この世界で、君だけが平民だなんて嘘だろ?

春夜夢

文字の大きさ
5 / 11

第5話 「キス、されそうになった。……君以外の人に」

しおりを挟む
副会長・カミルの登場によって、リオの学園生活は再び落ち着かなくなっていた。

「リオくん、今日の授業、付き添ってもいいかな?」
「ちょっとお茶でもどう? この時間、ユリウス会長は執務中だよね?」

優雅で紳士的。
貴族らしい穏やかさに、誰もが好意的な笑顔を返す。

けれど――

(この人、どこかおかしい)

リオは、直感でわかっていた。
カミルの視線は、常に「品定めするような眼差し」だった。

“知りたい”と言いながら、“試したい”と語っているような、そんな目。

(俺が“ユリウスの大切なもの”であることを知って、
それを確かめに来てる……)

けれど、リオは断りきれなかった。
貴族社会の空気というものに、まだ不慣れだったから。

* * *

午後の講義後。

カミルに誘われ、人気のない回廊を歩く。

「リオくんって、不思議だね。
平民のはずなのに、礼儀も所作も美しくて、育ちの良さすら感じる」

「そんなこと、ないです」

「あるよ。ユリウス会長が夢中になるのも、なんとなく理解できた」

「……っ」

リオは立ち止まった。

「副会長。……用件は何ですか?」

「単純に、君に興味があってね」

「俺は、“物”じゃありません」

カミルの目が細められた。

「……ますます面白いね」

そう言って――

カミルがリオに手を伸ばした。

「……っ!?」

頬を撫でられた次の瞬間、
リオの背にあった石壁に、腕が回される。

「試してみたいんだ。
君が“どこまで、ユリウス会長だけのもの”なのかを」

「やめ……っ、ください!」

リオの拒絶は、届かなかった。

カミルの唇が、リオのそれに触れようと近づいた――そのとき。

バリィィンッ――!

魔力の奔流が、空間を引き裂いた。

「リオから、離れろ」

その声に、空気が凍る。

カミルが目を見開いたまま、動けなくなる。

次の瞬間、ユリウスの手がリオの腕を掴み、
ぐいと自分の胸元へと引き寄せた。

「お前、王政法典の“私的接触の禁止第十四条”を忘れたのか?
“他者が明確に拒否した接触は、未遂であっても侮辱と見なす”。
……貴族のくせに、それすら知らんとはな」

「……ごめん、ユリウス……」

リオの声が震える。

「キス……されそうになった。
……君以外の人に」

「…………」

その言葉に、ユリウスの目が鋭く細められる。

「今夜、覚悟しておけ」

「えっ?」

「“他人に触れられたお前”を、俺が上書きする」

「ちょ、まっ――え!? えぇ!?!?!?!?」

* * *

その夜。

リオの部屋の扉は、いつもより早く、静かに開いた。

「な、なんでスーツ脱ぎかけなの!? なにそのシャツのボタン――っ!」

「……キスくらい、もうしてもいい頃だろ」

「こ、心の準備というものがッ……!!」

「さっき、言ったな。“俺以外にされそうになった”と」

「……っ」

「なら、“俺にだけ許す”と口にしろ」

「…………ずるい」

リオの声が震えていた。

「ずるいよ、君。……全部持ってく。
こんな時にそんな声出されたら、拒めるわけないじゃん……」

「なら、いいな」

「……うん。……いいよ」

そう答えたリオの唇に、
ようやく、優しい、けれどどこまでも熱を孕んだ“初めてのキス”が落とされた。

部屋の外では、月が静かに、雲間から顔を出していた。

それはきっと、ふたりにとっての――
恋の“夜明け”だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

王子様から逃げられない!

一寸光陰
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

伯爵令息アルロの魔法学園生活

あさざきゆずき
BL
ハーフエルフのアルロは、人間とエルフの両方から嫌われている。だから、アルロは魔法学園へ入学しても孤独だった。そんなとき、口は悪いけれど妙に優しい優等生が現れた。

王道学園のモブ

四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。 私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。 そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。

君と秘密の部屋

325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。 「いつから知っていたの?」 今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。 対して僕はただのモブ。 この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。 それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。 筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子

処理中です...