『加工アプリの女』

春夜夢

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第12話『#盛れるアプリを試してみた』

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「ねえ、ユイ。これ見て。めっちゃ盛れてない?」

放課後、ファストフード店の角席。
親友のカナがスマホを見せてきた。
画面に映るのは、現実とは少し違う、完璧な笑顔のカナの自撮りだった。

「……あー、またそれ? 加工しすぎじゃない?」

「は? 盛ってなんぼでしょ、今どき。
 てか、これさ、“RefeCam”ってやつ。めっちゃバズってるんだよ。
 AIが勝手に盛ってくれて、しかも美肌フィルターとかやばいし!」

「Refe……?」

どこかで聞いたような名前だった。
いや、聞いた気がするのに、なぜか頭の中が霧がかかったように思い出せない。

「アンタも入れてよ。絶対可愛くなるって」

カナは悪気なく言った。
“加工は当たり前”の世代にとって、それは何の疑問もない行為なのだ。

ユイは一度だけためらった。
けれど──その場の空気と、“試してみたい”という軽い興味が勝った。

「……じゃあ、ちょっとだけ」

スマホを取り出し、アプリストアで「RefeCam」を検索。

レビューは星4.8。コメントには「盛れる」「神アプリ」「違和感ない」「彼氏できた」など、絶賛の嵐。

(ま、たしかに人気はあるっぽいし……)

──インストール完了。

アプリを起動すると、スマホの画面いっぱいに黒い鏡のようなUIが映し出された。
まるで水面をのぞき込んでいるような、不気味な反射。

(ちょっと……普通のカメラっぽくない……?)

違和感はあった。けれど、指は自然と“撮影”ボタンに触れていた。

──カシャ。

スマホが、勝手に写真を撮った。

「えっ、ちょっと……勝手に……」

画面に表示されたのは、ユイの顔。
でも──見たことのないほど、整った自分だった。

「……なにこれ……やば……」

目が大きく、輪郭はシャープ。肌は白く、髪の色もワントーン明るく見える。
まるで“理想の自分”そのもの。

その写真をカナに見せると、彼女は目を見開いた。

「……うわ。誰かわかんなかった。てか……アンタ、可愛すぎ」

「……だよね。やば……」

まるで魔法みたいだった。

すぐにその写真をSNSに投稿する。

> 「#盛れるアプリを試してみた」



最初の「いいね」は、数秒でついた。

> 「かわいすぎ」
「モデルみたい」
「加工どこのアプリ?」



だが、コメントの中に一件だけ異質なものがあった。

> 「この顔、誰かと同じじゃない?」



「……え?」

誰かと、同じ──?

ふと、自分の顔をもう一度見る。
けれど、それはまぎれもなく自分。
そう信じたい。

その夜。

自室でシャワーから上がったユイは、鏡の前でふと違和感を覚えた。

(なんか……目が、違う?)

鏡の中の自分が、じっとこちらを見ている。

……いや、普通に見てるだけだ。
でも、ほんの少しだけ、**“誰かに似ている”**気がした。

「気のせい、でしょ……」

そう呟いたとき、スマホから通知音が鳴った。

> 『@noname_000があなたをフォローしました』



タップすると、画面には顔のないシルエットのアイコン。

そのアカウントの投稿は、たった一つ。

> 「“最初に見たあなたの顔”、いただきます。」



ユイはスマホをベッドに投げ、震える声でつぶやいた。

「なに……これ……?」

その瞬間、電気がふっと落ち、真っ暗な部屋の中で──

鏡の奥から、シャリ……シャリ……と、何かを引きずる音が、聞こえ始めた。
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