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一通の書状
一通の書状 ⑤
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普段なかなか一緒に食事が出来ないけれど明日樹を発つ碧琉の為に碧冠、碧佳、碧慈の家族も集まって樹王宮は小さな宴となった。
兄嫁たちは涙を流して碧琉を抱き、兄達の子らは黄国に旅に出ると聞き碧琉を羨ましがった。
目の前には碧琉の好きな樹近海で獲れる魚の笹蒸しと数種の茸が入った粥。
それに碧佳の好物、鶏の丸焼きもある。
碧琉はあまり肉料理が得意ではない。黄国は肉が主食と聞くので慣れなければならない。聞く話によるとこちらでは主食の穀も、あちらでは食べる習慣がないらしい。
表立ってそれを不安がると碧冠と碧慈がこれを好機と止めるだろうから碧琉は言わないよう、気をつけている。
宮の造りは少し違うが美しいし、風呂もあると碧佳から聞きほっと胸をなでおろす。樹、黄間には物の交易はあるが人の交易は認められてはいない。
黄国は海を跨いだ隣だが、いまだ遠い国だ。
「食欲が無いようだが」
ふと顔を上げると碧冠が心配そうに碧琉を見ていた。ふくよかな頬がここ数ヵ月で痩けてしまった。
碧琉は笑って首を振った。
「私は大丈夫です」
「お前が大丈夫なんていうと余計に心配だよ」
碧冠が隣に座り碧琉の手を取る。
「まあそう怖がらせるなよ。黄国はそう悪いところじゃないぞ、碧琉。しっかり異国を見てきなさい、その経験がお前に残るから。そして帰ったら私たちに教えてくれ」
「はい、碧佳兄さん」
お通夜のような碧冠と碧慈とは違い碧佳は明るい。
碧冠と碧慈はもう二度と逢えないような口振りで、覚悟はしていても胸を不安が覆うが、その点碧佳の言葉は帰ってくることが大前提だ。
碧佳と話していると本当に、ちょっと旅行に出るような気持ちになる。黄国を知っている碧佳ならではの余裕は、碧琉を安堵させた。
碧琉はテーブル越しの碧佳に身を乗り出し尋ねた。
「黄国王さまは、どのような方ですか?」
「どんな、か。そうだな、第一印象は女性が放ってはおかないたろうな、だな」
「え?」
「碧佳兄さん、碧琉はそんな事を聞きたいわけじゃないぞ」
横からむっとした表情の碧慈が口を挟む。
そんな碧慈を見ながら碧佳はくくと笑い声を漏らし手にしていた杯を空にした。
「そういう事だろう? 率直な印象さ。褐色の肌に黒髪、背はそうだな、私や碧慈よりも高いな。身体つきも良い。あれは引く手あまただ、間違いない。顔など人形かと思う程整っていたな。見たまま強者、という印象だな」
「強者?」
「ああ、そうだ」
強者とは、どんな人なんだろうか。頭の回転が良い、という事だろうが。単に身体が、力が強そうということか。
碧琉のなかで、煌王像が勝手に作り上げられていく。強者で女性が放っておかない容姿。
「正直腹を割って話したわけじゃないからなんとも言えないが体面を保つ理性くらいは持ちあわせておられるよ。無体な扱いを受ける事はないだろう。だいたい父王も碧慈も深刻に考えすぎなんじゃないか。人質には違いないがもともと戦の間、碧琉王子をこちらで遊学させてみては、くらいの軽い文面だったじゃないか。心配せず楽しんで来い」
「はい」
碧佳はにっと笑う。
心がふっと軽くなる。碧慈の方が有能だと言われてしまう軽さのある碧佳だが、その実三兄弟の中では一番度胸があり、王たるの資質はしっかりとある。
「では明日早い出発ですので私は休みます」
黄国の希望に添わせるため、こちらで予定していた日程を二週も早めなければならなくなった。何故そう急くのか分からないがそう要請があれば従うしかない。それだけ樹には黄国軍の力が必要だ。
碧冠の横へ行くと手をぎゅっと握られた。
小さな目が何度も瞬き、碧琉はそっと目を反らした。
「そなたには寛の魂がついているからな。早く呼び戻す」
「はい。吉報お待ち申しております」
そっと碧冠の手の上に自分の空いた手を重ねる。その眦は皺が増えたように感じる。
起こる筈のないと信じていた、戦が起きようとしている。碧冠の心労は如何ばかりか想像に難くない。碧琉は自分の心配まで上乗せしたくなく、微笑んでみせた。
「遠き地より樹の勝利をお祈り申し上げます」
碧琉は力強くそう言った。
兄嫁たちは涙を流して碧琉を抱き、兄達の子らは黄国に旅に出ると聞き碧琉を羨ましがった。
目の前には碧琉の好きな樹近海で獲れる魚の笹蒸しと数種の茸が入った粥。
それに碧佳の好物、鶏の丸焼きもある。
碧琉はあまり肉料理が得意ではない。黄国は肉が主食と聞くので慣れなければならない。聞く話によるとこちらでは主食の穀も、あちらでは食べる習慣がないらしい。
表立ってそれを不安がると碧冠と碧慈がこれを好機と止めるだろうから碧琉は言わないよう、気をつけている。
宮の造りは少し違うが美しいし、風呂もあると碧佳から聞きほっと胸をなでおろす。樹、黄間には物の交易はあるが人の交易は認められてはいない。
黄国は海を跨いだ隣だが、いまだ遠い国だ。
「食欲が無いようだが」
ふと顔を上げると碧冠が心配そうに碧琉を見ていた。ふくよかな頬がここ数ヵ月で痩けてしまった。
碧琉は笑って首を振った。
「私は大丈夫です」
「お前が大丈夫なんていうと余計に心配だよ」
碧冠が隣に座り碧琉の手を取る。
「まあそう怖がらせるなよ。黄国はそう悪いところじゃないぞ、碧琉。しっかり異国を見てきなさい、その経験がお前に残るから。そして帰ったら私たちに教えてくれ」
「はい、碧佳兄さん」
お通夜のような碧冠と碧慈とは違い碧佳は明るい。
碧冠と碧慈はもう二度と逢えないような口振りで、覚悟はしていても胸を不安が覆うが、その点碧佳の言葉は帰ってくることが大前提だ。
碧佳と話していると本当に、ちょっと旅行に出るような気持ちになる。黄国を知っている碧佳ならではの余裕は、碧琉を安堵させた。
碧琉はテーブル越しの碧佳に身を乗り出し尋ねた。
「黄国王さまは、どのような方ですか?」
「どんな、か。そうだな、第一印象は女性が放ってはおかないたろうな、だな」
「え?」
「碧佳兄さん、碧琉はそんな事を聞きたいわけじゃないぞ」
横からむっとした表情の碧慈が口を挟む。
そんな碧慈を見ながら碧佳はくくと笑い声を漏らし手にしていた杯を空にした。
「そういう事だろう? 率直な印象さ。褐色の肌に黒髪、背はそうだな、私や碧慈よりも高いな。身体つきも良い。あれは引く手あまただ、間違いない。顔など人形かと思う程整っていたな。見たまま強者、という印象だな」
「強者?」
「ああ、そうだ」
強者とは、どんな人なんだろうか。頭の回転が良い、という事だろうが。単に身体が、力が強そうということか。
碧琉のなかで、煌王像が勝手に作り上げられていく。強者で女性が放っておかない容姿。
「正直腹を割って話したわけじゃないからなんとも言えないが体面を保つ理性くらいは持ちあわせておられるよ。無体な扱いを受ける事はないだろう。だいたい父王も碧慈も深刻に考えすぎなんじゃないか。人質には違いないがもともと戦の間、碧琉王子をこちらで遊学させてみては、くらいの軽い文面だったじゃないか。心配せず楽しんで来い」
「はい」
碧佳はにっと笑う。
心がふっと軽くなる。碧慈の方が有能だと言われてしまう軽さのある碧佳だが、その実三兄弟の中では一番度胸があり、王たるの資質はしっかりとある。
「では明日早い出発ですので私は休みます」
黄国の希望に添わせるため、こちらで予定していた日程を二週も早めなければならなくなった。何故そう急くのか分からないがそう要請があれば従うしかない。それだけ樹には黄国軍の力が必要だ。
碧冠の横へ行くと手をぎゅっと握られた。
小さな目が何度も瞬き、碧琉はそっと目を反らした。
「そなたには寛の魂がついているからな。早く呼び戻す」
「はい。吉報お待ち申しております」
そっと碧冠の手の上に自分の空いた手を重ねる。その眦は皺が増えたように感じる。
起こる筈のないと信じていた、戦が起きようとしている。碧冠の心労は如何ばかりか想像に難くない。碧琉は自分の心配まで上乗せしたくなく、微笑んでみせた。
「遠き地より樹の勝利をお祈り申し上げます」
碧琉は力強くそう言った。
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