『加工アプリの女』

春夜夢

文字の大きさ
6 / 21

第6話『転校生の正体』

しおりを挟む
「転校生が来るって。今さらこの時期に珍しいよねー」

朝の教室で、そんな会話がひそひそと広がっていた。
5月の中旬。学期も落ち着いてきたこの時期に、転校生なんて確かに珍しい。

(こんなタイミングで……)

沙月はまだ、あの「顔の女」の恐怖を引きずっていた。
昨夜、窓の外に張りついていた“完璧すぎる顔”──あれは、自分が加工アプリで作り上げた、理想の自分の成れの果てだった。

(このままじゃ……そのうち、私の中身まで全部、乗っ取られる)

そんな焦りと恐怖の中、ホームルームが始まった。

「紹介します。今日からこのクラスに入ることになった、八重(やえ)さんです」

教室の前に立った転校生──**八重 美苑(やえ みその)**は、どこか雰囲気の浮いた少女だった。

肌が異様に白く、目の下には隈のような影。
姿勢は良いのに、どこか“人間らしさ”が欠けているような印象。

でも、沙月は見た瞬間、確信した。

(……この子、あの女を知ってる)

直感だった。
なぜかはわからない。でも、“知っている人間の目”をしていた。

* * *

その日の放課後。

沙月は意を決して、八重に話しかけた。

「ねえ……話、できる?」

校舎裏のベンチに並んで座る。
最初、八重は警戒していたが、沙月が「FaceRefe」という単語を口にした瞬間──

その目が鋭く変わった。

「……アンタも、見たんだ。あの“顔の女”」

「やっぱり……!」

「それ、もう“追ってきてる”でしょ。写真の中とか、画面越しとか、鏡とか。全部、彼女の通り道」

八重はポツリと語り始めた。

2か月前、彼女がいた学校で、「盛れる加工アプリ」が一瞬で流行った。
きっかけは、1人の生徒がアップした“完璧すぎる自撮り”。その顔に憧れ、同じアプリを使い始めた女子生徒たち。

でも──数日後から、次々と“顔に異変”が起きた。

鏡に違う顔が映る。写真が勝手に保存される。
最後には、自分が自分でなくなっていく感覚。

「その学校、今はもうない。閉鎖された。原因は、集団精神錯乱とされてる。でも違う。“彼女”が、全員の顔を奪ったんだよ」

「顔を……奪うって……」

「“彼女”はね、自分の顔を忘れた女の怨霊。SNSで作られた“偽りの美しさ”に嫉妬してる。そして──取り込もうとする。自分の“顔”として」

八重はシャツの袖をまくる。

そこには、焼け焦げたような“QRコード”のような痕が刻まれていた。

「これ、前に“彼女”が入りかけた時についた。ギリギリで、自分の“本当の顔”を思い出して、追い出した。けど──私だけしか、生き残らなかった」

沙月の背筋が凍った。

「自分の顔を、思い出す……」

「そう。盛った顔じゃなくて、加工前の、鏡の前で笑ってた、本当の顔。あの女に“乗っ取られる前”の顔を、自分でちゃんと覚えてるかどうか」

沙月の頭に、昨日の記憶がフラッシュバックする。

──鏡に映った“盛られた自分”
──SNSの中で動き出す“完璧な自分”
──リアルよりもリアルな、“作られた顔”

(……私、自分の顔……覚えてないかも)

「ヤバいのは、顔を忘れてるって気づいたとき。“彼女”は、そこを狙ってくる」

八重が真剣な目で言った。

「アンタ、今夜が分かれ目だよ。カメラに映っちゃダメ。SNS開くな。鏡もできれば……避けて」

「……わかった」

沙月は強く頷いた。
今、ようやく少しだけ、現実に抗う術が見えてきた気がした。

でもその夜、寮の部屋で沙月がドアを開けたとき、部屋の中央に置かれていたスマホがひとりでに動き出した。

画面には、こう表示されていた。

『“あなたの顔”を、もう一度スキャンします』

──反射的に振り返った鏡の中。

そこには、**八重の顔をした“沙月”**が、微笑んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/17:『まく』の章を追加。2025/12/24の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...