『加工アプリの女』

春夜夢

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第11話『消されたアカウント』

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朝。

目を覚ました沙月は、無意識のうちに鏡を見た。

そこには──昨日見た“素顔の自分”が、ちゃんといた。

加工も、演出も、誰かの理想でもない。
少しむくんだ瞼。乾いた唇。乱れた髪。

けれど、それが心地よかった。

(……やっと、取り戻せた)

静かに息を吸って、スマホの電源を入れる。

通知が山ほど来ていた。
だがその中で、目を引いたのはひとつの項目だった。

『@satuki_real は存在しません』

「……消えた?」

昨夜まで自分を模倣し、侵食してきた“偽アカウント”。
盛られた完璧な顔を使い、勝手に投稿していたあの“誰か”。

そのアカウントが、完全に削除されていた。

(八重……やってくれたの?)

真っ先にメッセージを送ってみる。
だが、返事はない。既読もつかない。

……と、そのとき。

『八重美苑さんのアカウントは見つかりません』

SNSが、まるで“記録”ごと彼女を抹消していた。

(どういうこと?)

学校の連絡網、出席簿、グループLINE──
どれを開いても、八重という名前はどこにも存在しない。

まるで、最初からいなかったかのように。

「……八重が……彼女を一緒に連れて行った……?」

スマホの画面が暗転する。

一瞬、画面に映った自分の顔が、また微かに“他人”に見えた。

慌てて画面を切る。

そのとき、新たな通知が表示された。

『おすすめユーザー:@noname_000』

アイコンには、顔のない少女のシルエット。

興味本位でタップする。

アカウントページには、何も投稿されていない。

ただ、唯一フォローしているユーザーがいた。

──それは、沙月の本アカウントだった。

「……なんで、また……」

嫌な汗が背筋を伝う。

その瞬間、画面が切り替わった。

『このアカウントの“顔”は、まだ設定されていません』
『最初に見たあなたの顔を、記録しますか?』

スマホのカメラが、また勝手に起動する。

──シャッ。

反射的に画面を隠したその刹那。
スマホに保存された“新しい写真”。

そこに写っていたのは、ぼんやりと笑う沙月の顔。
だが、目元が黒く塗りつぶされていた。

『ありがとうございます。顔を登録しました』
『次のユーザーへ、共有されます』

「……ちょっと待って……私、もう関係ないでしょ……?」

でも、その画面の下に──こんな文が添えられていた。

『これは、バトンです』
『次は、誰の顔が欲しい?』

沙月は、スマホをそっと伏せた。

……顔は、もう返したはずだった。

けれど、“顔を欲しがるもの”は、まだネットの中に残っている。

形を変え、名前を変え、姿を持たず、静かに誰かを見ている。

そして、今日もまた誰かが、自撮りアプリを開いた──。
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