人間なんて単なる養分だと見下している傲慢なサキュバスのお姫様が、ただの人間に恋するまでと恋したあと

式崎識也

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二章 サキュバスと騎士

最後の

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「あー、今日も歩き通しで疲れたー」

 宿に着いたリリアーナは、いつもと同じようにベッドに飛び込み、脚をバタバタとさせる。

「それも今日で終わりだ。明日には、魔族の国……コルディア連邦との国境にたどり着く。余計な面倒が起きなければ、お前との旅も明日で終わりだ」

「……そっか。なんだかんだで、あっという間だったわね」

「そういう言葉は、無事に国に戻ってからにするんだな。……国境の警備は今までとは比べ物にならない。騎士団本部の人間も待ち構えている筈だ」

「また戦いになる? でもあんたなら、大丈夫でしょ?」

「俺はな。だが、お前はそうじゃない。明日は何が起こってもおかしくない。今のうちにゆっくりと休んでおけ」

「退屈だから遊びに行きたいって言ったら? ……って、分かってるわよ。今日はほんとに疲れたし、大人しくしとくわ」

 リリアーナはベッドに寝転がったまま、天井を見上げる。

 彼女の指示で、ピクシーであるミミィが国に戻る為の手筈を整えている筈だ。リリアーナから見ても優秀なアスベルと、同じく優秀なミミィの下準備。

 アスベルは警戒しているようだが、リリアーナは大して心配していなかった。

「でも、あんたとも明日でお別れかー。そう考えるとあれね。本当にちょっとだけ、寂しいかもね」

「魔族の国で、もっといい男でも見つけるんだな」

「冷めてるわね。ま、もうあんたを口説き落とす理由もないし、リップサービスしても意味ないか」

「そういうことだ」

 アスベルは入念に明日の準備を進める。リリアーナは何となんとなくぼーっとそんなアスベルの姿を眺めていると、ふと気がつく。

「あんた、意外と綺麗な肌してるわよね? 戦場に長くいたんだから、もっと傷だらけなのかと思ってた」

「……昔から、傷の治りが早いんだ。切り傷くらいなら、数分で塞がる。一度、腹に穴が空いたこともあるが、傷跡は残らなかったな」

「……ほんと化け物ね。あんた、本当に人間なの? 魔族でもそんなに頑丈なの、中々いないわよ?」

「さあな。自分が誰であるかは自分で決めるさ。それはお前も、同じだろう?」

 どこまでも淡白な言葉。リリアーナは特に気にすることなく、尋ねる。

「あんたってさ、子供の頃からそうなの?」

「なんだ、藪から棒に」

「いや、あんたとも明日でお別れでしょ? だから最後に、あんたのこと聞いておきたいなって」

「…………」

 アスベルは目を閉じ、考え込むように腕を組む。

「なによ? そんなに話したくないの?」

「いや、違う。ただ、子供の頃のことはあまり覚えていないんだ。……昔から、何を考えているのか分からないと言われた覚えはあるがな」

「子どもの頃から、インポだったのね」

「だろうな。……ただ、お前と旅をして思い出したことがある」

 アスベルは遠い過去を見つめるように、目を細める。

「赤い夕焼けが沈んでいく湖。俺はその景色をぼーっと眺めながら、美しいと思った。そんな、どうでもいい些細なことを。だから、子供の頃は今よりも幾分か、人間らしい感情が残っていたのだろう」

「ふーん。湖、ね。あんたみたいな奴が美しいって思うってことは、それは相当綺麗な景色なんでしょうね」

「だがもう、忘れてしまった。それがどこの景色だったのか、誰を……待っていたのか」

 アスベルは息を吐いて、思考を切り替える。

「ま、そんなことはどうでもいい。それより問題は、明日だ。お前も明日は今まで以上に不用意な行動は避けろ。俺が指示をすれば、俺を見捨ててでも走れ」

「分かってるわよ、心配性ね」

「……ならいいが」

 アスベルは最後の確認を済ませ、鞄を閉じる。

「でも、明日はそんな余裕はないかもしれないから、今のうちに言っておくけど……」

 リリアーナは立ち上がり、アスベルを見る。

「あんたの考え方や価値観は正直、理解できない。けど……それでも、助かったわ。ありがとね」

「今さら礼などいらんさ」

「お礼に、エッチさせてあげるって言ったら?」

「忘れたのか? 俺はインポだ」

「そうだったわね」

 と、リリアーナは笑う。アスベルは笑わない。こういうやりとりをするのも明日で最後なのだと思うと、リリアーナは本当に寂しくなってしまう。……たとえそれが、すぐに忘れてしまう感傷なのだとしても。

「ねぇ、あんた。これから──」

「悪いが俺はこれから少し、明日の下準備に出かけなければならない。言いたいことは分かるな?」

「不用意な外出はするな、でしょ? ……はいはい、分かってますよー」

 リリアーナは拗ねた子どものようにまたベッドに倒れ込み、足をバタバタとさせる。

「一応言っておくが、ここは国境に近い。誰かが部屋を訪ねてきても、不用意にドアを開けるなよ? もし騎士団の人間が踏み込んできたら、窓から逃げろ。大声を出せば、俺がすぐに駆けつける」

「分かってるって、しつこいわね。あたしだって子供じゃないんだから、そんなに何回も言われなくても分かるわ」

「なら、しばらく留守にする。食事はそこに置いてあるのを自由に食べろ。俺の分を残す必要はない」

「なによ、あんただけ外食?」

「下準備だと言っただろう? ……明日の朝までには戻る。それまでは大人しくしてろ」

 それだけ言って、アスベルは早足に部屋から出ていく。

「……そういや結局、あいつの笑った顔、一度も見れなかったわね」

 と、リリアーナは小さく呟いた。


 ◇


 アスベルは1人淡々と、夜の街を歩き続ける。

「…………」

 目的地は既に決まっていた。……あまり宿から離れる訳にはいかない。リリアーナも馬鹿ではない。何か問題が起きれば、声を上げるくらいのことはできるだろう。

 普段の子供のような言動で忘れてしまいそうになるが、彼女は傾国の魔女とまで呼ばれた魔族の女だ。修羅場には慣れているだろう。

「さて、そろそろいいか」

 アスベルは小さく呟いて、振り返る。

「尾行が下手なのは相変わらずだな、エリス」

 アスベルは人気のない路地裏で足を止め、背後を睨む。そこから現れたのは、彼の後輩である少女──エリス。

「先輩を連れ戻しにきたっス」

 と、彼女は暗い目でそう言った。

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