世界で一番幸せな呪い

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1章:冒険の終わりと物語の始まり

英雄の定義

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「村の近くにある森へ逃げ込むんだ、蒼龍が来るぞ!」

アリスはそう声を張り上げた。普通であればそんな突拍子もない警告を信じる者はいなかっただろう。だが、ここで過ごした期間が、築いた信頼のおかげか、村人たちは彼女の警告を完全には信じたわけではなかったかもしれないが、少なくとも一笑に付すことはなかった。もう一押しとばかりにクロウはもっともこの村で信頼されているだろうローレンスに呼び掛けた。

「早くみんなを先導して森へ逃げてくれ!このままじゃここにいる人たち全員死んじまう!頼む一刻を争うんだ、俺たちはこの村へ来る前に蒼龍に襲われているんだ」

ローレンスは神妙な表情でうなずくと、村人たちへ向き直り

「みんな聞いてくれ、今すぐ最低限の貴重品をもって森へ逃げるんだ」

村長の命令を聞いた村人たちはいまだに半信半疑というような様子ではあったが、すぐに駆け出した。ここから村までは走れば数分程度で着く、クロウは振り返り咆哮が聞こえてきた方を見た。幸いなことに、夕闇の空には碧龍はまだ見えない。

「おい、君も早く行くぞ!」

アリスにそう急かされクロウも村へ走り始めた。

 クロウたちが村へ着くと、村人たちはローレンスに急かされすでに森のほうへ逃げ始めていた。アリスを見てみると、ぜぇぜぇと息を荒げている。

「おい、大丈夫か?」

「あ、あぁ大丈夫だ問題ない。それよりも先を急ごう」

そう言ってふらふらと再び走ろうとする。クロウはアリスの腰に後ろから手をまわし、アリスを小脇に抱え、走り出した。

「おい、何をするんだ!?離せっ、私は荷物じゃないぞ!」

そう言ってバタバタと暴れている。

「あんなトロトロした走り方じゃ、追いつかれちまうだろ」

クロウはそう返し、アリスの抗議を無視して走り続けた。森へ着き空を見ると、空はもう暗闇が支配していた。しかし、目を凝らしてみると、はるか遠くにその姿を黙視することができた。しかし、闇夜に森へ隠れていればやり過ごすことは十分可能だろう。クロウはアリスを下ろし、ドカッと地面に座った。

「ふぅー、なんとか無事に済みそうだな」

下ろされたアリスは初めは憤然としていたが、少し経つと気が抜けたのか、うっすらと微笑んだ。

「そうだね、あとはここでじっと息をひそめていればあの龍も通り過ぎていくさ。幸いこの森には魔力が充満している、魔力感知されることもないだろう」

とその時、誰かの足音が暗がりからこちらへ近づいてきた。目を凝らすとローレンスであることが分かった。

「ありがとう、君たちのおかげで村人たちが犠牲にならずに済んだよ。村長として礼を言うよ」

ローレンスはそう言い、頭を下げた。

「そんなことよりも一応、みんなに極力息を殺すよう言ってもらえるかい。万が一にでも蒼龍に聞かれたら困るからね」

アリスはローレンスにそう言った。

「心得ているよ、今何人かに人数確認と気配を消すようにという伝達をさせているところだよ。」

ちょうどその話が終わるころに何人かが彼に近づいて、報告し始めた。

「全員無事そうですか?」

「今のところ大丈夫そうだよ、あと一人点呼にやったものが残っているから、あとはそれ次第だな。」

クロウの問いにローレンスはそう答えた。そこに慌てた様子をした中年の男が近づいてきた。

「村長大変です!」

「静かにしないか!落ち着きなさい」

彼はそう小声で言い、中年の男を落ち着かせた。男は少し息を吐いて、一呼吸置き話し始めた。

「大変です、マリーがどこにも見当たりません。ほかの者にも聞いてみたのですが、みな村まで逃げたところは見ているのですが、村から森への道中でマリーを見かけたものは一人もいません。」

その報告を聞いて、ローレンスは青ざめた。クロウは自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。

「じゃあ、マリーさんはまだ村にいるのか!」

クロウはその男につかみかかる勢いで近づき、聞いた。男は俺にはわからないと首を振った。

「まずはもう一度、ここら一体にいる人を確認してみよう、もしかしたらこの暗い森で迷っているのかもしれない」

ローレンスはそう言い、村の者に探すよう指示を出した。

「・・・だ」

クロウの右隣に立つアリスが何かをつぶやいた。アリスのほうを見ると彼女はクロウをその翠色の瞳でまっすぐに見つめて

「花だよ、クロウ」

と言った。

「花がどうしたっていうんだよ」

「分からないのかい?マリーの話ではアレスは死んだときエクリースの花を握り締めていたという。そして、彼女の家の前にはエクリースだけが植えられているんだ」

その言葉を理解したとたん背筋に何か冷たいものが這い上がってくるように感じた。

「・・・まさかあのエクリースの花畑はアレス君の残した最後の遺産だってのか?」

アリスは答えなかったが、それが何よりの肯定であるとクロウにはわかった。彼はすぐに村のほうへ走り出そうとしたが、後ろから誰かに服の裾をつかまれた。振り返るとアリスが彼の裾を握り、クロウをその翠色の瞳で見つめていた。その透き通った瞳は静かに燃えており、何かに対して怒っているようだった。

「今から行っても間に合わない、全滅して終わるだけだ。今君がすべきことはここにいる村人たちを助けることだろう!」

「ここにいれば大丈夫だろう、気づかれることはない。それよりもこのままじゃ――ー」

そう言いながらクロウは裾をつかんだアリスの手を払いのけようとする。しかし、どこにそんな力があるのか、その手は決して離れなかった。

「第一、君に一何ができるっていうんだ!この前の戦いをもう忘れたのかい、君は・・・私たちは蒼龍に手も足もでなかったじゃないか。それなのに君は一時の感情だけで動こうとしている、それはただの蛮勇だ!どんなに救いたい、変えたいと思ってもどうにもならないことはこの世にあるんだよ、掬い取れる量には限りがあるんだ。いい加減分かれよ!」

そう叫ぶアリスの表情は何かとても悲し気な、とても痛々しい表情であった。それでもクロウはアリスの目をまっすぐに見て答えた。

「確かに、何も勝算はないし、アリスの言ってることが正しいんだと思う。これは掛け値なしに愚かな行動なんだろうさ。それでも俺は目の前に死にそうな命があって、手を伸ばせば届くかもしれないのなら、手を伸ばし続けるって決めたんだ。掬い取れるものだけを救ってたんじゃ英雄になんてなれやしねぇんだ!」

「けれど、手のひらに掬える量には限りがあるんだ。それでも君は救おうと足掻くつもりなのかい?」

クロウは自分の手のひらを見て、信じてるからさと言った。するとアリスは信じている?と聞き返してきた。

「確かに、お前の言う通り掬える量には、助けられる数には限度があるんだろうさ、それは事実だよ。それでも誰かを救おうと手を伸ばし続けることは間違ってないって俺は信じてるんだ」

そういうとアリスはクロウの服の裾から手を離して、深い深いため息をついた。

「バカは死なないと治らないというが、君は何度死のうがバカのままなんだな。・・・あぁ、くそっ」

そう言ってクロウの横に並んだ。

「おい、アリスどういうつもりだ?まさか――」

「あぁ、私もついていくぞ、異論は認めない。時間もないしね。君が自身のわがままを通すというのなら、私も私のわがままを通させてもらうよ」

反論したかったが、確かにアリスの言うとおりだった。あと数分であの蒼龍は村に到着するだろう。今のクロウには蒼龍を討伐できる策はないが、行くしかない。そう決意したクロウをアリスは、ちょっと待ちたまえと制止した。

「どうせ君のことだから、何も考えずに飛び込もうとしているのだろう?万に一つもない勝ち目を万に一つくらいにはできる方法があるけどどうする?」

そう言ってアリスはクロウのほうを見て不敵にほほ笑んだ。
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