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12.ボランティア

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======== この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
大文字伝子・・・主人公。翻訳家。
大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。
愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。
愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。
依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。
福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。
福本(鈴木)祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。
久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。
久保田嘉三・・・久保田刑事の叔父。管理官。
藤井康子・・・伝子マンションの隣人。
本田幸之助・・・福本の演劇仲間。
松下宗一郎・・・福本の演劇仲間。
渡辺あつこ警部・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。
大曲(大文字)綾子・・・伝子の母。

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「危ない!」運動場の朝礼台からの依田の声が響いた。祥子の演技力が認められ、警察から福本の劇団の民間協力が依頼された。
それを聞いた伝子は、「ヨーダ。MCやってやれよ。」「ええ?普通劇団のリーダーがやるでしょ。」と依田が固持したが、伝子は一蹴した。
「MCと言えばヨーダでしょう。」高遠も続けた。「MCと言えばヨーダでしょう。」
「夫婦揃って言っている。」と依田が言うと。「お前も聞いているだろ?彼らは役者だけやる訳じゃない。裏方も兼ねているんだ。福本の負担を減らしてやれよ。」「減らしてやれよ。」
「分かりました。喜んでー。」依田は後で深く後悔することになった。
午前中は小学校で交通安全教室、午後は老人会で特殊詐欺対策教室。毎日ではないが、毎回2ステージだ。謝礼は出るが、ギャラは出ない。
テントの中。高遠は管理官と話していた。「やはり、依頼して良かったよ。大文字君は?」「白河夜船です。昨夜は翻訳原稿の締め切りだったので、徹夜でしたから。」
「なるほど。」「南原さん、このイチゴは実家から?」と高遠は盛られたイチゴを指して言った。「いやいや。校長先生が・・・。」「ご近所の農家から寄贈して貰ったんですよ。」と校長が言った。「母校の校長先生にお願いして良かった。」と南原が言った。
「恐れ入ります。何しろ自転車の左側通行さえ長年徹底出来ないのが実情ですから。交通安全教室もたまにしか出来ないのも事実ですし。父兄が勘違いして覚えて、悪習が踏襲されてしまっていますし。あ、午後の老人会も校長先生がご尽力頂いたとか。」と久保田刑事が横から言った。
「同級生がリーダーやっているんですけどね。コロニーで長い間中止になっていたんで、あまり集まらない予定です。」「実績が出来れば、また開催出来るでしょう。」と管理官は言った。
「では、質問コーナーに移ります。お巡りさんに交代します。愛宕さん、お願いします。」イチゴを頬張っていた愛宕は慌てて朝礼台に向かった。
代わりに、依田がテントに戻ってきた。「ヨーダ。イチゴで喉を潤せよ。」「生徒の分は?」と依田が言うと、校長先生が「教室で食べさせますから、給食と一緒に。」と応えた。
質問コーナーが終わり、劇団員がおのおの片付けるのに合わせて、南原と高遠と愛宕は小学校先生達を手伝った。高遠は楽屋に向かう祥子に声をかけた。
「祥子ちゃん。これ、持って行って。」「凄い。ありがとうございます。」と誰にともなく言って楽屋に向かった。
こうして、依田の不満以外は何事もなく、午前の公演は終了した。
午後。なごやか町老人会。公民館に集まったのは僅か5人だった。「元々は10数名いたんですけどねえ。あまり出なくなりました。もうカラオケ出来るんだよ、大きな声出していいんだよ、って言ってもねえ。誘ってもなかなか出て来なくなっちゃって。」と老人会会長は嘆いて言った。「コロニーもとっくに収束傾向に入っているのに、ワクチンやオバキュー(OBQ)検査で業者を儲けさせ続ける為にゴーサインを出さないんだから、政府は。志田政権は酷かった。」と高遠は言った。
老人会会長は「まあ、第1回目ですから。徐々に行きましょう。」と高遠を慰めた。舞台前では、早速依田がMCらしく振る舞っている。
伝子がやって来た。「伝子さん、もういいの?」「ああ。よく寝た。また藤井さんにおにぎり貰っちゃった。いつ食べても旨いな、やっぱり元料理教室やってただけある。」
「そう言えば、あの夜もね。片付け終わったら、へとへとだった。依田の分もおにぎり渡してくれて。」「基本的にいい人なんだよ。」「この前のこともかなり感謝してくれて。」「あれはヨーダの功績だよ、学。」「そうだね。」
管理官、みちる、あつこが入って来た。久保田刑事と愛宕が近づいた。
「どうかね?反応は。」「みんな真剣に聞いてくれています。今回は、オレオレ詐欺で、家に取りに来た場合の対処についてです。」と、愛宕が説明した。
「取りに来られた時点で終わりかも知れないが。」と管理官が言った時、舞台前の依田が大きい声を出した。「ストーップ!はい。これで大金は持ち逃げされてしまいますね。では、巻き戻してみましょう、最初の電話がかかってきた時に。」
役者たちはフィルムを逆再生するように動き出した。祥子が演じるおばあちゃんが電話に出る。「はい。中西です。」
「ストップ。まず、ここで相手にスキを見せてしまいました。どなたか分かる人。手を挙げて応えて下さい。」
「はい。」「はい、そちらの『男性』の方。」「声が小さかった。」「んー。残念です。他の方はどうですか?」
「はい。」「そちらの『女性』の方。」「苗字を名乗った。」「はい。正解です。苗字というか名前ですね、自分の。何故まずかったのでしょう?昔は『相手が間違ったと悟った時』に分かりやすいように名乗っていたんですね。お店だったら宣伝にもなりますし。でも、今は家に電話があった時は、こういう詐欺師にわざわざ教えることにもなります。」
「はい。」「はい。そちらの『男性』の方。」「なぜ、教えるとまずいんでしょう?」
「はい。とても『いい質問ですね』。名前を名乗ることで、相手のペースに嵌ってしまうからです。さっき、相手は『中西さん』を何度も使っていましたね。実は、中西さんは見ず知らずの人に『知っている人』と勘違いして話を続けることになります。相手の名前もまだ知らないのに。」
「じゃ、どうすればいいの?」「はい。そちらの『女性の方』のおっしゃる通り、困ったことです。答えは簡単です。『もしもし』と言えばいいのです。用事のある人が電話してきたのなら、ここで相手が〇〇です、と名乗ります。そうでない場合は、その後尋ねてください。『どなたですか?』と。」
さて、最初の心構えが出来たところで、相手が『借金が必要な事件』を話しだします。スタート!」
役者たちは芝居を始める。「もしもし。どなたですか?」「実は、あなたの息子さんが会社のお金を紛失されましてね。」「はい、ストップ。」
「皆さん、お気づきのことがあれば、どうぞ仰ってください。」「はい。先ほどの『男性の方』。」「名前を知らない筈なのに、あなたの息子さんが、と言った。中西さんですか?中西です、の応答なしに決めつけて話をしている。」
「息子が電話番号を教えたのでは?」「間違い電話の可能性は?」
「では、続きを見てみましょう。」と依田がまとめた。
「彼に変わりましょう。」と犯人役が言った。「ごめん。僕が、僕が、迂闊だった・・・会社の金を、金を・・・。」と息子役が泣き出した。
「ストップ。名演技ですね。実際の犯人はもっと名演技かも知れませんが。」と依田が言うと、場内から笑いが起こった。
「この時、もうお母さんがこの人のことを息子だと信じ切っています。これは、人情につけこんでいる訳ですね。息子は、息子役は自分の名前を名乗っていません。この時にお母さんが『太郎かい?』と言えば『太郎だよ』と返すでしょう。息子への愛情から、犯人にお金を渡す用意をしてしまいます。ここからは、ドラマを止めて、警察の方のお話に移りましょう。愛宕さん、お願いします。」
役者達は袖に引っ込んで、愛宕が依田からマイクを受け取った。
「生活安全課の愛宕と申します。皆様にお願いすることは、たった一つ。どうかお時間を割いて、ご家族・親族の方と一緒に、詐欺にかからないように常日頃から話し合い、決めておいて欲しいのです。今の例だと犯人に手渡す前にお金を用意する時間があります。最悪の場合でも、回避出来る可能性があります。だが、一番重要なのは、大金を引き出す際に、ご家族・ご親族に相談すれば簡単に泥棒に渡すことはありません。目的がはっきりしていても、ご自分の判断だけで決めない約束事があれば、いざというときに、ご家族・ご親族が助けてくれます。資料をお渡しますので、ご家族・ご親族とお話してください。」
愛宕が合図をすると、みちるとあつこが出席者に渡した。
管理官が「残った資料は会長さんにお任せするか。」と言った時、公民館の放送が流れた。
「空き巣事件が発生しました。3名が逃走中です。外出中の高齢者の方は警察官や町会議員の指示に従って、自宅にお戻りください。」
久保田管理官はすぐに指示を出した。「久保田、愛宕、白藤、それと渡辺くんは出席者の皆さんを送り届けて町会議員の方に引き継ぎしてくれ。応援依頼を警邏と隣町の署にしておこう。」
高遠が資料を広げた。「愛宕、町の出入り口になる道路は?」
「7カ所あります。こことここと・・・」とマーキングしていった。
「手分けして、逃走方向を探ろう。私たちはここだな。」と、伝子が言うと、
「じゃ、俺はここだ。」と依田が名前を書く。南原も続いた。「ここは僕が行くよ。よく知っている道だ。」「ここは私が。」と南原も続いた。
「じゃ、僕らはこことこことここだ。」と福本が言った。
「よし、私も1カ所担当する。老人会長さん、連絡係を頼みます。」
「分かりました。」各自、公民館と老人会長の電話番号を聞いて、外に飛び出した。
伝子が行く方向に「工事中に迂回をお願いします。」の立て看板があり、警備員が交通整理している。高遠は思いついて尋ねた。「迂回を嫌がっていた人はいませんか?」
「いたなあ。今朝来た時は工事中じゃなかったって。看板出しているのにねえ。」
「どんな車でしたか?泥棒を追いかけているんですけど。3人組の。」「ああ。青いバンだったよ。横浜ナンバーだった。」「ありがとうございます。」「学。みんなに知らせろ。」
伝子はスピードを上げながら、迂回路を進んでいく。「伝子さん、揺れると入力し辛いです。」「Linenの電話機能の方を使え!グループLinenで発信し、応答のあったものから伝えればいい。」
「こちら、依田。なんだ、高遠。」「犯人は北西方向に向かった。横浜ナンバーの青いバンだ。」「了解。」「こちら南原。今の会話は聞きました。私もそちらに向かいます。」「こちら福本。同じくだ。我々もそちらに向かう。松下たちには僕から伝える。」
「こちら愛宕。参加者の避難は済みました。我々もそちらに向かいます。」高遠は、老人会会長と、管理官にも連絡を怠らなかった。
隣町に入って1.2キロ位走った所のコンビニに該当車が止まっていた。福本達がコンビニに入って行き、それを近くで見ていた『3人目』が逃げ出した。「学。連絡を!」と言うが早いか猛然と伝子は走って追いかけた。途中、河原に出る小道があり、何を思ったか、犯人は河原に入って走った。
伝子は100メートル先の橋を見付け、そちらに向かって走った。橋の中央まで行った時、眼下の犯人が橋の下をくぐり抜けるのを見てとった伝子は橋の上からダイブした。伝子は少し放物線を描いて、見事犯人の背中に着地した。犯人の背中から降りて、伝子は所謂『かつ』を入れた。依田や愛宕、久保田が追いつき、最後に高遠が到着した。
「大文字さん、やっちゃった?」と久保田刑事が涙目で言った。「急所は外した積もりだが・・・まあ、肩甲骨にヒビ入ったかな?」
警察官達が追いついた。愛宕が犯人を引き渡した。「それより、久保田さん、あれを見てください。」
伝子が指をさした先の藪から、白骨死体が見えていた。「今日は仕事が多いな。」と久保田は呟き、署に連絡した。
河原からひきあげようと一行が移動し始めた時、河原で遊んでいた、子供の一人が「仮面ライダーだ!おんな仮面ライダーだ!」と言いだし、他の子供達が追随した。
「足を滑らしたことにしてはどうですか?久保田刑事。」「適切なアドバイス、痛み入ります。」と、久保田は大きなため息をついた。
当の伝子は平然と、白骨死体を眺めていた。「行きますよー。」と高遠が大きな声で呼んだ。
コンビニに止めた車に戻ると、管理官が苦虫を潰したような顔をしていた。
「ライダーキックだと思ったから仮面ライダーだ!って叫んだけど、あれはフライングニープレスだ!って得意げに話していたわ、子供達の一人が。」と、組んでいた腕を解いて、渡辺あつこが言った。
すかさず、久保田刑事が「威嚇しようと橋の上から叫ぼうとしたら、誤って転落したそうです。『運良く』犯人の上に。」と言った。
「妥当な線ね。高遠さんの知恵?」「はい。」「おじさま。それで行きましょう。」
「はいはい。あ、フライングニープレスってプロレスの技?」「いえ、フライングニーキックなら聞いたことありますけど。大文字キックの方がかっこいいかな?」「あつこくんはプロレス好きなの?」「ええ。現場でも実践したりしますけど。」
「誠は『いい嫁』選んだな。」と管理官は言い、「はあ。」と久保田刑事は肩を落とした。
伝子のマンション。「フライングニープレスって?先輩、飛びながら、よくそんなこと出来ましたね。」「浅瀬だと勘違いしていた。飛んでからどうにか体勢を修正した。」
「ワンダーウーマンは武器無くても平気よね。」と蘭が言うと、「本家超えているわよ。大文字先輩は。」とみちるが興奮して言った。
「んん。それで盗品は?愛宕。」「全て所有者に返しました。これからリスト作るの大変です。」と愛宕が言った。それを聞いた伝子は「ここで作って行けよ。手間が少しは省ける。」と伝子が言った。
「皆さん、出来ましたよ。」と藤井康子が言った。祥子たちが出来上がったカレーライスを隣家から運んだ。
「いつも済みません、藤井さん。」と伝子が言った。「ところで、何で『犬がダメなんですか?噛まれたことがあるとか?』と、みちるが尋ねた。
「大文字さんが引っ越して来る前、一家心中があったのよ、この部屋で。かなり腐乱していて、一時期野良犬が迷いこんで、住んじゃったのよ。保健所に連絡して処理して貰ったわ。それで、当時の入居者全員でペット禁止にしたの。」
「先輩、『訳あり物件』だから買ったんですか?」「当然だ。20分の1の値段でな。幽霊出てきたら説教すればいいし。」
皆、何となく食欲が減退したが、美味しそうに平らげた。
「若いって、いいわねえ。」と藤井康子は言った。
―完―

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