番ではなく、あなたを選ぶと決めた──王太子と平民の契約から始まる恋

春夜夢

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第9話「王妃の目覚め」

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クラウスが拘束された翌朝、王宮は異様な静けさに包まれていた。
 陰で動いていた保守派の粛清は極秘に行われ、表向きは「旧議事堂の一部に火災があった」という報告だけが出回った。

 しかし、真の動揺は、王宮の奥深く──“王妃の間”にあった。

「……起きていらっしゃいましたか、王妃様」

 側仕えの老女の声に、白銀の髪を持つ王妃はゆるりと頷く。

「……クラウスが、ついに動いたのね」

「はい。しかし……殿下が、それを阻まれました」

 王妃は、しばし瞼を閉じて沈黙した後、囁くように言った。

「ならば、あの子の覚悟も、本物ということ」

 王妃――ユリエルは、かつてこの国で“制度”と戦った唯一の王族だった。

 彼女自身が“番制度”に従い、意志を押し殺して王と結ばれた過去。
 その果てに、自身の番であった恋人を処刑された記憶を、今も忘れてはいない。

「……セイル、というのね。あの子が、殿下の心を動かしたのなら──」

 彼女は静かに立ち上がった。
 長いこと姿を見せなかった“王妃”が、再び動き出す。

「陛下にお伝えして。
 王妃としてではなく、“母”として、殿下の隣に立つと」

 一方その頃。
 セイルは、王太子の私室で目を覚ましていた。

 昨夜の出来事は夢ではない。
 自分が捕らえられ、そしてレイグランが救いに来てくれたこと──

 指先が、まだ彼の温もりを覚えている。

(あの人は、きっと僕のすべてを知ろうとしてくれている)

 けれど、まだ語っていない秘密がある。
 自分の出生、自分が何者であるのかすら、セイル自身も知らない。

(僕は……どこで生まれ、何のために存在しているんだろう)

 その疑念が、静かに彼を締めつける。

 扉がノックされ、レイグランが入ってくる。

「目覚めたか。体調はどうだ?」

「……うん。ありがとう、無事でいられたのは、レイグランのおかげ」

 彼はベッドのそばに腰を下ろし、セイルの手を取った。

「俺の“番”であるかどうかは、もう関係ない。
 ……けれど、君の過去を、俺は知りたい」

 その言葉に、セイルは瞳を揺らす。

「僕も……知りたい。ずっと、避けてきたけど……怖かった。
 本当の僕が、君の隣にいる資格がない人間だったらって──」

 レイグランは、ためらいなくその手を握りしめる。

「過去がどうであれ、君が“今ここにいる”という事実だけで、十分だ」

 その声に、セイルの胸がじわりと熱くなる。

 そして──

「セイル様。王妃様がお目通りを希望されています」

 使用人の声に、二人は静かに顔を見合わせた。

 動き出す“王妃”。
 彼女は何を語り、何を知っているのか。

 セイルの過去、そして“制度の真実”が、ゆっくりと姿を現し始めていた。
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