世界で一番幸せな呪い

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1章:冒険の終わりと物語の始まり

本来の力

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クロウの決意とは裏腹にマリーは数日間、彼の前に現れることはなかった。いつもであれば、昼食の配膳に来ていたが、彼女の姿を見ることはなかった———。

そうしているうちに、橋の補修作業の最終日を迎えた。

「とうとう、今日で依頼されていた橋の補修は終わりになるわけだが、どうするんだい?」

お昼の休憩中、お茶を飲みながらアリスはクロウに尋ねた。

「この作業が終わったらマリーさんに会いに行くつもりだよ。元々、橋が直るまでは手伝うつもりだったから、結果オーライだな」

とクロウはおにぎりを頬張りながらそう言った。

「全くのんきだなぁ君は。おっと、作業が始まるようだね。最後のひと踏ん張りといこうか」

と言いながらアリスは立ち上がった。そんな彼女に対してクロウはしみじみとした表情で

「いやぁ、でも意外だったな。アリスが橋の修繕作業を手伝うなんて」

と言った。事実、アリスはローレンスの家に滞在するようになってから、橋の補修作業を手伝うようになった。始めこそ、おっかなびっくりと言った様子であったが、今は力仕事以外はある程度こなせるようになっていた。アリスはふふんと、どこか誇らしげな表情で

「私だって、やればできるんだよ。それに、マリーの家に草むしりをしに行くわけにもいかないだろう?」

と言った。そして、彼らは作業へと向かっていった。

数時間後、立派とは言えないが、二つの崖を結ぶ橋が完成した。これまで作業をしていた村人たちは顔をほころばせ、笑い語り合っていた。すると、皆の前に、初老の老人———ローレンスが出てきて、軽く咳ばらいをし口を開いた。

「皆、ここ数日間大変じゃっただろうが、よく頑張ってくれた。そのおかげで、物流も回復するじゃろう。今日は宴じゃ!皆存分に食べて飲んで騒いでくれ」

ローレンスはそれと、と続けて、クロウとアリスの方を向き手招きをした。彼らは顔を見合わせたが、とりあえずローレンスの前へと歩いて行った。すると、ローレンスはクロウへ小さな革袋を渡した。見るとそこには少額だが大銅貨数枚が入っていた。

「クロウ君、村民ではないのに手伝ってくれてありがとう。君がいなければもう何日か橋の完成が遅れただろう。少ないが、我々からのお礼じゃよ、受け取ってくれるね?」

クロウはその申し出を断るのも失礼であると判断し、礼を言って受け取った。

「あとは、アリスちゃん君にも少ないが、お礼じゃよ。手伝ってくれてありがとう」

そうローレンスは言い、クロウのよりも少し小さな革袋を渡した。アリスは、とても驚いた顔をして

「!?私はあまり役に立っていないだろう———、受け取るわけにはいかないよ・・・」

とその申し出を断ろうとした。ローレンスはそれを聞いて、微笑みながら言った。

「君は自分が役に立ってないというが、十分頑張ってくれていたじゃないか。納得いかない顔をしておるのぉ、それじゃあみんなに聞いてみるとよい。みんな、彼女は役に立たなかったかい?」

それを聞いた村人達は温かく笑いながら、そんなことはないと口々に言った。それを聞いたアリスは少し顔を赤らめ

「・・・ま、まぁそこまで言うなら貰ってやろう」

と尊大な態度でそう言った。

「・・・・素直じゃねーなぁ」

とボソッとクロウがつぶやくと、脛を思いきりアリスに蹴られた。クロウが痛みに身もだえしながら、地面を転げまわっていると、村の方から女性たちが宴会用の料理を持ってきた。

「ほら、邪魔になっているよ、さっさと起きないか」

アリスは大切そうに革袋を握り締めながら、そうクロウに言った。いつも無表情な彼女にしては珍しく、無邪気そうな表情をしている。

「ったく———、いってぇなー」

と文句を言いながら起き上がり、苦笑いしながらクロウは頭をポリポリと掻いた。そして、ふぅと息を吐き真剣な表情となった。アリスも察したのか真剣な表情になり、行くのかい?と尋ねた。

「あぁ、必ず救って見せる」

「・・・まぁもう止めたりはしないさ。ただ、一つだけ君に話しておくことがある。何かの役に立つかもしれないしね」

アリスは続けて

「それは君の能力についてだよ。君は自分の能力を“魔法を切り裂く”能力だと言っていたね?だが、その力は君の能力のほんの側面にしか過ぎない」

と言った。

「なんでそんなことがわかるんだよ?」

至極全うな疑問をクロウは口にした。

「理由は二つある。1つ目は、蒼龍との戦闘の時、あの龍の咆哮を君の能力で打ち消しただろう?あの時、あんなバカでかい光線にも拘らず、一切後ろにそれていなかったということ。2つ目は蒼龍から逃げる時、君の背中から魔法をぶっ放しただろう。緊急事態だから仕方なく使ったけれど、あのくらい高出力の魔法を放って君の顔面があんな軽いやけど程度で済むと思うかい?実は私の魔法が君に触れた瞬間、一瞬魔法の流れが変化して、君から逸れたんだよ。」

そこまでしゃべってアリスはふぅと一呼吸置き、

「以上のことから、君の能力は君が触れた一定範囲の魔素自体を操作できる能力なのだと思う」

「ん?魔素の操作が俺の能力だっていうなら、魔法を消すことって無理じゃないか?」

「以前、魔法は魔素の集合体だという話はしただろう。より厳密にいうと、魔素同士が結合することによって魔法になるわけだ。反対に言うと、その結合が切れると魔法という形を維持できずに、魔素となり霧散するってわけさ。あくまで推測だが、君は魔法を消すとき無意識に魔素を操作して、結合を千切っているのだと思う」

とアリスは結論付けた。

「まぁ、魔法に詳しいアリスが言うならきっとそうなんだろうな。でもなんで今話すんだ?」

そんなクロウの疑問にアリスは

「あぁ、それはだね———」
答えようとして目を見開いてクロウを、いやクロウよりも遠くの何かを見た。クロウが、何気なく振り返るとそこには、赤毛のふくよかな女性と赤毛の少年———マリーとアレンがいた。
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