AR Chronicle

第１章―放課後のログイン―

囁く村の影

　夜盗ゴブリンを討伐した直後。
　部屋には焦げた鉄の匂いのような残滓が残り、三人の鼓動はまだ収まらなかった。

「ふぅ……なんとか倒したけど……」
　陽斗が剣を床に突き立て、息を整える。

　そのとき——。

　廊下から、か細い悲鳴が聞こえた。
「きゃあああっ！」

「今の……！」
　美咲の顔から血の気が引く。

　蓮は即座に立ち上がり、扉を開けて廊下に出た。
　ランプの灯りが消えかけて薄暗い廊下の奥、宿屋の女将が床に座り込み、肩を震わせていた。

「おい、大丈夫か！」
　陽斗が駆け寄る。

　女将の傍らには、同じくゴブリンの死骸が黒い霧となって消えていく最中だった。
　彼女は涙目で二人を見上げる。
「……襲われ……客も……他の部屋も……」

　その言葉に、美咲の胸が締め付けられた。
「まさか……私たちだけじゃなかったの？」

　階下に降りると、広間は荒れていた。
　倒れた椅子、割れた皿、逃げ惑う人影。
　宿泊客と思しき人々は、必死に戸口へ押し寄せている。

　——【緊急クエスト発生】
　画面に淡く文字が浮かぶ。

　《防衛クエスト：夜盗の群れ》
　条件：村人を守れ／宿を破壊から守れ
　報酬：経験値＋？／アイテムランダム

「……やっぱり来たか」
　蓮の表情は鋭さを増す。
「この襲撃はイベントだ。俺たちが対応しなきゃ、村は壊滅する」

「くそっ……ゲームだってのに手加減なしってかよ！」
　陽斗は再び剣を構え、扉の向こうへ視線を向ける。

　ガタガタ……。
　木の扉を叩く音が大きくなり、外から獣じみた唸り声が重なった。

「ひぃ……！　もうだめだ……！」
　村人たちは泣き叫びながら、三人の背に隠れる。

　美咲は唇を噛みしめ、両手を握りしめた。
（私たちが……守らなきゃ……！）

「陽斗、美咲、準備はいいか？」
　蓮の冷静な声が飛ぶ。

　二人は力強く頷いた。

　——ドンッ！！
　扉が吹き飛び、複数の赤い瞳が闇の中から現れる。
　宿屋を舞台にした夜の攻防が、いま幕を開ける——。