世界で一番幸せな呪い

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1章:冒険の終わりと物語の始まり

蒼龍

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そして再び敵めがけて走り出した。ようやく顔を視認できる距離まで近づいてきた。フードを被った二人組はどちらも取り立て述べるような特徴のない男達だった。近づいてくるクロウを見て、焦ったのか先ほどよりも小さい火の玉をいくつか撃ってきた。しかし、クロウは意に返さず、それをすべて切り裂き、一気に二人組との距離を詰めた。

あと4メートルほどというところまで近づいたところで彼らはクロウに歯が立たないと悟ったのか、背を向けて走り出した。往々にしてだが、魔族は魔法という便利なものがあるゆえに体をあまり鍛えない傾向がある。その例にもれず逃げる2人組の走る速度はとても速いとは言えず、容易に追いつくことができた。クロウは二人組の片方の首筋に手刀を叩き込み、残ったほうは刀の峰で腹をうって昏倒させた。ドサッと二人組が倒れる音と共に、後ろの方からトタトタと走る音が近づいてきた。

振り返るとアリスがこちらへ向かって走ってきていた。彼女も例にもれず体力がないようで、30メートル程度の距離を走っただけにもかかわらず、息が切れていた。ぜぇぜぇと息を乱しながら倒れている二人組を見て

「殺したのかい?」

と聞いた。

「殺しちゃいない、峰打ちだよ。」

彼女は無表情で、そうかと言ったが、どこか安堵の表情を浮かべているようにも見えた。彼女は話題を変えようとしたのか、

「昨日から思っていたんだが、君の刀は普通の剣とは違うんだな。その刀は諸刃じゃないし、形状も刀身が直線じゃなく、反った形状をしている。」

と尋ねてきた。

「あぁ、俺の一族はもともとこの国の人間じゃなくてな、海を渡った島国から来たっぽいぜ。」

「だからそんなに珍しい瞳の色をしているのだね。漆黒の瞳なんて魔族でも見かけないよ。というか、来たっぽいって自分の出自くらい・・・」

とアリスは言いかけて口をつぐんだ。不思議に思ったクロウはアリスにどうかしたのか尋ねようとした。その時にようやく気が付いたのだ、背後で気絶している男の一人がいつの間にか意識を取り戻していたことに。十数年ぶりの対人戦で勘が鈍っていたうえ、あの二人組があまりにも歯ごたえがなさ過ぎたため、クロウは完全に油断してしまっていた。気が付いた時にはもう、二人組の片割れが蒼色の笛を吹き始めていた。周囲に、笛の音が響く。その音色は澄んでおりとてもきれいだったが、なぜだかとても背筋に悪寒がはしり、クロウは直感でその笛がとても危険なものだと解った。アリスも同様の感想を持っているようで、蒼白な顔で、恐怖に満ちた目でその笛を見ていた。そして

「その笛を斬るんだ!」

アリスがそう叫ぶのと、クロウの刀がその笛を斬るのはほぼ同時だった。その笛は真っ二つに両断されると、一瞬淡い蒼色に光り、そして次の瞬間消えてしまった。クロウは二人組を警戒しつつ、アリスのほうを向き、尋ねた。

「何なんだこの笛は?気のせいならいいんだが、すごい嫌な予感がするんだが、、、」

彼女はとても動揺し、焦っているように見えた。

「あぁ、正解だ、正解だとも。紛れもなく最悪の事態だよ。クロウ、今すぐここを離れるぞ!!」

続けて彼女はこう言った。

「蒼龍が来る」

クロウとアリスは風下に向かって平原をひたすらに走っていた。昨日雨が降ったせいだろう呼吸するたび花や草のにおいが肺に入り込み、むせそうになる。少し先を見ると崖になっていて行き止まりのようだ。

「おい、本当に蒼龍なんて来るのか?」

そうアリスに聞くと、彼女は髪を振り乱し死にそうな顔をしながら

「あ、あの笛はだね・・グラキウェスの笛と言って蒼龍を呼び出す笛なんだ。吹いた側も襲われるリスクがある上に、そもそもそんなに数があるはずが―――」

しゃべっている途中で小石につまずき、へぶっという音とともに原っぱにヘッドスライディングをかました。

「お・・おい、大丈夫か?」

 もしかするとアリスは運動能力が低い魔族の中でも飛び切りの運動音痴なのかもしれない。彼女はむくりと顔を上げクロウたちが走ってきたほうの、青く澄み切った空を見上げ

「どうやら、逃げ切れなかったようだね。」

とつぶやいた。空を見上げるが、一面青空で龍の姿は・・・いや、空に一点だけ青空より深い蒼い部分があった。その点は次第に大きくなり、こちらへ向かって一直線に向かってきていた。このまま逃げてもじり貧だと判断し、二人はその場に立ち止まった。先ほどまでの動揺っぷりとは打って変わり、アリスの表情はとても落ち着いているように見えた。

「・・・・クロウ、君は龍との戦闘経験はあるかい?」

「―——あるっちゃあるが、全然全くかなわなかったよ」

きっぱりとクロウはそう言い放った。

「・・・いや、だって君は勇者だろう、全くかなわないってことはないんじゃないか?なにか特殊な力を持っているんだろ?」

「ドラゴンとは魔王討伐の旅で一度だけ出会ったさ。だけど倒すなんてとてもとても、命からがら逃げ延びるだけで精いっぱいだったよ。俺の力は対魔族に関して限定で力を発揮するんだよ。単純にフィジカルの差が圧倒的にあるとどうしようもねぇさ」

「しかし、君はさっき魔法を斬っていただろう。あれみたいになんでも斬れるんじゃないのか?」

「俺の能力は刀で魔法を切り裂いて、魔法を霧散させる能力だ。単純に硬いものはきれやしねぇさ」

使えない能力だなぁとアリスはぼやいた。

「お前こそ何かドラゴンを撃退する魔法を使えないのかよ?」

「私の使える魔法は君にさっき見せたあれだけだが、何か?」

なにか問題でも?といった表情でアリスは答えた。問題しかねぇとクロウは思ったが、口には出さなかった。実際、泣き言を言ってもしょうがないのである、この蒼龍は待ってくれと言って待ってくれる相手ではないのだから。そうこうしているうちに蒼い龍は目前まで迫ってきていた。中途半端な勇者と魔人は目前へと迫る蒼龍の方へと向き直り、覚悟を決めた。

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