『加工アプリの女』

春夜夢

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第10話『顔を返して』

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──『あなたの顔、最終確認中です』

表示された通知は、まるで処刑宣告のようだった。

スマホの画面に映る自分は、もう自分ではない。
瞳の奥が空洞で、表情には生気がない。
“完璧”すぎて、“無機質”で、“不気味”。

沙月は、静かに呟いた。

「……これ、誰?」

その瞬間、スマホが熱を帯び、画面が赤黒く波打ち始めた。

──『顔を、返して』

どこからともなく聞こえてきたその声は、女とも男ともつかない。
乾いていて、こすれたような、でも耳の奥にずっと残る声だった。

「私の……顔を……?」

いや、違う。
これは、沙月に“顔を奪われた誰か”の声。
もしかしたら、沙月自身が“知らずに”誰かの顔を借りていたのかもしれない。

──SNSで見た“理想の顔”
──加工アプリで真似した目、鼻、輪郭
──「可愛い」と言われたその顔は、本当に自分のものだったか?

「……私は……」

何かが、ぽたりと落ちる音がした。

気づけば、部屋の床に──“顔”が散らばっていた。

紙のようにペラペラの、写真に切り抜かれたような顔。
それぞれに、うっすらと名前が書かれている。

「美羽……? あやの……これは……学校の子たちの……」

見覚えのある名前が次々と出てくる。
その中に、一つだけ──

──『沙月』

と書かれた“顔の断片”があった。
だが、それは他の顔よりもずっと薄く、今にも風で飛びそうだった。

「……これが、私の……?」

震える指で拾い上げようとしたその瞬間。

パキン、と乾いた音がして、電気が切れた。

部屋が真っ暗になる。

──シャリ、シャリ、シャリ……

暗闇の中を、何かが這う音。

誰かの“顔”をずるずる引きずって、近づいてくる。

「……顔を返して……」

女の声が耳元で囁く。

「借りたまま、返さないのは、だめだよ……」

その声とともに、誰かの“手”が沙月の首元にそっと触れた。

(返す? でも私……借りた覚えなんて……)

──本当に?

頭の中で、別の声が囁く。

「君はずっと、誰かの顔を真似して生きてきた。
“理想の顔”を貼りつけて、見られたい自分を演じてきた」

(違う……! 私はそんなつもりじゃ──)

でも、思い出す。

初めてアプリを入れた日。
いいねが増えるたびに、自分の“本来の顔”を少しずつ、忘れていった。

自撮りの数は増えるのに、現実の自分の顔は、思い出せなくなっていった。

「顔を返して。全部、返して。
そうしないと、“本物の君”は、もう帰ってこない」

その言葉に、沙月は震える指で“顔の断片”を集め始めた。

破れた、歪んだ、欠けた顔。

友達の。クラスメイトの。
そして、八重の顔も──そこにあった。

最後に、自分のものと思われる、ぼんやりとした顔の欠片を手に取る。

目を閉じて、深く息を吐いた。

「……私は、私の顔を、返す。
 誰のものでもない、“私”を取り戻す」

断片を胸に押し当てた瞬間、部屋中がまばゆい光で包まれた。

──そして、音が止んだ。

静寂の中、ゆっくりと電気が戻る。

部屋の床には、もう“顔”は落ちていない。

ただ一つだけ、小さな鏡が、床に置かれていた。

沙月がそれを覗き込むと、そこには──

──少し腫れぼったい目
──化粧っ気のない素肌
──でも、ちゃんと呼吸してる“誰か”がいた。

「……おかえり」

沙月は、鏡の中の“自分”にそう言った。
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