『加工アプリの女』

春夜夢

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第14話『鏡のない世界』

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──その顔は、私じゃない。

けれど、スマホの中に映っているのは“私のはずの女”だった。

目の奥が塗りつぶされたように真っ黒で、
笑っているのに、感情がどこにもない。

それなのに、画面下にはこう表示されていた。

> 『新しいプロフィール画像に設定しました』



「……なんで、こんな……」

ユイは両手で顔を覆い、深く息を吐いた。
でも、その手の感触が“自分の顔”かどうかも、もう自信がなかった。

(本当の私は、どんな顔だった?)

頭の中に霧がかかる。
スマホの中の自分、SNSに投稿された写真、自撮りアプリで加工した画像。
どれもこれも、“どこかの誰か”に似ているだけ。

“自分自身”が、どこにもいない。

* * *

翌日。

ユイはいつも通り学校へ向かった。
でも、誰も彼女に声をかけない。

(あれ……?)

教室に入っても、カナは目を合わせようともしない。

しかも、彼女の机の上に置かれていたスマホの画面には──

ユイの顔に似た誰かの投稿が映っていた。

> 「#憧れの顔になれた日」
「#誰かの顔を借りて生きてる私」
「#もう、元の私に戻らなくてもいいや」



(……これ、私じゃないよね? でも……)

あまりにも“似ている”。
その顔は、ユイが加工した自撮りそっくりだった。

──いや、“そっくり”なのではない。

誰かが、ユイの顔を使い始めた。

そして、ユイの存在が、少しずつこの世界からぼやけていく。

教室の空気に自分が溶けていく感覚。
存在が“誰かのアカウント情報”に書き換えられていく感覚。

(私、消える?)

その夜、ユイは思い立って鏡をすべて外し、部屋から出した。

スマホのインカメラにも黒いテープを貼る。
カメラアプリを削除し、SNSアカウントも退会。

──「もう、誰にも“私の顔”を見せない」

そう決めた。

でも、次の瞬間──部屋の天井に設置された小型火災報知器の赤いレンズが、ふっと光った。

それは、カメラだった。

そして、カシャッ。

ユイのスマホが、どこにもつながっていないはずなのに、新たな通知を受信した。

> 『#refe_mirrorがあなたの顔を再構成中です』



「なんで……消したはずなのに……!」

怒りでスマホを壁に叩きつける。

しかし画面は割れず、その代わりに表示が切り替わった。

──画面いっぱいの顔。

それは、ユイ自身だった。
でも“どのユイ”か、もはやわからなかった。

> 「ねぇ、ユイ。君はどの顔を選ぶの?」
「元の顔に戻る? それとも、“誰かになったまま”がいい?」



選択肢が2つ、画面に表示されていた。

□ 過去の顔に戻る
□ 今のままで生きる

震える指で、ユイは画面をスワイプしようとする。

でも、ふと気づいた。

(……どっちも、私じゃない)

鏡もない。記録もない。SNSにも、もう自分はいない。
だったら。

ユイはゆっくりと、スマホの電源を落とした。

そして、ベッドの脇にあった小さな手鏡を、自分の手で割った。

ぱきっ、という音とともに、何かが消えた。

静寂。
真っ暗な部屋。

だけど、心のどこかで──何かが、少しだけ軽くなっていた。

* * *

──その夜。

誰かのスマホに、新たな通知が届いた。

> 『“顔のない彼女”が、あなたを見ています』
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