彼者誰時に溺れる

あこ

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high school education

! 02

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「かーなでちゃん」

翌日。
放課後の奏がいる教室に現れたのはあのリーダー格の彼女であると知らない女子生徒。まさに類は友を呼ぶ、な雰囲気の二人だ。
短すぎるスカートに合わせて少し着崩した制服。ほんの少し年上なだけなのに、中学卒業すぐの一年生からすれば彼女たちは不思議と大人に見えて教室内は少し騒つく。
奏は何事にも無関心っぷり──そもそも奏には青春たっぷりな高校生活なんて送る気もない──を二日間に渡って惜しげも無く披露して来たため、三日目ですっかり孤立中。
が、顔は龍二が一目で惚れた可愛さだから、二日間惜しげも無く披露したのは無関心さだけではなかったようである。

「マナのお友達でってゆーの。で、ジュリがね、かなでちゃんに会いたがっててぇ、つれてきちゃったあ」
「うっそ、男の子?ちょーかわいくない?うわさどーりでびっくり!つかうわさよりかわいー」
ズカズカと入ってくる二人が奏での机の前に立つ。奏は二人を見上げ鞄を持った。
「あ、そーだ。きのーのこと、ごめんねえ。でもセンセに言わないでくれて、ありがと」
マナが媚を売った声で奏に笑う。
「あとお、あのやさしそーなかっこいいおじさんにも、口止めしてくれたんでしょ?ありがとぉ」
よく動くグロスでてらてらの唇を
(龍二さん、嫌いそう。俺も嫌い。嫌な思い出しかない)
なんて思わずその唇を見つめていたら、マナとジュリが奏の耳に囁く。
「お礼とお詫びにね、先輩と?」
「かなでくんなら、私もいーよ?」
奏ははあ、とため息をつく。彼の高校入学後の新しい発見は
(遊び好きの女の子は、顔の良い子か不良がお好き?誰と遊んだ、セックスした、キスをした、がなのかなあ)
と無意識で絆創膏を触る。
無言のまま立っている奏の腕を痺れを切らしたらしい二人は、右と左片方ずつ腕を絡めた。奏の身長が低いから、頭の位置がほとんど同じだ。
「ねーねー、かなでちゃんって、笑うとちょーかわいいの」
「そーなの?ね、かなでくん、笑ってよー」
わざと押し付けられる胸に奏は面倒臭くなって、でもやんわりと腕を解くとスタスタと教室の出入り口に歩き出した。
二人がきょとんと瞬いたが、慌てるように追いかける。

この二人はこのと普通よりはかわいい顔、それとこのセックスアピールで楽しく遊んできた。そして面倒が起きると彼氏に嘘をつき、全てなかった事のように片付けてきたのだ。
奏はこの二人のような人間を龍二に飼われてからの三年というほんの少しだが無駄に濃い時間の中で何人か見てきたから、自分のやり方ではまた面倒臭くなるのは理解している。
しかし彼はまだ子供。しかも厄介な事に龍二を好きになってこちら、奏は危険な夜叉に甘やかされ育った子供。
それは下手な甘やかされ方よりタチの悪い甘やかされ方で、我儘を、素直になる事を全て“良し”とされて育った子供なのだ。
甘えたら甘えた分、我儘を言えば言った分、奏は龍二から溢れてこぼれて溺れそうな愛を貰えたのだから、“自分の気持ちには素直に”と育っている。
だからこの時もやはり、不愉快な気持ちのまま無言で教室から出て行く。
(やっぱりサボればよかった!龍二さんのバカ!)
大声で『俺は嫌なコトも気持ち良いコトも、経験豊富だからいらない!』のだとか、『あんた達じゃ勃たないと思うから結構です!』とか叫んでやろうかとか思った奏だが、さすがに言わないのは合格した時に褒めてくれた龍二がいるからだ。
(もしあと何回か同じ事があったら、協力者見つけて龍二さんに退学してもいいって、言わせてやる!)
鞄片手に怒りに任せ、ずんずんと廊下を進む奏の後ろを慌てて追いかけてきたマナとジュリ。階段手前で追いついて二人で奏の手を掴んだ。
「う、わッ!」
「ごめーん。かなでちゃん逃げるんだもん」
突然後ろからの力に階段から落ちそうになった奏に、全く悪びれもせずマナが言う。
「もしかして、こわくなっちゃった?かなでくん。だいじょぶ、教えてあげるから。ね?楽しくあそぼ?いろんな遊び知ってるよ?」
奏を引き止めるために左手を握っていたジュリは、その左手にするすると指を絡めご満悦だ。どうやら彼女の方が奏を気に入ったらしい。
「……なんでぼくを構うんですか?」
面倒臭い感情をたっぷりのせて奏は二人に言うが、漸く振り向いた奏に満足な二人はまったくその感情に気がついてくれない。
「だって、かなでちゃん可愛いって、顔見た友達とかみーんな言ってるよ?」
「ねー。男の子だってドキドキしちゃいそーな可愛い顔だもん」
態とらしい、奏を意識した高めの声で言われた言葉に奏は本格的に面倒臭くなってくる。
(やっぱりステータスね。自慢したいんだね。大人も子供も、だ)
龍二の唯一の愛人になってから奏は『龍二の女』を自慢げに掲げる女に何人あっている。何人、にすべきなのかもしれないが、とにかく複数人にあっている。皆一様にそれをステータスにしていて奏はとっても不愉快だった。そして不愉快が積もり積もって、そういう人が嫌いな人と変わったのである。

──────キャットファイトを恥ずかしげもなくやってのける女にろくなのはいない。

高校一年生の奏の持論である。
つまり目の前の二人は奏の嫌いなタイプだ。

「ぼく、こまってないから、いいです」
「え?」
「へ?」
何か言い続けていた二人にそれだけ行って、聞き返した言葉に答えず奏はまた手を振りほどいて階段を降りる。
追ってこないのに安心し、また明日もこんな事になったら泣きそうだなんて思う奏は、マンションに着く頃にはすっかり登校拒否したくなっていた。
こんな理由でなんて、受験対策を始めた時の奏は思ってもいなかっただろう。

「行きたくない!面倒臭い!変な女に絡まれる!もうヤダヤダヤダヤダ!」

マシンガンのように電話口で喚く奏に「うるさい」とをやり直ぐに「週末は構い倒してやるから」ともやった龍二は、机を挟んだ向こうで立っている中町祥之助なかまちしょうのすけを見て真顔で言った。
「おい、三日の登校で早くも登校拒否したいって言ってきやがった。に絡まれるんだと。あいつ、がねぇな」
なんとも“酷い”言い草に祥之助も真顔で返す。
もねぇよ。てめぇがその証拠だ」
ここに重人がいたらこのタイミングで大爆笑だろうが、生憎いない。
いてくれたらもう少し、部屋の中の雰囲気は和らいだだろうに。
「お前が『せめて二十歳まではの一つももたせてやるのも愛情だろう』ていうから受験させたのに、これだ」
「お前……その肝心の部分、どうせ言ってないんだろ。言ってやれよ、そしたら奏さん喜んで行くと……行くとは思うんだが、自信がないな」
そう、奏の“お受験”の原因は奏が『退学したくなったら味方にしようリスト』に入っている祥之助。

ヤクザ、しかも“綾田の夜叉”なんて言われる物騒な男の唯一の愛人。
そんな“可哀想”な奏に、せめて成人まではその年相応の“楽しい事”がある時間を作ってやるのも愛情だろうと彼は思い、それを龍二に伝えたのだ。
どうせ「それがどうした、知るか」と言われると思ったのだが龍二は「そうか」と言って二日後突然「奏を受験させる。誰が適任だ?あのクソガキに勉強させるには骨が折れるぞ」と言ったのだ。
龍二は祥之助のそういう“温かい細やかな情”が好きだ。龍二は隠す事なく本人にもそれを伝えている。しかも何回も。
自分には決してないその情は時に危険だと思いつつ、それがある“中町祥之助”だから龍二は右腕にしたのだ。
そんな彼の提案を、奏をとても大切に思い愛している龍二が跳ね返すなんてしない。喰い殺したい程の愛なんて恐ろしい愛でも、確かに龍二は奏を何より愛しているのだから。

「なあ、龍二。お前、もう少し言葉にしてやったらどうだよ。俺の前で気持ち言っても俺しか聞いちゃいないんだ」
「おい中町、の方になってるぜ?俺の部下って仮面が落っこちてるから拾っておけよ。それに急に歳とって敬語が頭から消えたか?歳は取りたくねぇなあ」
「クソ野郎。拾って戻してやるから、てめぇ、その手ェ動かせ。ついでに奏さんにもう少し伝えてやれよ」
「お前は奏の母親か父親かよ。めんどくせぇな。おっと、手は動いてるからな」

ガン、と事務所で何かを蹴り上げた音が響く昼時。
同じような音が奏の通う高校の屋上でも響いた。

「──────った」

立ち入り禁止のはずの屋上。その屋上と階段を隔てている鉄の扉に、奏は背中を打ち付けた。
(ノブのぶつかったとこ、絶対痣になる)
いくら龍二を愛するまでの間暴力を受け続けた奏でも、痛いものは痛いし、嫌なものは嫌だ。
それに龍二は“自分を好きにならない奏”に暴力を振るっても乱暴に抱き潰しても、奏が「痛い」と素直にいえば“素直にいえたご褒美”と優しくしてくれ、恐ろしい程に甘やかしてくれた。
そうした“温度差”に奏の感覚が壊れていき、それに合わせるように龍二を知る人間から如何に奏が龍二の人生において“イレギュラーな存在”なのかを聞かされていくうちに、奏はいつの間にか椿田龍二を愛してしまった。愛してからはパタリと暴力がなくなり、奏が紙で指を切って痛いと言うだけでも龍二は甘やかすようになる。
些細な痛みさえ訴えれば優しくしてくれるのだと知ればこの奏は素直に訴え、結果、奏はどんな時でも口から簡単に痛いと言うようになった。
普通の人間なら「痛い」とさえ言いにくい状況でも。
まあ奏に言わせると「これでも場合によっては痛いって言わない時もあるよ」らしいけれど、今回はその“場合”じゃなかったようである。

「いたい、なあ、もう」

扉から背中を離し、奏はぽつりと呟く。
顔を上げ前を見れば、と言われる生徒のに立っていた生徒がいた。
「なんなの、もう、まだ入学して四日目なのに」
「そりゃこっちのセリフなんだよ!」
小声のつもりが静かな屋上では相手に届いたらしい。
「マナの次はジュリか?手当たり次第だな」
「……はぁ。ええと、彼氏なの?」
無言になった相手に
(ふうん、片思いしてるのかな。振られた?どっちにしても八つ当たりじゃん!)
と本当は口から出したい言葉を心で発する。今はまだ、高校生でいようと“健気”な彼は思っているようだ。
「ぼく、二人に何もしてないし、むしろ困ってる」
「偉そうに手ェ出しておきながら何言ってんだよ」
「手なんて出さない」
怖がる事も臆する事もなく、視線を合わせ奏は言い切った。
ジュリに片思い中の男子生徒は自分たちを恐れ怖がり、視線すら合わせず、こうして因縁を付ければ謝ってくる相手ばかり見てきたから、奏の対応に腹立ちも覚える。
その反面、奏の怖がらない視線にぞくりと背筋が震えた。
彼にはその理由が解らない。解ればもしかしたら何か変わるかも知れないのに、やはり検討もつかなかった。
「ぼくは誰かに、セックスでも暴力でも、“手を出す”なんて言われるような事はしない」
見た目が可愛くて純粋無垢そのもののような奏の口から、恥ずかしがる様子もなく“セックス”なんて出てきて、二人は戸惑いを隠せない。
「偉そうに」
戸惑いを振り払うように思いついた単語を言えば、奏は無関心さを振りまいていた目を細める。威嚇するためにではない。奏は自分が誰かを睨みつけても迫力が全くない事を理解している。その代わりに“武器”を持っている事も、彼は理解していた。

「だってほんとだもん。ぼくね、になっちゃうとね、とっても、そう、とても──────怒られちゃうの」

喧嘩の強い相手、かっこいい人、可愛い子、自慢になる相手ならマナとジュリ。奏の目の前の少年もその一人で、少しでも格好いいと思えばせまるジュリに恋する少年。片思いしてる相手がいても“美味しそうな餌”は食べて見たい。
しかし相手がマナだから、彼女の彼氏が怖いから、彼は美味しい餌に飛びつけなかった。
そんなマナのどんな卑猥な誘い文句よりも、彼には今、奏が今目を細め少し笑って発した「怒られちゃうの」が卑猥に聞こえて堪らない。
なんの変哲も無い「怒られちゃう」という、よくある言葉なのにもかかわらず彼には今まで聞いたどんな卑猥な言葉よりも強烈だった。青空の下で聞いてはいけないような、そんな気さえした何かだ。
「だからね、ぼく、誰にも手なんて出さないの。お願い、信じて?」
眉を下げやや俯き加減、上目遣いで唇を噛む。
技としているあざとい仕草がなんと自然に見える事か。これはきっと、彼の顔がそう見せるのだ。可愛くて純粋無垢に見える、その顔が。
これが龍二やその周りの大人なら「演技してるんじゃねぇよ」と笑うなり、それにわざとのって構ったりするだろう。しかしまだ少年の彼らにはそれが解らない。
黙り込んでしまった少年に、奏は申し訳なさそうな顔を作った。
「ぼく、教室にもどっても、いい?」
奏はこの短い四日間の高校生活で、教職員が彼らに対してかなり及び腰なのは理解している。奏が連れていかれた事もきっと、誰か教職員の耳にも届いているだろう。だから今から教室に戻ってもレクリエーションの途中で入ってしまっても、誰も何も言わない。寧ろ、このまま奏がさぼってそのまま帰っても、教職員は翌日無事に奏が登校するだけで安堵の息を吐くだろう。
奏はそれも理解しているけれど「とりあえず高校生活を送るわけだから教室に戻らなきゃな」という気持ちがあるのだ。
その気持ちは
(龍二さん、週末構い倒してくれるって言ったもん)
という不純な動機だけれども。

男子生徒の反応が全くない事に痺れを切らし、奏は肩をすくめて無言で屋上から立ち去った。
残された彼らの頭には、奏の目を細めたその笑顔が焼き付いている。
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