に

しおりを挟む
とある日曜日の朝、探偵の藤村来栖(ふじむらくるす)は淹れたてのコーヒーのにおいを楽しんでいた。いつも仏頂面の彼にしては今日は珍しく気分が良いようで、鼻歌を口ずさんでいる。そんな朝のひと時は、ノックもせず事務所に入ってきた闖入者によってかき消された。

「おいっ、来栖大変なんだ!」

その闖入者の名前は琢磨(たくま)と言って来栖の小学校からの腐れ縁の悪友ともいうべき人物だった。来栖は始め、とても驚いたような顔をしていたが、いつも通りの仏頂面に戻ると

「こんな日曜日の朝っぱらからどうしたんだ?」

と来栖は不機嫌そうな声音を隠そうともせずに言った。

「実は俺の隣の家で昨日火事があったんだよ!」

琢磨はそんな彼の様子など気にも留めずに、大声で言った。

「火事?それは不幸なことだろうけれど、そんなに騒ぐことか?」

「いや実は火事にあったやつ——小鳥遊悠馬(たかなしゆうま)っていうんだけど、会社の同僚なんだ。それで悠馬は今、あいつの火の不始末が原因で火事が起きたんじゃないかって疑われてるんだよ!」

そう彼は一気呵成にそう言うと、事務所のソファーにどかっと座った。相当急いで走ってきたのだろう、額からは汗がにじんできていた。

「それで、探偵をやってる来栖に話をちょっと聞いてもらおうと思ってきたってわけだ。っとその前に、水もらっていいか?ここまで走ってきたせいで喉がカラカラなんだ」

来栖は無言で立ち上がると、戸棚からコップを取り出し、それに水道水を注いで渡した。琢磨はそのコップを受け取り、ごくごくとのどを鳴らしながら一気にその水を飲みほした。そして、息をふぅと吐くと続けて語りだした。

「悠馬は俺と同期で会社に入社したやつで、俺といろいろ似ているところもあったせいかすぐに意気投合して、仕事外で遊びに行ったりもよくしてたんだよ。昨日もあいつと駅の近くの居酒屋で夜中まで飲んでたんだ。それで、べろんべろんに酔っぱらったあいつを家まで運んで寝かせてやって、俺も自分の家に帰って寝たんだ。そうしたら明け方にお袋が火事だって俺を叩き起こしたんだよ」

そこまで話して琢磨はふぅと一度息を吐いた。彼の汗は一向に止まる様子はなく、彼の座っているソファーにぽたぽたと汗が落ち、シミを作っている。だが、琢磨はそんなことになど微塵も気が付かない様子で話をつづけた。

「それで、急いで表へ出たら悠馬の家が燃え上がっていて、消防車も数台止まって消火活動をしてたんだ」

「それで、その小鳥遊悠馬さんはどうなったんだ?」

来栖は少しだけ心配そう聞いた。

「あぁ、消防隊の人たちが助け出してくれて、火傷とかはあるけれど命に別状はないってよ。でも、あいつの家も俺の家と同じ木造の古い一軒家だから、消火活動の甲斐なくほぼ全焼しちまったんだよ。火災保険には入ってるらしいけど、それでもあいつは相当落ち込んでたよ」

それで、と琢磨は続けた。

「警察は悠馬の火の不始末が原因だろうって言ってたけど、そんなわけがないんだよ。あいつは昨日相当泥酔していて、とてもじゃないが今日の朝に起きてるはずがないんだよ。起きれなきゃ、火の不始末もくそもないだろう?そう警察に言ったんだけど、全然相手にされなかったんだ。だからお前のところに来たんだよ。……それでお前はどう思う?」

琢磨は縋るような目で来栖のことを見た。その表情から、来栖にも琢磨の説を支持してほしいという想いが嫌というほど伝わってきた。だが、来栖は腕組みをしながら難しい顔をしていた。

「どうといわれてもね、情報が如何せん少なすぎるよ。せめて火元がどこにあったかくらいは分からないのかい?」

「まだ調査中だって言って、警察は言ってたぜ」

「じゃあ、彼に対して恨みを持っている人物とかはいるのかい?」

そう琢磨に聞くと、彼はとんでもないといいながら首を振った。

「あいつを恨むやつがいるなんて考えられないな。少しお調子者のきらいがあるけど、気のいいやつで困っている人がいるとほっておけないやつなんだよ。いわゆる、おせっかい焼きって感じだな」

そこまで聞いて、来栖は組んでいた腕をほどき琢磨をまっすぐに見て話し始めた。

「ふむ、今までの君の話が全て真実だとしたら、この火事の真相は大体わかったかな。その前に一つ質問していいかい?彼――小鳥遊悠馬君の部屋は相当散らかっていたんじゃないか?」

その質問に琢磨は目を見開いた。

「なんでわかったんだ?俺はそんなこと一言も言ってないぞ」

「順を追って説明しよう。まず放火であるか否かだけど、放火の場合2つのパターンがあげられる。通り魔的犯行と彼に恨みを持っていたものの犯行だ。でも、ここ最近放火事件があったという話は聞かないし、君の友人は人に恨まれる性格でもないという。これらによって放火である可能性は考えにくい。でも、当日彼は泥酔していたという。このことから導き出される答えは自然発火だよ。彼の家は散らかっているのだろう?大方、コンセントもさしっぱなしで掃除していないのだろうさ。きっとたまったほこりに漏電して発火が起こり、それが原因で火事が起きたんだろうな。この現象は湿度が高い時に起こりやすいから、昨日みたいな蒸し蒸しした夜はおあつらえ向きな条件だったしな」

そこまで話すと、琢磨は残念そうなっ顔を隠そうともせずに、そうかと言った。そして、他にもし何か思いついたら教えてくれと言い、礼も言わず肩を落として事務所から出て行ってしまった。

来栖はそんな彼の後姿を冷めた目で見送った。そして、琢磨が完全に事務所から出て行ったのを確認すると、おもむろに立ち上がった。そして、琢磨の使っていた硝子のコップを掴むと、無造作にゴミ箱へ放り投げた。だが、狙いを誤ったようで、そのコップは壁に激突し、粉々に砕けた。

しかし来栖は、砕けたコップなど目に入らないようで深く深くため息を吐き、頭を抱えてうずくまった。

「まちがえた」

来栖はソファーに染み付いた琢磨の——小鳥遊琢磨(たくま)の汗を恨めし気に、憎々し気に見ながらそう一言つぶやいた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】限界離婚

仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
もう限界だ。 「離婚してください」 丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。 丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。 丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。 広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。 出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。 平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。 信じていた家族の形が崩れていく。 倒されたのは誰のせい? 倒れた達磨は再び起き上がる。 丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。 丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。 丸田 京香…66歳。半年前に退職した。 丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。 丸田 鈴奈…33歳。 丸田 勇太…3歳。 丸田 文…82歳。専業主婦。 麗奈…広一が定期的に会っている女。 ※7月13日初回完結 ※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。 ※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。 2026年1月ジャンルを大衆文学→ミステリーに変更しています。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

真実の愛の祝福

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。 だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。 それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。 カクヨム、小説家になろうにも掲載。 筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※「なろう」にも重複投稿しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...