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二章 サキュバスと騎士
旅路
しおりを挟む「で? いつまで歩くのよ。あたし足いたいーい。もう歩けないー」
木々の合間から暖かな日差しが溢れる山道。ピクニックに来たのであれば心地よさすら感じるような、気持ちのいい風。しかしリリアーナは、不機嫌そうに息を吐く。
リリアーナが牢屋を出てはや数時間。途中、何度か休憩をとってはいるが、それでもずっと歩き通し。普段から訓練をしているアスベルはともかく、運動もあまりしないリリアーナはもう限界だった。
「甘えたことを言うな。……と、言いたいところだが、仕方ない。なら、少し休むか」
「やったー! 休憩! あたし、お菓子食べたい!」
「子供か、お前は」
と、言いつつもアスベルは大きなリュックから小袋を取り出し、それをリリアーナに手渡す。
「あ、ラスクじゃん。あたしラスク、サクサクしてて好きー」
「そうか。なら、好きなだけ食べろ。食料は十分な量を用意してある」
リリアーナは木陰に座って、ラスクを食べ出す。アスベルはそんなリリアーナから少し離れた場所に立ち、周囲に気を配る。
「あんたも、そんな気を張ってたら倒れるわよ? ほら、こっち来て一緒にラスク食べなさい」
「必要ない。それより、できる限り身体を休めておけ。今日、泊まる宿まで、まだ数時間はかかる」
「えー、まだ歩くのー? つーかさ、そんなにコソコソする必要ある? 見張り役のあんたがあたしを連れ出したんだから、あたしが逃げたことが発覚するのはまだ先でしょ? あたし変装得意だし、普通に列車に乗って行けばよくない?」
「そんな簡単な話ではない。そもそも、俺がお前を連れ出したことは、既に俺の上官にバレている筈だ」
「……! なんでよ? そんなすぐにバレる訳なくない?」
驚くリリアーナに、アスベルは淡々と続ける。
「俺の上官……グラン・カムレットは、優秀な男だ。付き合いも長いし、俺が何を考えているのかなんてあの人は全てお見通しだろう」
「じゃあヤバいじゃん。というか、だったら止めたりしないの?」
「それは無駄だと知っているからな。俺は俺にできる最善をし、あの人はあの人にできる最善をする。……多分、通常のルートで国境に向かえば、すぐに捕まるだろう」
「だからこうやって、人目のない山道を通るのね」
「そうだ。既にルートは決めてある。俺も騎士団に務めて長い。だからどうしても警備が手薄なところ、人員が足りていないところ、そういった人目につかないルートは把握している。だからお前は余計なことは考えず、俺についてくるだけでいい」
「……分かったわ」
リリアーナは小さく頷いて、またラスクを頬張る。ただの無愛想な男だと思っていたが、しかしこういう事態になると意外と頼りになる。というか、よく見てみると顔も悪くない。目つきが悪いどころか死んでいるのはともかく、肌は綺麗だし背も高い。
この男、もっと愛想よくすればかなりモテるのではないだろうか? とか、どうでもいいことをリリアーナは考える。
「さて、そろそろ行くか」
「えー。もうちょっとゆっくりしようよー」
「お前、話を聞いてなかったのか? いくらグラン団長でもこのルートは把握していない筈だが、それでもチンタラしていると魔族の国との国境を封鎖される恐れもある」
「……分かったわよ。でも、あんたそんなんだとモテないわよ?」
「構わないと、それは何度も伝えた筈──」
「……ん? なによ? 急に黙り込んで。もしかして、あたしの美しさに見惚れてる?」
リリアーナは冗談めかして笑うが、アスベルは顔色を変えずゆっくりとリリアーナの方に近づく。
「ちょっ、何よ。まさかあんた、こんなところであたしに──」
「悪いが、俺たちは急いでいる。お前らのような人間の相手をしている暇はない」
毅然とした態度で告げられるアスベルの言葉。リリアーナは状況が飲み込めず、首を傾げる。アスベルはそんなリリアーナの手を引いて歩き出そうとするが、それを遮るように声が響いた。
「んだよ。気づいてやがったか」
そんな声とともに木々の後ろから姿を現したのは、無骨な雰囲気の男たち。……どう見ても、旅人のようには見えない。腰に差した長剣に鍛えられた肉体。まるでリリアーナたちを取り囲むように近づく男たちは、多分──。
「もしかしてこいつら、盗賊?」
リリアーナの言葉に男たちの中心にいるリーダー格の男が、言葉を返す。
「正解だぁ! 俺たちはバシューダ盗賊団! 金目のものと、その美人な女を置いて立ち去れ兄さん。そうすりゃ、お前だけは見逃してやってもいいぜ?」
下品な笑みを浮かべて近づいてくる男たち。リリアーナはこういう輩に絡まれるのも、性的な視線を向けられるのも慣れている。だから無論、その対策も用意しているのだが、それを使う前にアスベルは言った。
「……仕方ない。ここで余計な時間はかけられない」
リリアーナを庇うように前に出るアスベル。
「おいおい、なんだよ? お前、たった1人で俺たちと戦う気か? 勇ましいのは結構だが、俺は舐められるのは好きじゃねーだよ」
「でも、頭《かしら》。こういう馬鹿な男の目の前で女を犯してやるのも、楽しくていいんじゃないですか?」
「ははっ、お前最悪だな。でも乗った。今日のディナーはお前の──」
男が言葉を言い終わる前に、アスベルの拳が男の腹にめり込む。この場の誰も反応できない速度。何が起こったのか理解できない男たちは、一瞬黙り込み、そして……叫んだ。
「やりやがったな!! テメェ!!!」
そこからは本当に、一瞬の出来事だった。まるで瞬間移動でもしているかのような速度で、アスベルが男たちを殴り飛ばす。
男たちも果敢に、剣や斧を使い他党を組んでアスベルに襲いかかる。中にはリリアーナを人質にしようと考えている人間もいたが、アスベルはその全てを力で捩じ伏せた。
剣を抜くことすらしない。それ程までに、圧倒的な力の差。
「まさか、こいつ……鉄面鉄鬼《てつめんてっき》の……」
倒れた男が何かを呟こうとするが、その前に意識を失ってしまう。
「……すご」
男たちはあっという間に全員のされ、アスベルは慣れた手つきで男たちの手足を縄で拘束する。
「こうしておけば、いずれ誰かが騎士団に連絡するだろう。……時間を無駄にした、急ぐぞ?」
当たり前のように歩き出すアスベル。リリアーナも、アスベルが戦闘に長けていることはなんとなく理解していた。しかしそれでも、これは想像以上だった。
「あんた、強いのね」
「ん? ああ。あれくらい、騎士団の人間なら当然だ」
「……なるほどね。魔族が人間に勝てない理由、なんとなく分かったわ」
魔族の国にいた頃は、力自慢のオークやリザードマンを幾度も目にしてきた。彼らの力も相当なものではあったが、しかし今のアスベルは彼らと比べても頭抜けているように見えた。
「そういや確か、倒れた男が何か言ってたわよね? 鉄面鉄鬼とか、なんとか……」
「ああ。それは俺の2つ名だな。長い間、戦場にいる奴は多かれ少なかれ、変なあだ名をつけられる」
「どういう意味なの?」
「……どんな状況でも、顔色1つ変えず戦い続ける鉄でできた化け物みたいだ、という意味だ」
「ふーん」
アスベルの隣を歩きながら、彼の横顔を伺うリリアーナ。普段と変わらない色のない瞳。確かに戦場でこの顔で戦い続ける男がいたら、そんなあだ名もつけたくなるだろう。
「あれ? でもあんた、インポのアスベルじゃなかったっけ?」
「……そういう風に呼ぶ奴もいるという話だ」
「あははは。そっちの方が、あんたには似合ってるかもね」
「うるさいな。……というか、おい。ひっつくな、鬱陶しい」
「いいじゃない、これくらい」
リリアーナは嫌がるアスベルの腕を強引に抱きしめ、笑う。
「……なんにせよ。助けてけれて、ありがとね」
「構わない。俺は俺にできることをしただけだ」
「なに? もしかして照れてる?」
「何に照れなければならないのだ、鬱陶しい。いい加減くっつくのを辞めろ」
「あははは! いいじゃん別に! どうせインポなんだし、ちょっとくらいくっついても平気でしょ?」
2人はわいわいと騒ぎながら、歩き続ける。旅はまだ、始まったばかりだ。
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